第28話 Aランク

 ギヨームさんが退出したことで応接室内の雰囲気が少し緩み、俺は鞄の中に入っているスラくんを出して、冷たい体をギュッと抱きしめた。

 はぁ……落ち着く。最近はスラくんが腕の中にいないと何だか物足りない気がするのだ。ユニーは待機場所で寂しくしてるかな。話が終わったなら早く行ってあげるか。


「アンドレさん、俺達も退出して良いでしょうか?」

「いや、もう一つ話があるから待ってくれ」


 腰を上げながら帰る気満々でそう問いかけたけど、アンドレさんに止められてしまった。もう王都に行くことは決定だし、何の話があるのだろうか。

 そう不思議に思いつつももう一度ソファーに腰掛けると、ナタリアさんが一歩前に出て口を開いた。


「今回の一件で、リョータさんとリラさんの冒険者ランクをAランクに引き上げることになりまして、その手続きをさせていただきたいです」


 え……Aランク!? さすがにランクアップが早すぎない!?


「俺はまだ冒険者になって一ヶ月ぐらいなんですけど、良いのでしょうか?」

「ああ、期間は関係ない。ドラゴンをたった二人で討伐できるパーティーを、低ランクにしておくわけにはいかないのだ。謁見の前にAランクにしてしまいたい」


 そんなアンドレさんの言葉を聞いてリラに視線を向けると、リラもちょうど俺の方に顔を向けたところだった。二人で見つめ合って驚きを共有する。


「リョータとパーティーを組んでから驚くことばっかりだよ」

「なんか……ごめん? 俺も凄いことが起きてる気がする、とは思ってるよ」

 

 さすがに一ヶ月以上この世界で暮らしていれば、少しはこっちの常識が身に付いている。その常識から考えて、冒険者登録から一ヶ月でのAランク昇格はあり得ないスピードだ。


「ふふっ、だんだんとリョータも分かってきたね。まあリョータのスキルがこの世界で唯一無二だろうから、常識外れになるのは仕方ないよ。アンドレさん、ナタリアさん、Aランク昇格ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 リラが頭を下げたので、俺も慌ててお礼を言った。


「いえ、こちらこそ昇格に応じてくださり、本当にありがとうございます。冒険者ギルドの体面のためという側面もありますので、こちらから感謝を申し上げたいぐらいです」


 やっぱりそういう面もあるのか。冒険者ギルドの立ち位置がよく分からないけど、国との関係性はすぐに説明できるほど簡単なものじゃないんだろうな。

 そう考えると冒険者ギルドのマスターって心労が溜まりそうな職業かも……アンドレさん、ナタリアさん、頑張ってください。


 俺は心の中で二人を応援してから、居住いを正した。


「冒険者ギルドカードとパーティーカードです。ランクアップ、よろしくお願いします」


 俺とリラがカードを手渡すと、ナタリアさんが受け取りこの場で手続きを始めてくれた。何度見てもハイテクな手続き方法だ。


「Aランクになると、依頼板にある依頼は全て受けることができる。できる限りランクが高く、長期間残っている依頼を受けてくれたら嬉しい。それからAランクには指名依頼が行くこともある。ギルドからの依頼や国からの依頼、さらには貴族からの依頼もある。断ることはできるが、基本的には受けてもらいたい」


 Aランクまで上がると責任も伴うんだな。貴族や国からの依頼とか、面倒くさい予感しかしない。でもそこと繋がりを持つことで、日本への帰還方法が分かるかもしれないし……積極的に関係を持った方が良いのかもしれないな。

 そう考えたら、今回王宮に呼ばれたのは良い機会なのかも。雰囲気的に聞けそうなら、王様に日本を知ってるか聞いてみるかな。


「またAランクともなると報酬がかなり高額になるため、基本的に依頼達成報告は受付ではなく個室で行うことになる。どのギルドでもAランク以上は個室が使えるので、最初に受付でカードを見せてランクを明かすと良い」

「分かりました。Aランクになることによって発生する、義務とかはないですか?」

「義務はないな。ただ指名依頼だとか、後進の育成だとか、そういうことを頼まれることはあるだろう。それを受けるかどうかは二人次第だが、受けた方が印象が良いことは確かだ」


 冒険者ギルドからの印象って結構大事だよな……とりあえず、頼まれたことは受ける方針でいこう。

 でも後進の育成は無理だ。俺達ってめちゃくちゃ特殊なスキルに頼った強さだし。教育者に向いてるのは、地道に努力して強くなった人だと思う。


「お二人とも、こちらをお受け取りください」


 アンドレさんからAランクに関する注意事項を聞いていたら、ランクアップの手続きが終わったようだ。ギルドカードとパーティーカードが返ってくる。

 受け取って確認すると、ちゃんとAランクと記載されていた。


「本当にAランクになっちゃったよ。こういうのって本当はもっと喜ぶべきなんだろうけど、そういう気分にもなれないね」


 苦笑しながら呟いたリラの言葉に、俺は何度も首を縦に振った。何年も努力して、コツコツと積み上げた末のAランクなら泣くほど嬉しいだろう。でも俺達はよく分からないうちに飛び級でレベルアップしちゃったから、凄いことを成し遂げた実感も薄ければ感動もない。ちょっとだけ勿体ない気がする。


「とりあえず、何でこいつらがAランク? って思われないように頑張ろうか」

「確かにそれは大切だね。これからも頑張ろう」


 そうして二人でこれからの冒険者生活への決意を固め、俺はアンドレさんとナタリアさんにしっかりと向き直った。

 王都に行って謁見をして、すぐこの街に帰ってくることはないだろう。向こうで活動するか、また別の場所に行くのかは分からないけど、二人とはしばらく会えなくなる。もし日本に帰る方法を見つけ出すことができたら、これが最後の別れになるかもしれない。


 それならちゃんと感謝を伝えておきたい。この二人には本当にお世話になったから。


「アンドレさん、ナタリアさん。今まで本当にありがとうございました。お二人のおかげで、俺はこの世界でこうして生きていけています」


 リラと出会わせてくれて、この世界で生きていく術を教えてくれて、さらに最初はお金も貸してもらったし、スキルの検証にも付き合ってもらった。本当に感謝だ。


「私からも、ありがとうございます。お二人が私のことをさりげなく守ってくださっていたから、私は今まで無事に冒険者として活動することができました」


 俺が頭を下げたすぐ後に、リラも今までの感謝を口にした。するとアンドレさんは照れたのか、顔を背けて素っ気ない返事をする。


「別に、ギルドマスターとして当然のことをしただけだ」

「すみません。マスターは照れ屋なんです」


 アンドレさんの様子を見てナタリアさんが苦笑しつつそう言うと、アンドレさんはぐるっと勢いよく振り返ってナタリアさんに噛みつく。


「なっ、そういうのではない!」

「ふふっ、やっぱりお二人は仲が良いですね。しばらくお二人と会えなくなるのは寂しいですが、王都に行ってきます。その後は王都で活動するかまた別の場所に行くのかは分かりませんが……いつかは絶対にここに戻ってきますので、私のことを忘れないでください」

「……それはもちろんだ」


 リラの言葉にアンドレさんが唇を引き結びながら頷いて、ナタリアさんは優しい笑みを浮かべた。リラはこの街で今まで生きてきたんだから、故郷を離れるようなものなんだよな……絶対にリラが故郷に帰ってこれないような事態にはしない。俺はそう誓って拳を握りしめた。

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