第5話 街に到着

 街は歩いて数時間の場所にあった。高い外壁で囲まれていて、街の中に入るには門を通らなければいけないらしい。俺は門から数百メートル離れたところで待つように言われ、スラくんとユニーと戯れながら待っていた。


 すると俺をここまで連れてきてくれた男女が街に入ってから数十分後に、数人の人間が俺に近づいてきた。しかし魅了のことを聞いているのか、一定の距離で立ち止まる。


「貴様が怪しいという男だな。魅了のパッシブスキルを持っていて、記憶喪失というのは本当か?」


 数人の中でも一番お年を召した白髪のお爺ちゃんが、声を張って質問してきた。やっぱり怪しい男ってことになるよな……捕まったりしないか心配になってきた。


「ちょっと違う。俺はそもそもスキルが何なのか全く知らないんだ。つい先日までスキルなんてものはない国で生活してた。それが何故か急に草原に飛ばされて、何とか人を見つけようと彷徨ってあの二人に出会ったんだ」

「スキルがない国なんて存在しない!」

「そう言われても……」


 これが真実なんだから仕方ないじゃないか。他に説明のしようもない。


「はぁ……自分の名前は分かるか?」

「もちろん分かる。宮瀬涼太だ。宮瀬が家名で涼太が名前だ」

「歳は?」

「二十八だ」


 これは本格的に記憶喪失を疑われてるな……でも地球でのことを話したって何一つ伝わらないだろうから、その疑いを払拭する術がない。


「とりあえず、貴様のスキルを確定するべくスキル鑑定を行う。鑑定石を持った職員が向かうが絶対に動くなよ」

「も、もちろん動かない」


 職員の隣に剣を抜いた男が同行しているのを見て、俺は慌てて両手を上げて敵意がないことを示した。でも近づいてきたら、またあの変な状態になるんじゃないのか?


「俺はその魅了? ってやつを抑えられないんだけど、大丈夫なのか?」

「もちろんだ。魅了スキルは魔力量が多いほどかけるのが難しい。この二人は我が冒険者ギルドで一番と言っても過言ではない魔力量だ」


 そうなのか。魔力量が多い人とは普通に近づけるのなら安心だ。そう思って若い女性職員とゴツい護衛の男が近づいてくるのを見ていると……またしてもあの悪夢が再来した。


「す、す、好きぃぃぃ!!」

「て、天使だ。天使がいる……! マイスイートハニーィィィ!!」


 ちょっ、ちょっと、大丈夫なんじゃなかったのかよ! 


「おい、ダメじゃないか! 早く二人を止めてくれ!」


 俺は恐怖心から全力でその場を離れようと二人から逃げるように駆け出すが、ゴツい男はその見た目に反して足が早かった。すぐに追いつかれて肩を掴まれる。そして地面に押し倒され……ハートの瞳で顔を覗き込まれた。


 ま、マジでやばい。誰か助けてくれ! 鳥肌が、鳥肌がやばいから!


「ユ、ユニー!」

「ヒヒンッ、ヒヒ? ヒヒッ、ヒヒッ!」


 ユニーがすぐに来てくれたけど、男が重すぎるのかこの男は強いのか、さっきの男女のように蹴り飛ばされてくれないようだ。男の顔が俺の顔に近づいてきてもう終わりか……そう思った瞬間、男が少しだけ宙に浮いてうめき声を漏らしながら俺の隣に倒れた。


 男を攻撃したのは……さっき鑑定石と呼ばれていた水晶を運んでいた、職員の女性だ。この女性はこんなに強かったのか、多分だけど蹴り技だけで男を地に沈めていた。


「あ、あの……は、話し合いをしましょう!」


 舌なめずりをしながら妖艶な笑みを浮かべて俺のことを見下ろす女性は、とにかく怖すぎて思わずそんな提案をしたけど、全く受け入れてくれなさそうだ。

 凄く綺麗な人だしさっきの男よりはマシかもしれないけど……少しマシ程度。マジで皆怖すぎる! 勢いが怖いし理性を失ったようなハートの目と、たまに覗かせる獲物を狙うような目がマジで怖い。


 誰か助けてくれ……本気で泣きそう。女性に迫られて泣くとかみっともないけどマジで泣きそう。俺が何をしたんだよ! 何でこんな目に遭わないといけないんだ!


 そうして俺が誰に対してか分からない怒りを心の中で爆発させていたら、突然俺の胸の上にスラくんがやってきた。そして手をみょんっと突き出して……女性に向かって青白く輝く液を放出する。

 すると女性はスラくんがした行動に相当驚いたのか、一瞬だけ理性が戻ったような表情になった。俺はその隙を突いて女性を突き飛ばし、スラくんを抱えて二人から距離を取るようにとにかく走る。


「はぁ、はぁ、はぁ、マジで危なかった。スラくん、お前も俺の命の恩人だよ……!」


 俺は息を整えて、スラくんをぎゅっと抱きしめてから後ろを振り返った。すると先ほど俺に迫ってきていた二人は……地面に両手両膝をついて項垂れていた。この世の終わりのような表情だ。


 そういえば最初の男女が、魅了されてる間の記憶もあるって言ってたな……スキルで強制的に俺に迫ってきて、その事実を覚えてるなんて向こう側も地獄なんだな。

 このスキル、マジで誰も幸せにしないんじゃないか?


「あのー、俺のスキルのせい? なのか分からないけど、とりあえずごめんなさい!」

「ああ、大丈夫だ。でも忘れてくれ、さっきの俺のことは記憶から消してくれ」

「私のこともお願いします……穴を掘って埋まりたい。もう冬眠したい。恥ずか死ぬ」


 そうして俺達がお互いに疲労感や羞恥心から項垂れていると、遠くからまた白髪のお爺さんが声をかけてきた。


「何故お主の魅了は其奴らをも魅了するのだ!」

「そんなの俺が聞きたいんだって!」

「これじゃあ誰も近づけないではないか! ……分かった、ここは苦渋の決断だ。とりあえず鑑定石を拾って一人で鑑定してみろ。絶対に壊すなよ」


 俺はお爺さんにそう言われたので、話を進めるためにも先ほど放り投げられていた鑑定石を拾いにいった。割れてるかと思ったけど、傷ひとつ付いてないみたいだ。

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