第4話 魅了スキル

 俺のことを睨んできている男女は、怒りの形相で剣を抜いた。ま、マジかよ……俺はこんなところで殺されるのか?


「貴様、魅了を使ったな!? さては相手を油断させ騙す詐欺師だったのか……!」

「お前のような極悪人は、今すぐ俺が地獄に送ってやらぁ!」


 二人はそう叫ぶと、俺に向かって剣を構えて駆け寄ってくる。これはさすがに死んだな……そう思ったのに、またしても二人が俺に近づくとさっきと同じ現象が起きた。


「い、イケメン……好きぃぃぃ!」

「なんて魅力的なんだ……俺と付き合ってくれ!!」


 いやいや、だから何その振れ幅! マジで怖いんだけど! 本気で訳が分からない。俺から何か変なオーラでも出てるのか? 相手の頭がおかしくなる攻撃を無意識に発動してるとか……?


 俺に駆け寄ってくる二人を先程と同様にユニーが蹴り飛ばすと、またしても二人は俺を睨みつけてくる。しかし先程とは違い、今度は俺に近づいてくることはなかった。


「普通は魅了って……何度も連続でかからないんじゃなかった?」

「あ、ああ、よほどスキルレベルが高くないと、かからないはずだ。そもそも俺達は相手が魅了を持ってることを知ってるんだから、かけるのは相当大変なはずなんだが」


 訝しげな表情を浮かべ、俺に視線は向けつつも二人で会話を始める。さっきから魅了って言葉がよく聞こえるけど、俺がその特殊能力? みたいなやつを使ってると思ってるのだろうか。


「あのー、魅了って何なの? ……俺は本当に何も分からないんだ。さっきから二人がおかしくなってるのが俺のせいなら謝るよ。だからこの世界のことを教えてほしい。その魅了についても」


 少しでも歩み寄ろうと思ってそう声をかけると、二人は俺の言葉を聞いてしばらく悩んでいたけど、ついには助ける決断をしてくれたのか剣を鞘に仕舞った。


「とりあえず、その場から一歩も動くな。それなら話を聞いてやる」

「本当に!? ありがとう!」


 俺は嬉しくて敵意がないことを示すためにも、その場に座り込んで両手を挙げた。すると二人は少しだけ警戒を解いてくれる。


「まず聞いて良いか? お前は魅了を使ったんじゃないのか?」

「そもそもその魅了? ってやつが何なのか分からないんだけど。俺は何もしてないよ」

「魅了スキルを知らないのか?」

「スキルって……何?」


 首を傾げてそう聞くと、二人は衝撃を受けたように固まった。もしかしてスキルって、この世界では知らない人はいないほど有名なものなんだろうか。


「スキルを知らないなんて……生まれてすぐの赤ん坊ぐらいだぞ!? この国に住む者なら皆がスキル鑑定をやるだろう? この国だけじゃなく世界中の国でやるはずだ」


 そうなのか……スキルなんてものがゲームの中じゃなくて現実にあるなんて、ちょっとイメージできない。この世界は地球とはかなり違う方向に発展してるみたいだな……


「俺はこの国の生まれじゃないんだ。日本ってところから来たんだけど、知ってたりする?」


 ダメ元で日本についての情報を聞いてみると、二人は同時に首を横に振った。


「初めて聞いた名前だ」

「やっぱりそうかぁ。……俺はこれからどうすれば良いんだろう。とりあえず生きていける手段が欲しいんだけど」

「……それなら、俺達みたいに冒険者になれば良いんじゃねぇか? 冒険者は誰でも登録できて、仕事をこなせれば金になる。お前はテイムのスキルも持ってるんだろ? ならテイマーとして仕事をすれば良い」


 また別のスキルが出てきた。テイマーって確か、魔物を従える能力みたいな感じだよな? スイくんとユニーがいるからテイマーだと思ったのか。


「俺はテイムなんてスキルは使ってないよ。スイくんとユニーは理由は分からないけど、俺のことを気に入って付いてきてくれてるんだ」

「……なんだそれ。お前、意味が分からんやつだな」


 それはこっちのセリフだ、この世界がマジで意味分からない。


「テイムを持ってないとすれば、魅了で魔物を従えてるのか?」

「だから魅了も使ってないって」

「だが先ほど私達に使ったではないか。――もしかして、パッシブスキルなのか?」


 女性はパッシブスキルという言葉を口にすると、俺のことを驚愕の面持ちで見つめてくる。


「パッシブスキルって何?」

「常時発動のスキルだ。普通は魔力回復速度上昇など、常時発動していないと意味がないスキルしかパッシブにはならないんだが……」

「ただそれなら説明がつく。お前の魅了は効果範囲が決まっていて、一定以上近づくと相手が魅了状態になるのかもしれねぇな」


 話をまとめると……俺は常時魅了というスキルが発動していて、それの効果範囲が明確に定まっている。したがって、その範囲以上に人が近づくと魅了状態にしてしまう。そういうことか?


「お前、今までどうやって生きてきたんだ?」

「今までは魅了スキルなんて持ってなかったんだ。数日前に突然草原で目覚めて、気付いたら変な能力が備わってて。俺も自分で何が起きてるのか分かってないんだ」

「――記憶をなくしたとか、そういうことか?」


 まあそう思うのが普通だよな。別の世界から迷い込みましたとか、どこのお伽噺だって話だ。誰も信じてはくれないだろう。


 それにしても、本当に常時魅了スキルみたいなのが俺に備わったのだとしたら、めちゃくちゃ迷惑なスキルだ。そんな能力はいらなかった。

 というか待って、スラくんとユニーが俺について来てくれてるのもそのスキルのせいなのか? 俺はその事実に思い至って、かなり落ち込んだ。


 二人は俺のことを本心から好きになってくれたのかと思ってたんだけど……二人を、解放してあげた方が良いよな。


 スラくんとユニーの顔を覗き込むと、つぶらな瞳が俺を見つめてくる。ヤバい、二人と離れると思ったら泣きそうだ。心細さが半端ない。でも俺の変な能力で縛り付けてるのだとしたら、それは俺の望むところじゃない。


 痛む心には無視をすることにして、俺は二人を魅了の範囲外に出すため、スラくんをユニーの背中に置いて二人から走って距離を取った。二人とも……今までありがとう。


 涙を堪えつつ、二人から十分に離れただろうところで立ち止まり振り返ると……スラくんとユニーは突然のことに呆然として固まっていた。しかし少しして動き出したと思ったら、何故か俺の方に寄ってくる。


「スラくん、ユニー……!」


 めちゃくちゃ嬉しいけど、嬉しすぎて泣きそうだけど、なんでこっちに来てくれるんだろう。


「おいお前! 動くなと言っただろう!」


 あっ、そういえばそうだった。スラくんとユニーのことしか見えてなかった。


「ごめん……魅了って聞いて、二人を解放してあげないとって思ったんだ。でもなんで二人は、範囲外に出ても俺の方に来てくれるんだろう」

「はぁ……まあ良い。多分だが、魅了はかけられてる時の記憶もあるんだ。だからその魔物達は、純粋にお前に懐いてるんじゃないのか?」


 俺の疑問に女性が嬉しい返答をくれた。ということは、スラくんとユニーは魅了されてるんじゃなくて、純粋に俺のことが好きってことなのか……それは嬉しすぎる!


「スラくん、ユニー、二人とも大好きだ!」


 感極まって叫びながら二人にぎゅっと抱きつくと、二人共が俺を慰めようと、スラくんはミョンっと腕を伸ばして頬を突いてくれて、ユニーは頭を擦り付けてくれた。


 それから俺が二人と戯れていると、すでにほとんど警戒心はなく、呆れた表情を浮かべている男女にまた声をかけられた。


「とりあえずお前をここに放置する訳にはいかねぇから、街に連れて行く。何も余計なことをするんじゃねぇぞ」

「街に連れて行ってくれるのか! マジでありがとう!」


 やっと街に行けるな……長かった。街で日本への帰り方が分かると良いんだけど。

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