猫と猫
斎藤さんに少しだけ嫉妬して、それを紫音にバレながらも甘えた次の日。
いつものように教室に入ると、一花と雅だけがスマホで何かを見ながら楽しそうにしていた。
(斎藤さんはどこだろう)
昨日転校してきて、すぐに紫音たちと仲良くなった彼女がどこにいるのか気になった私は、教室内をぐるっと見渡してみる。
(いた)
斎藤さんはどうやら他のクラスメイトと話しているようで、あちらも何かしらの話で盛り上がっているようだった。
(昨日もそうだったけど、コミュ力高いなぁ)
昨日もすぐに紫音や雅たちと打ち解けていたし、今日も他の子たちと前から友達だったかのように話している。
彼女のそのコミュ力の高さを少し羨ましく思いながら、私と紫音は一花たちに近づく。
「おはよ!二人とも!」
「おはよ。紫音、白玖乃」
「おはよう。雅たち楽しそうだったね。何か見てたの」
「よくぞ聞いてくれた!これを見てくれ!」
一花はテンション高めでスマホを突き出してくると、私たちに動画を見せてくる。
ミャー、ミャー
「…猫?」
そこに映っていたのは、子猫同士でじゃれあったり、子猫が犬に甘えたりしているとても可愛らしい動画だった。
「め、めんこい。あぁ、肉球ぷにぷにだぁ。毛もふわふわだし、もふりたいなぁ」
紫音は動画を見るなり、前にペットショップに二人で行った時のように子猫に釘付けになった。
(大学生になったら、猫を飼うのもありかも)
大学生になっても当たり前のように同棲する気満々な私は、彼女が喜ぶなら猫を飼うこともやぶさかではないと考える。
(いやでも、猫を飼ったら紫音はその子ばかりを可愛がるのでは?)
これまでの反応を見るに、紫音はかなりの猫好きだ。
猫を飼った瞬間、私のことよりも猫を可愛がってしまう可能性がある。
(それはだめ。なら、どうすれば…あ)
私は良いことを思いついたと思い、動画に集中している紫音の制服の袖を引く。
「ん?どうたの、白玖乃?」
「にゃーん」
そう。私が思いついたのは、猫に紫音を取られる可能性があるなら、私が猫になれば良いということだ。
「……」
しばらく時が止まったかのように、紫音も一花も雅も、みんなが静かになってしまう。
「あ…の。ごめん。冗談だから…」
さすがに恥ずかしくなった私は、顔を赤くして俯きながら何とか言葉を発する。
どうしたら良いのか分からないでいると、紫音に腕を引かれて抱きしめられる。
そして、教室だというのに額や頬、耳や首筋、しまいには瞼にまでキスの雨が降ってくる。
「ちょ、紫音。まって…ここ教室…」
「可愛い可愛い可愛い可愛い。白玖乃可愛すぎる。猫耳とか買った方いいかな?尻尾も必要だよね。色はどうしよう。白とか似合いそうだけどやっぱり髪色に合わせて黒が王道かな。あとは肉球のついた手袋も買って。それと…」
「落ち着いて!」
「いたっ」
さすがにちょっと怖くなった私は、紫音の足を思い切り踏んで正気に戻す。
「落ち着いた?」
「う、うん。ごめんね」
「いや、私こそなんかごめん」
紫音は痛みで正気に戻ったが、抱きしめた腕は一向に離してくれず、結局は桜井先生が教室に入ってくるまで紫音に抱きしめられているのであった。
「なぁ。白玖乃てときどき馬鹿だよな」
「コメントしづらいわね。勉強はできるのに、紫音のことになるとなんであんなに鈍いのかしら」
「それにわざわざ猫の真似しなくても、夜とか十分猫だって聞いたような…」
「それは意味が違うでしょ」
一連のやり取りを見ていた一花と雅は、またいつもの事かという表情をしながらも、二人にバレないよう紫音と白玖乃の話をするのであった。
お昼休みになると、斎藤さんも私たちのもとへパンやおにぎりを持ってやってくる。
「みんな、私も一緒に食べていい?」
「いいよ!」
紫音が私たちを代表して答えると、斎藤さんはありがとうと言って紫音の隣に座る。
(なんか、近くないかな)
昨日も斎藤さんは紫音の隣に座っていたが、心なしか昨日よりも距離が近い気がする。
その光景を見て少しむっとした私は、いつもよりもさらに紫音に近づく。
もはや肩が触れるか触れないかくらいの距離だが、いつもくっついている私たちなので、これくらいなら問題ない。
「どうしたの?」
「なんでもない」
本当は何でもなくはないが、今はまだ紫音に言うほどのことでもないし、彼女は私のことを愛してくれている。
だから私は、紫音のことを信じつつも、さり気なく彼女アピールをするだけにしておく。
「それにしても、斎藤さんは凄いわね。もう他のクラスの人たちとも仲良くなっていたもの」
「えへへ。そんなことないよ。みんな優しいおかげだよ。それと、私のことは萌奈でいいよ」
「そう?なら私も雅でいいわ」
「うちも一花でいいよ!」
「私も白玖乃で大丈夫」
「ありかとう!改めてみんなよろしくね!」
その後は、萌奈の前の学校の話を聞いたり、初めての寮生活の話を聞いたりと、いつもより賑やかで楽しいお昼休みを過ごすことができた。
放課後になると、私たち四人は帰りの準備を済ませて教室を出ようとする。
「あ、待ってみんな!」
すると、後ろから萌奈が慌てた様子で声をかけてくる。
「私も一緒に帰っていいかな?」
「えぇ、いいわよ」
「ありがとう!」
雅が了承すると、私たちは萌奈も加わった五人で教室を出る。
「萌奈は、もうこの辺は見て回った?」
本来であれば、寮生である一花や雅、そして萌奈とはすぐに別れるのだが、せっかく萌奈もいることだし、周辺を案内することも兼ねて少し歩くことにした。
「ううん。まだ全然。周りに何があるのかも分からないんだぁ」
「そうなのね。この辺りは近くにカフェやコンビニとかあるし、少し歩けば商店街もあるわ。
寮で生活する中で必要なものがあれば、ほとんどの人は商店街の方に買いに行くわね」
「そうなんだ!なら、今度私も案内してもらってもいいかな?」
「えぇ、もちろんよ。休日とかは電車に乗ればもっといろいろな所に行けるし、そっちもよければ一緒にいきましょう」
「わぁ!ありがとう!すごく嬉しいよ!」
雅は私たちの中では一番面倒見が良い方なので、こっちに来たばかりの萌奈をだいぶ気遣っているようだ。
「その時は、紫音も一緒に来てくれる?」
「うん、いいよ!」
「やったぁ!楽しみ!」
萌奈は嬉しそうにはしゃぐと、そのままの勢いで紫音の腕に自身の腕を絡める。
(…は?何してるの?)
私はその一瞬の光景に驚き、思わず歩みを止めて凝視してしまう。
「あ。ご、ごめんね!急に…」
「ううん。びっくりしたけど大丈夫だよ」
私が何かを言う前に、萌奈はすぐに紫音の腕から離れる。
紫音もとくに何かを言うわけではなく、普通に接していて拒否したりはしなかった。
(待って。何で何も言ってくれないの。何か言わないとまたあるかもしれないのに)
さすがに我慢できなかった私は、一歩を踏み出し、萌奈に紫音は私の彼女だと言おうとする。
しかし、その前に紫音が真剣な顔で萌奈のことを見て口を開いた。
「ただ、ごめんね。今度からはそういうのは控えてくれるとありがたいかな。私、彼女いるから」
「え」
萌奈は驚いて動きを止めると、紫音は私の腕を引いて抱き寄せてくる。
「私、白玖乃と付き合ってるから。彼女を不安にさせたくないんだ。だからごめんね」
「あ、あはは。そうだったんだ。なら悪いことしちゃったね。白玖乃もごめんね。私が紫音に抱きついちゃって…」
さっきまでの元気が嘘のように、萌奈は少し悲しそうな顔をしていた。
私はどう答えたら良いのか迷ったが、ここで下手に慰めるよりも、ちゃんと釘を刺しておいた方が良いと判断する。
「ううん。今回は大丈夫。ただ、今度からはやめてもらえるとありがたい」
「うん。わかった。本当にごめんね…」
その後、さすがにこの雰囲気のままみんなで行動することもできなかったため、私と紫音は途中で別れ、一花と雅と萌奈の三人は寮へと帰っていった。
私はさすがに少し悪かったかなとも思ったが、それでも紫音は私の彼女だし、紫音がちゃんと私のことを説明してくれたことが嬉しかったので、今はもう少し様子を見ることにした。
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