甘えん坊

 始業式が終わった私たちは、いつもの四人と斎藤さんを加えた五人で教室へと戻ってきた。


「こっちの校長先生は話が短くていいね」


「そうなの?」


 教室に戻ってきた私たちは、紫音の机の近くに集まり、五人で話をする。

 すると、斎藤さんはさっきまでやっていた始業式についての話をしてくる。


「うん。前にいたところは話が長くてすごく疲れたんだ」


「いるわよね。無駄に同じような話を繰り返してだらだら話す人。ほんと時間の無駄よね」


「でた。辛辣な雅」


「なによ一花。私だってこんな風に思うこともあるわ。何か問題かしら?」


「いやいや。むしろかっこよくて好きだよ」


 何だか雅と一花が急にイチャつき始めたが、この二人のことは無視して、私は斎藤さんに話しかける。


「斎藤さんは、アパートと寮どっちなの?」


「寮だよ。アパートは部屋が空いてなかったから無理だったんだ」


「あ、ならうちらと一緒だね!今度遊びに行っても良い?」


「もちろん!ぜひ遊びにきてよ!初めて一人で生活するから、私分からないことだらけで心配だったんだ」


「なら、私たちがいろいろ教えてあげるわ」


「ありがとう。よろしくね。紫音と橘さんも寮なの?」


「ううん!私たちはアパートだよ!それと、白玖乃とは同じ部屋なんだ!」


「そうなんだね!」


 斎藤さんはうんうんという感じで頷くと、何かを思い出したように話しかけてきた。


「あ、そうだ。紫音にお願いがあるんだけど、あとで学校のこと案内してくれないかな?」


「いいよ!放課後で大丈夫かな?」


「うん!大丈夫だよ!」


 紫音はすぐに了承したが、そのせいで私は少し胸がモヤっとした。

 斎藤さんと紫音が名前で呼び合っているのも気になるし、二人で行動されるのもなんか嫌だった。


「斎藤さん、私も言って良い?」


「橘さんも?ありがとう!よろしくね!」


「うん」


 こうして、放課後は紫音と二人で斎藤さんに校内を案内することが決まった。





 始業式が終わってからは通常通りに授業が進んでいく。


 ただ、休み時間に紫音の方を見てみると、いつも斎藤さんと二人で楽しそうに話をしていた。


(なんか、すごく嫌な予感がする…)


 具体的に何が起こるとかは言えないが、何となく私にとって良くないことが起こりそうな、そんな感じがする。


「斎藤さん、紫音のこと気に入ったのかな」


「さぁなー。どうなんだろ。でも、紫音は白玖乃のことを溺愛しているし、友達としてだと思うよ?」


「そう…だよね」


 一花は大丈夫だと言ってくれるが、何故か私の心から不安を拭うことはできず、じっと紫音たちのことを見ているのであった。


 お昼休みになると、私たちは斎藤さんも交えて昼食を取る。


「あ。一花、そのお弁当って!」


「うへへ。そうなんだ!雅がうちの分も作ってくれてね!ずっとこの時が楽しみだったんだよ!」


「わぁー!よかったね一花!」


 紫音と一花は、雅が一花のお弁当を作ったことで話が盛り上がっている。


「作ってあげたんだ」


「まぁね。一花がどうしても食べたいって言うから、せっかくだし作ってあげたのよ」


 雅は嬉しそうに紫音と話す一花を見つめながら、どこか嬉しそうに笑っていた。


「あれ?橘さんと紫音のお弁当も同じなんだね!もしかして、どっちかが作ってあげてるのかな?」


 斎藤さんは私と紫音のお弁当を交互に見比べると、具材が同じことに気がついてそう尋ねてくる。


「うん。私のお弁当は紫音が作ってくれてる」


「へぇー!いいなぁ!ねぇ、紫音!今度私にも作ってくれない?」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心がぶわっと嫉妬の感情に包まれる。


(嫌だ。紫音の料理を食べるのは私だけでありたい。断って紫音…)


「うーん」


 紫音は考える素振りをしながら私の方をチラッと確認すると、すぐに斎藤さんの方を見て答える。


「ごめんね。お弁当箱とかもないし、二人分作るだけで時間が無くなっちゃうから、作れないや」


「そっかぁ、残念だな。紫音の料理を食べわた見たかったんだけど」


「ほんとごめんね」


 紫音が私の気持ちを汲み取って断ってくれたことに安堵し、私たちはその後みんなで昼食を食べる。


 一花は初めて食べる雅のお弁当に感動し、一つの具材を食べるごとに雅に向かって感想を言うものだから、恥ずかしくなった雅がやめるように言って一花はおとなしくなった。


 そんな二人を眺めながら、私も紫音のお弁当を美味しくいただくのであった。





 放課後になると、一花と雅はこのあと予定があるらしく、二人は先に寮へと帰ってしまった。


 残ったのは私と紫音、それと斎藤さんの三人で、これから斎藤さんに学校案内をする予定だ。


「それじゃあ、さっそく学校案内に行こうか!」


「うん!よろしくね、二人とも!」


 その後、私たちが入学したての時に桜井先生に案内してもらったように、私と紫音も斎藤さんを連れて校内を見て回る。


「きゃっ!!」


 すると、一通り案内を終えて階段を歩いていた時、私の前を歩いていた斎藤さんが階段を踏み外して転びそうになった。


 私は驚いて動くことができなかったが、斎藤さんの横を歩いていた紫音は咄嗟に動いて彼女の腕を引いて抱きとめる。


「だ、大丈夫?危なかったね」


「あ、ありがと。助かったよ紫音」


 私が二人に怪我がなくて安心していると、二人は立ち上がって体を離した。

 そして、今度はちゃんと注意しながら階段を降りると、私たちは教室へと戻っていく。


「さて!萌奈、これで学校案内は終わりだよ!あとは少しずつ覚えていけばいいから、分からないことがあったら聞いてね!」


「うん。その時はよろしくね、紫音」


 斎藤さんはそう言うと、少し恥ずかしそうにしながら紫音から視線を逸らす。

 その時、たまたま私には斎藤さんの顔が見えたが、彼女の頬が薄っすらと赤くなっているような気がした。


(まさか。いや、でも…)


 あんな反応を見ると、まさかと思ってしまうが、まだ確かなことは言えないので今は様子を見ることにする。


 その後カバンを持った私たちは、途中まで三人で一緒に帰り、途中で寮へと帰る斎藤さんと別れるのであった。





 アパートに帰ってきた私たちは、服を着替えてから紫音が夕食の準備を始める。


 いつもならテレビを見ながら待っている私だが、今日はいつもとは違った。


「あの、白玖乃。ちょっと動きにくいかも」


「やだ。離れたくない」


 私は現在、斎藤さんのあの表情が気になってしまい、料理をしている紫音を後ろから抱きしめて甘え中である。


 斎藤さんのあの表情は、私の勘違いでなければ紫音を意識し始めた表情だった。

 これは女の勘でしかないが、きっと間違っていないはずだ。

 それに、自分が危ないところをあんな風に助けられたら、誰だってときめいてしまうだろう。


(私の紫音なのに…)


 紫音は危ないところを助けただけで、他意がないことは分かっているし、お弁当の話をした時も私のことを気遣ってくれた。


 自惚れかもしれないが、紫音は私のことが大好きだし、万が一が起こることもないだろう。


 しかし、いくら頭ではそう思っていても、紫音が他の女の子から明確な好意を向けられるのはなんか嫌だし、すごく不安で堪らない。


「うーん。白玖乃、少しだけ離してくれる?」


 さすがに何度も彼女の言うことを拒否すると嫌われてしまうかもしれないので、私は言われた通りに抱きしめていた腕を少しだけ離して彼女のことを見る。


 すると、紫音は料理をしていた手を止め、私の方へ振り返ると、ゆっくりと唇を重ねてきた。


「私が好きなのは白玖乃だから安心して。言ったでしょ?愛してるって。だからそんな不安そうな顔しないで?」


「…うん。ありがと」


 どうやら紫音も、私が何を不安に感じているのか分かってくれていたようで、安心させるように愛していると言ってくれた。


 私はその言葉が嬉しくて、今度は私が少し背伸びをしてキスをする。


 そのおかげでさっきまで感じていた不安は無くなったが、今度は大好きな気持ちが溢れて離れたくなくなったため、結局また料理をする紫音を後ろから抱きしめ続けるのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければ同時連載しているこちらの作品もお願いします。



『すれ違う双子は近くて遠い』


https://kakuyomu.jp/works/16817330651439349994

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