居場所
記念すべき50話目です!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
くれ縁で外を眺めていた私たちだったが、寒くなったので部屋に戻ると、まだ一花と雅は戻ってこなさそうだったので紫音は最初にお風呂へと向かった。
「はぁ〜、本当に幸せすぎる。一花と雅にも幸せになってほしいな一花は上手くいったかな」
おそらく今頃は告白をしているであろう一花のことを考えながら、彼女の思いが報われることを願う。
それからしばらくすると、お風呂から紫音が帰ってきたので、私は彼女に抱きついて布団に倒れ込む。
「どうしたの白玖乃」
「何でもない」
本当は彼女と少しでも離れるのが寂しくて、思わず抱きついてしまっただけなのだが、それを口にするのは恥ずかしかったので言わなかった。
(紫音、いい匂いする)
お風呂上がりのためかシャンプーの柔らかい匂いが漂ってきて、私の心をドキドキさせる。
「んん…白玖乃、くすぐったいよ」
私は無意識のうちに彼女を求めていたのか、気付けば彼女の首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでいた。
「ご、ごめん。すごくいい匂いだったから」
「ふふ。そっか。でも、ここでそんなことしちゃダメだよ?」
何故ダメなのか分からなかったので首を傾げると、紫音の目が少しだけ変わる。
「私が我慢できなくなるからね。ここでさすがにするわけはいかないでしょ?」
彼女が何を言っているのか気づいた私は、少しだけ顔が熱を持ち恥ずかしくなる。
(た、確かに。紫音の実家でやるのはちょっと…)
私が理解したことを紫音も分かったようで、ギュッと抱きしめて頭を撫でてくれる。
「だから今は私をあまり刺激しないでね?」
「わかった」
それから数分ほど紫音に抱きしめられていた私だったが、一花と雅が戻ってきたことで体を離した。
「ただいまー!」
「ただいま」
「おかえり、二人とも!」
「お帰りなさい」
帰ってきた一花の様子を見てみると、振られたことで悲観している様子はなかったので、おそらく上手くいったのだと察せられる。
(てか、二人とも手を繋いでいるし)
一花と雅は無意識なのか、繋いだ手を離さずに部屋へと戻ってきた。
「それで一花、どうだった」
聞くまでも無いだろうが、一応本人からの報告を聞きたかった私は、二人が座ったのを確認してから尋ねてみる。
「えへへ。無事に雅と付き合えました!!」
一花は嬉しそうにそう言うと、本当に幸せそうに笑った。
そんな彼女を見て、私と紫音は安心するとともに、二人のことを祝福する。
「おめでとう!」
「よかった」
「ありがと!それでね!紫音に教えてもらった場所なんだけど、すっごく星が綺麗だったよ!あそこで告白ができて幸せだったなぁ。でも、星明かりに照らされた雅の方がもっと綺麗でね!思わず見惚れちゃったんだ!あぁー、あの時の雅は一生忘れないよ。それとね…」
「ちょっと一花、そこまでにしてちょうだい!」
突然始まった一花の惚気話だったが、隣で聞かされていた雅が恥ずかしくなったようで慌てて止める。
彼女がここまで取り乱すのは珍しいことなので、少し驚いた。
そして、雅はそのまま一花のことを叱っていたが、二人はそれも楽しんでいるように見えたので本当に二人が付き合えて良かったと思うのであった。
その翌日からは紫音の家でゆっくりと過ごし、二度目の訪問をしてきた宮本さんや多賀城さんにも一花達の報告をすると祝ってくれた。
都会のように遊びに行けるような施設は近くにはなかったが、家でみんなとゆっくりしながら落ち着いた時間を過ごすのも良いもので、気づけばあっという間に帰る日になっていた。
「紫音、きぃつけてけぇるんだぞ」
「体調さも気をつけてな」
「ありがと、お爺ちゃんお婆ちゃん」
「他のみなさんも、紫音のことよろしくねぇ」
「またいつでも遊びさくんだど」
「はい!ありがとうございます!」
「本当にお世話になりました」
「ありがとうございました」
紫音のお爺さんとお婆さんたちに声をかけられた私たちは、各々感謝の言葉を伝えていく。
「しーちゃん!今度は私たちがそっちにいくね!」
「その時は、日野さんも染園さんも橘さんもよろしくね」
「うん!今度はみんなで向こうを案内するね!」
見送りに来てくれた宮本さんと多賀城さんの二人とも、次に会う時の約束や感謝の気持ちを伝えた後、私たちは弥生さんが運転する車に乗り込んだ。
紫音の家族や多賀城さんたちは、私たちの乗った車が見えなくなるまで見送り続けてくれた。
駅に着いた私たちは、荷物を車から下ろして弥生さんに最後の挨拶をしていた。
「それじゃあみんな、気をつけて帰るんだよ」
「うん!ありがとおっかー!」
「お世話になりました」
私と一花と雅も各自で感謝の言葉を伝えると、最後に私だけ弥生さんに呼ばれて近づく。
「白玖乃ちゃん。紫音のことお願いね。あの子、少し頑張りすぎるところがあるから」
「はい、任せてください」
弥生さんはやはり紫音のことが心配なのか、少し不安そうな表情をして私にお願いをしてくる。
恋人の両親に認められたのは嬉しいし、こうして任されるのも嬉しいことだが、その分しっかりしなければという気持ちも強くなる。
「ありがとう。…じゃあね、みんな!またいつでも遊びにおいで!」
紫音のお母さんに見送られた私たちは、電車に乗り、仙台駅から新幹線に乗って宮城県を離れるのであった。
神奈川県に帰ってきた私たちだったが、一花と雅が最寄駅に着きそうだったため、電車から降りる準備をしていた。
「またね、二人とも。今回は連れて行ってくれてありがとう!」
「紫音、本当にありがとうね。また休み明けに会いましょう」
「うん!二人とも気をつけてね!」
「またみんなでどこか遊びに行こう」
私の言葉を最後に、一花と雅は電車を降りて行ったが、最後に手を繋いでいるのが見えたので何とも微笑ましい気持ちになる。
二人が帰ると、紫音は私の手をギュッと握り、寄りかかりながら肩に頭を預けてきた。
「どうかした?」
「うん。ちょっと寂しくなっちゃって…」
言われてみれば、ここ数日間は紫音の家族や宮本さんと多賀城さん、そして一花と雅とずっと一緒だったので、みんなが居なくなると寂しく感じる。
(紫音は、実家から離れるたびにこんな気持ちなんだね)
私の実家はまだ近いから良いが、紫音の実家は片道でも数時間はかかる。
それに、あれだけ優しくて温かい人たちと離れるのは確かに辛いものがある。
「紫音」
「なに?」
「私がずっと一緒にいるから。寂しかったら私が寄り添ってあげる。だから辛い時は私に言って」
「…うん。ありがとう」
それから紫音が話すことは無かったが、繋がれた手からは彼女の穏やかな感情が伝わってくる気がして、私は安心した。
アパートに帰ってきた私たちは、まずは茜さんに挨拶をするため管理人室に向かった。
「茜さん、いらっしゃいますか?」
『はーい!ちょっと待ってねー』
扉の向こうから茜さんの返事が返ってきたので少し待つと、扉を開けて茜さんが出てくる。
(あれ、桜井先生?)
その時、隙間から桜井先生が中にいるのが見えて少し疑問に思ったが、以前二人が幼馴染であると聞いたのを思い出したので納得する。
「あら、二人とも帰ってきたのね。お帰りなさい。鍵を持ってくるわね」
茜さんはそう言うと、一度中へと戻っていき、鍵を持ってくると私たちに渡してくれた。
「はい、部屋の鍵。今年もよろしくね、二人とも」
「よろしくお願いします」
「はい!お願いします!それと、こちらお土産を買ってきたの、よければ召し上がってください!」
紫音はそう言うと、手に持っていた袋を渡す。これは帰ってくる前、仙台にあったお土産屋さんで私と紫音の二人で買ってきたものだった。
「あら、ありがとう。とても嬉しいわ」
挨拶を済ませた私たちは、部屋に戻ると荷物を床に置き、少し休んでから部屋の掃除をする事にした。
「ねぇ、白玖乃」
「ん?」
「お帰りって言われると、なんか帰ってきたって感じがするね」
「そうだね」
紫音が言っているのはおそらく、さっき茜さんにお帰りと言われた事についてだろう。
少し前までは寂しそうな彼女だったが、部屋に戻ってくると落ち着いた雰囲気があり、もう一つの家に帰ってきたと感じているような気がした。
(こうやって、少しずつ紫音の居場所が増えていくといいな)
そんな彼女の幸せを願いながら、久しぶり帰ってきた部屋で、私たち二人はまったりと過ごすのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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