悪戯

 私が紫音にアピールするようになってから二週間ほど経ち、11月になった。

 外は少しずつ寒くなってきて、冷え性の私にとっては生きづらい季節になりつつある。


 しかし、去年までとは違い、今年は紫音がいる。彼女がいれば好きな時に外で手を繋げるし、くっつくこともできる。

 だから少なくとも去年よりは外にいても暖かいはずだ。


 そしてこの二週間の間、私は紫音に意識してもらうため本当に頑張った。

 朝は紫音より早く起きて寝顔を堪能し、たまに彼女のために朝食を作った。


 初めて私が朝食を準備した時は、あまりの驚きで紫音がフリーズしたほどだ。

 料理に慣れてきた頃には、お弁当も作ってみた。その際には愛情をたっぷり込めたし、卵焼きやミニトマト、ウインナーやおにぎりをハート型にしてとにかく感情を込めまくった。


 ただ誤算だったのは、私は美味しく食べて欲しかったのだが、紫音が感動のあまりなかなか食べようとしなかった。

 なので、いつものように私が食べさせてあげたが、美味しいと言ってくれたのは本当に嬉しかった、


 他にも寝る前にさり気なく頬や額にキスをしたり、不意をついて後ろから抱きしめて首筋にキスをしたりした。


 その度に可愛い声を出して驚く紫音が本当に好きで、何度もやってしまったのは仕方のないことだろう。


 そんな濃い二週間だったわけだが、一つだけ気になることがあった。

 それは、たまにどこからか肉食獣が獲物を狙うような視線で見られている気がすることだ。


 一花や雅に相談してみても分からないと言われるし、紫音は何故かこの話をすると別な話で誤魔化してくる。


 ただ、やはりいくら考えても答えは分からないし、その視線を感じるのも本当にたまにしかないため、結局分からなかった。





 そして、今日も私は朝から紫音に熱烈なアピールをする。

 といっても、紫音はまだ寝ているため私の自己満足でしかないわけだが、それでも心が満たされるのだからやめることはできない。


「紫音の寝顔はいつ見ても可愛い」


 我慢できなくなった私は、彼女の額にキスをして、次に頬にキスをする。

 そして、自分の体を少しだけ下にずらすと、彼女の首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。


(はぁ、いい匂い。同じシャンプーやボディーソープを使ってるはずなのに、何でこんなにいい匂いなんだろ)


 紫音が起きていたら、間違いなく怒られていただろうし全力で止めに来ていただろうが、今は私しか起きていないため、自分の欲求を満たしていく。


 匂いを嗅ぐことに満足した私は、今度は鎖骨のあたりにキスをする。


(そういえば、ここにキスマークをつけたらどうなるんだろ…)


 興味が湧いた私は、歯をたたないように気をつけながら甘噛みをし、そしてそのまま吸ってみる。


(動画で見た時は確かこうやってた気がするんだけど…)


 前に何となく見た動画のことを思い出しながらやってみること数分、鎖骨から唇を離して確認してみると、綺麗に赤い跡が残っていた。


(おぉ、初めてにしては上出来かも。でも意外と目立つなぁ)


 そんなことを考えながら自分でつけたキスマークを指で触っていると、さすがにいろいろやり過ぎたせいか紫音が目を覚ました。


「おはよ、紫音」


「ふわぁ〜。おはよー、白玖乃」


 紫音は起きる前に私のことをギュッと抱きしめると、ベットから降りて洗面所の方へと向かって行った。


「うえぇぇえ?!!なんだべさこれ?!!」


 すると、寝起きとは思えないほどの大きな声が洗面所の方から聞こえてきたので、私は何事かと思い紫音の方に向かうためベットを降りようとする。

 しかし、それより早く紫音が慌てて私のもとまで戻ってきた。


「は、白玖乃!これ…!」


 紫音はそう言うと、自身の鎖骨あたりを触りながら何かを訴えてくる。

 そんな彼女の様子を見て状況を理解した私は、少しだけ悪戯をするために言葉を濁すことにした。


「あぁ、それね。紫音が寝てる間に私が…」


 ここで言葉を一旦区切ると、意味深に見えるよう唇のあたりを触ってみる。

 それだけで紫音は理解したのか、顔を赤くして口をあわあわしだす。


「そ、それって。つまり…」


 私はとくに言葉を返すことはせず、紫音の方をみてにっこりと笑ってあげる。


「…ちょっと外行ってくる」


 すると、彼女はこの状況に耐えられなくなったのか、それだけ言い残すと部屋を出て行ってしまった。


 それから紫音が戻ってくるまでは十分ほどかかり、その間私は朝食を作りながら彼女のことを待っていたのであった。





 学校に着いた私たちは、さっそくいつもの四人で集まって話をしていた。


「そういえば紫音。鎖骨のところどうかしたの?」


「あ、それうちも気になってた。何で絆創膏貼ってるの?」


「いや、ちょっと色々あってね…」


 あの後、部屋に戻ってきた紫音はまだ少しだけ耳が赤かったが、だいぶ落ち着いたのか、冷静にキスマークのある場所に絆創膏を貼っていた。


 せっかくつけたのに隠されてしまうのは少し寂しかったが、あのまま学校にかていたら、それはそれでいろいろありそうなので仕方ないと思い我慢した。


(こんどは見えないところにつけよう)


 紫音が曖昧な返事をしたことで二人は何かを察したのか、私たちを見て苦笑いしていた。


「まぁ、大変だったんだね」


「よく我慢したわ、紫音」


「ありがとう、二人とも」


 紫音は何故か二人に慰められており、私だけが状況についていけてないが、とりあえず紫音は何かを我慢したということだけは分かった。


「紫音。我慢は体に良くないからほどほどにね」


「くっ…!」


「は、白玖乃!今そんなこと言っちゃダメだ!」


「危ないわ!一花、白玖乃をつれて少し席を外してちょうだい!」


「分かった!」


「ちょ、え…?」


 そうして、私は何が危ないのかも分からないまま、一花に連れられて自動販売機のある場所まで連れて行かれた。


「ふぅ。危なかった…」


「何が?」


「いや、白玖乃はまだ知らなくていいよ。それより、二人はまだ付き合ったりしてないんだよな?」


「うん。でも、もう少ししたら告白するつもり。それに、付き合えるかは分からないし」


「いや、それは…。まぁ、いいや。とにかく、するなら早めにしたほうがいいと思うぞ?」


「なんで?」


「それは…ほら、もうすぐクリスマスもあるし、せっかくならカップルとして過ごすのもありでしょ?」


 一花が言っていることも確かにそうだ。もともとクリスマス前には告白するつもりではいたが、カップルとして過ごすというのはすごく魅力的だ。


しかし--


「でも、付き合えるか分からないよ?」


「大丈夫!そこはうちの勘が付き合えるって言ってる!自信持ってけ!」


「…ありがと。少し考えてみる」


 もともと告白をすることは決めていたが、何もない日に告白するのも少し味気ない。


(何かきっかけがあればいいんだけど…)


 そんなことを考えながら、私は自動販売機でお茶を買って一花と一緒に教室へと戻った。





 教室に戻ってくると、紫音はいつも通りの彼女に戻っていた。


「ただいま。そっちはどうだった」


「なんとか耐えてもらったわ。でも、もう少し遅かったら危なかった…」


「ふぅ。ほんとによかった」


「二人とも、本当にありがとう」


 三人だけで話は進んでいくが、紫音に何かあったことだけはわかる。

 すごく心配だが、さっきも似たような状況で声をかけたら連れ出されたので、今は何も言わないでおく。


「あ。そうだ、白玖乃。今度の日曜日、うちと出かけよう」


「…え?急にどうしたの?」


「何となくね。それより、たまには二人で遊びに行こう」


「二人で?紫音と雅は?」


「私はその日は予定があるから行けないわ」


「私もやることがあるから無理かな。ごめんね」


 二人とも予定があるらしく、結局私と一花だけで遊びにいくことが決まった。


(また紫音と雅だけ予定があるのか…)


 ちょうど同じ日に二人とも予定があるというのは、私が紫音の誕生日を祝った次の日にもあった。


 その時のことを思い出すと、まだ少しだけ胸が痛いが、私も負ける気はないのでここで挫けたりはしない。


 それに、まだ二人が一緒に出かけると決まったわけでもないし、付き合ったという話も聞いていない。


(大丈夫。まだチャンスはあるはず)


 私はあの日、最後まで諦めないと決めた。なら、告白して振られるまでは諦めずに足掻き続ける。


 だって私は、どうしようもないほどに紫音のことが好きなのだから。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


明日の11日に新作の連載を始める予定です。

新作について、この後近況ノートを書きますので、よければそちらもよろしくお願いします!

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