ペットショップと一日の終わり

 アパートへ帰る途中、紫音と私は自然と手を繋ぎながら歩いていた。最初は驚きと恥ずかしさで抵抗があったが、一緒にお昼を食べたり、買い物をしたりしたことで、彼女の人柄を知ることができたし、一人でこっちに来たことへの寂しさに同情してからは、彼女の寂しさを少しでも埋められたらと思うようになった。


 我ながら単純だとは思うが、人は割と単純な方がストレスを感じずに生きられるというのが私の持論なので、気にしない。


「…あ」


「ん? どうしたの、紫音?」


 突然、繋いでいた手が引っ張られたので止まると、どうやら紫音が止まったため、繋いでいた手が引かれる形となったようだ。

 紫音は止まって何かを見ているようで、その視線を追ってみると、どうやらペットショップ見ているようだった。


「行ってみようか」


「え、いいの?」


「別に買った物が届くまではまだ時間があるし、急いで帰る必要もないから、見ていこうよ」


「ありがとう」


 紫音はどうやらペットショップを見ていきたいようだったので、私たちはその店に寄り道をすることにした。



「みゃー、みゃー」


「ワンワン!」


ペットショップに入ると、すぐに子猫や子犬の鳴き声が聞こえてきた。

紫音はその子達をみると、目を輝かせて近寄っていった。


紫音が最初に近づいたのは、子猫がいるエリアだった。


(紫音は猫派なのかな?)


そんな事を考えていると、隣から聞きなれない言葉が聞こえて来る。


「あぁ〜、めんこい。こすたなくれぇの時が一番めんこい。でもすんぐおがっから、面倒みんのも大変だべなぁ」


 私は一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。

 いや、一瞬じゃない。現在進行形で、何を言っていたのか分からない。

 ただ、紫音は意図して言ったわけではなく、無意識に言ってしまったのかもしれない。


(これは、あれかな?訛りってやつ?でも、ここまで何言ってるか分からないものなのか)



 分からないなら聞けば良いかと思い、私は紫音に声をかける。


「紫音」


「んー?なした、白玖乃?」


紫音は子猫から目を離さず返事を返して来る。しかも、また訛りながら。


「あのさ、さっきからなんて言ってるのか教えて欲しいんだけど…」


 そう聞いた瞬間、紫音の動きが止まった。いや、固まったが正しいかもしれない。

 そのまま、錆びついたロボットのように、ギギギと音が鳴りそうな動きで私の方を見ると--


「も、もしかして。私、やっちゃった?」


「やったというより、言ったかな?あれが訛りって言うんだね。何言ってるか全然分からなかった」


 そう返事を返すと、紫音は今にも泣き出しそうな顔をしながら、プルプルと震えていた。

 とりあえず、紫音を落ち着かせるため、別に責めたわけではない事を伝える。


「別に責めてる訳じゃないよ?ただ、聞きなれない言葉ばかりだったから、意味が気になっただけ。そんな泣きそうな顔しないで?」


 そう声をかけると、紫音は少し落ち着いたのか、少しずつ返答してくれた。


「私の住んでたとこ、そこそこ田舎の方で、周りも訛ってる人が多かったから、これが普通だと思ってたんだ。

 でも、こっちの高校に進学する事を決めてから、私が訛ってる事を知って。だから、一生懸命標準語を勉強して来たんだけど、気を抜いちゃうとやっぱりまだ鈍るみたい。なんかごめんね」


「気にしなくて良いよ。方言ってその地方や地域にある立派な文化だと思うし、方言とかって結構憧れあったんだよね。それに、紫音の言ってることがわからなかったら聞くから、その時は教えてね?」


「白玖乃…。ありがとう」


 紫音はそう言いながら、嬉しそうに微笑んでくれた。

 その笑顔を見て私は安心したので、改めてさっきはなんて言ったのか聞いてみた。


「それで紫音、さっきはなんで言ってたの?」


「さっきはね、可愛いな。これくらいの時が一番可愛い。でも、すぐに大きくなるから、面倒見るのも大変だろうなって言いました」


 紫音は、まだ少し恥ずかしいのか、何故か語尾敬語だった。


「じゃあ、なした?ってのは?」


「それは、雰囲気的に分かるかもだけど、どうしたのって事です」


 なるほど。標準語に近い訛り方のものもあるのか。これ、日々の生活で紫音が鈍った時に意味を考えるのも楽しいかもしれない。


「白玖乃、今日はもう帰ろう。なんか精神的に疲れちゃった」


「え、もういいの?もっとめんこいって言ってて良いんだよ?」


「もういいから!あんま言われると恥ずかしくなって来るからぁ!」


「ふふっ。分かったよ。なら、今日はもう帰ろうか」


 そんなやり取りをした私たちは、ペットショップを出て、改めてアパートに向かって歩き出す。

 私はアパートに着くまでの間、さっきの恥ずかしそうな紫音を思いだして、可愛かったなぁと思い出だして微笑んだ。






 アパートの自室に帰宅すると、ソファやベットに座りたいところだが、部屋には何もないため床に座る。


「白玖乃、荷物が来るのって何時だっけ?」


「17時半頃だったかな。今が16時50分だから、あと40分くらい」


「あれ?もーそんな時間なんだ。意外と時間経ってたんだね」


「あ、今日の夜ご飯どうする?料理道具とかないから、コンビニに買いに行く?」


「そうだね。道具と材料があれば作ったんだけど、ないものは仕方ないし、コンビニに買いに行こうか」


「紫音って料理できるの?」


「できるよ。実家にいた時は良くやってたし」


 紫音が料理をできると知り、今後はご飯を食べるのが楽しみになった。

 ただ、任せきりも申し訳ないと思い、私も少しずつ手伝っていこうと決意する。


 そうやって二人で話していると、紫音は疲れたのか船を漕ぎ始める。

 しかし、紫音が寝そうになった時にアパートのチャイムが鳴り、配達員さんがベットなどを持ってきてくれた。


 私たちは手分けしてベットなどを配置し、一息つく。

 紫音はそのまま新しい布団に倒れ込み寝そうになるが、このまま寝たら紫音の夜ご飯が無しになるので、紫音を起こして何が食べたいかを聞き、私は一人でコンビニに向かう事にする。


「紫音、起きて。私がコンビニに行って紫音の分も買って来るから、何食べたいか教えて?」


「はくのー」


「私は食べ物じゃないから却下で」


「じゃあー、おにぎりとおかずを適当におねがーい」


「わかった。なるべく早く帰るけど、我慢できなかったら少し寝てていいから、声かけたら起きてね?」


「はーい」


 紫音はそう言うと、限界だったのか寝てしまった。


(これ、本当におきるのだろうか)


 そんな事を思いながら、私はコンビニに向かい、おにぎりや適当におかずになるものを買ってアパートに戻る。


「紫音、買ってきたから起きて」


「んー。んー? 」


「ん、じゃなくて、起きて。ご飯たべるよ」


 私はそう言いながら紫音を揺すって起こそうと頑張り、なんとか紫音を起こすことができた。

 そして、紫音と私の前に買ってきたものを並べて、二人で食べ始める。


「あぁ。うんめぇ。こすたなうめぇもんがコンビニさ売ってんだ。…あ、はくのー、こっちもうめぇから、はくのもけ」


「あ、うん。ありがとう」


 紫音はまだ寝ぼけているのか、何を言ってるのかよく分からないが、私におにぎりやおかずをくれる。


(まぁ、分からなければ明日聞けばいいか)


 とりあえず、紫音が何て言っていたのかは明日聞く事にした。

 その後も訛りながら話す彼女が何を言っているのかは分からなかったが、とりあえずご飯を食べ終え、ゴミを片付けた。


 ご飯を食べた後、まだ眠そうな紫音を最初にお風呂に入らせ、紫音が上がった後に私はお風呂に入った。


 そして、二人でベットに横になり、私たちは眠りについた。


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