第46話 膨大に揺蕩う魔力の隙間
頭の中に記憶されたたくさんの術式。それはちゃんと覚えている。あやふやになったりもしていない。
今この島の大部分に張り巡らされていた魔力回路。それはこの地の魔力の流れを整えるために魔女ラルフュール様がつくられたもの。アブソルトはこれに自らの術式を流して任意の場所で起動できるようにした。
そしてその魔力回路と一体化した魔女様ご自身を閉じ込めるアブソルトの術式で形作られた魔力回路。この地に魔力の流れがある限り、魔女様はその流れに強固に守られる。
数百年の長い月日の間にその2つの回路はもはや一体化していた。その下に数百年分溜まりきった魔力を閉じ込めて。
アブソルトは解放の術式をきちんと残している。
だからこんなに長く魔女様が閉じ込められるとは思っても見なかったのだろう。
けれどもこの島は5人の魔女に分割されて遠くに離れ、アブソルトの術式を知るアブシウム教会の者の入国をカレルギア帝国は長年拒んでいた。
まあそれには理由はある。カレルギアでは魔力枯渇がアブソルトのせいだと思われているんだから、その信者を聖域にいれたりなんてしないよね。
それで問題は、僕が今この術式を解放しようと思っていることだ。
使う術式は『初期化』。そしてカレルギアの機甲技術を、再び回路を各地で使用できるようにするために魔女様を閉じ込めている回路を除いて『再インストール』する。
多分元々はその術式を唱えるだけでよかった。
けれども今は二つの魔力回路が複雑に絡みあい、どこからどこまでが魔女様で、どこからがアブソルトの回路なのかよくわからない。
それを魔女様と協力しながら選り分けている。
「アブソルトはラルフュール様がよほど大切だったんですね」
「そう、なのでしょうか」
「魔力回路の目がとても細かい。僕の国で作られるものとは桁違いです」
「そういえば萌えとか推しとか、よくわからないことを仰っしゃられていました。時空に魔力穴が開くまではここに来るものなど誰もおりませんでしたので、どう対応して良いものかわかりかねました」
萌え? 推し?
そういえばうちの村の子たちも村の女の子を見てたまにそんなことを言っていた。確か好きとか好みっていう意味なんだよね。
「そういえばアブソルトは何故この聖域まで来ていたのですか? やはり魔力を得ようと?」
「それが、よくわからないのです。魔力が欲しいようでもないようで。尊いとおっしゃって頂いたので信仰されているのかと思いはするのですが、妙に馴れ馴れしく」
「馴れ馴れしく?」
「ひたすら話しかけてくるのです。それまで私は普段人と話すこともなかったもので、困惑してしまって。それで追い出しても追い出してもどうやっているのかわかりませんが、魔力を辿ってやってきて、一時はうんざりしたことも……」
魔女様をうんざりさせるのか……。
やっぱり転生者というのは変な人が多いのかな。でも魔力回路ってどうやって探したんだろう。よくわからない。
そんな会話をしながら少しずつ2つの回路の境目を探していく。ぴりぴりという封印された強力な魔力の波動。それが僕の魂の器を揺らしている。困ったな。思ったよりこの作業には時間がかかりそうだ。
せめて『初期化』と『再インストール』をセットするまで保って欲しい。この振動は少しずつ魂の器を壊していく。そのひび割れから魔力が少しずつ浸透して、僕は魔力で構成された存在、魔力体に近づいていく。
まだ体から魔力が漏れるほどではないだろうけど、そうなってしまっては肉の体では姿が保てなくなる。皇后様は魔力が漏れていた。だからおそらくもう、無理だろう。肉体には留まれないほど魂の器が壊れていた。
「それよりも……ボニ様は大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫ですよ、何とか持ちます」
「あのその、しかし長時間ここにおられますと魔力体になってしまいます。そうなればもとの体に戻れなくなってしまいます」
「わかっております。きっと大丈夫ですから、お気になさらず」
僕は術式の分離が終わるまで保てばいい。どのみち……初期化した時点でこの下に眠る膨大な魔力で吹き飛ばされる。だから……。
「おいボニ。お前は一体何をするつもりなのだ」
唐突な呼びかけに思わず振り返る。
「えっリシャさん? どうして? 戻ってきたんですか⁉ 早く逃げないと洞窟が崩落してしまう!」
「ふふ、戻ってきたともさ。別のルートを通ってな!」
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