第24話 その『生の魔力』

 この領域の希望だ。

 そう思って竜車に乗り込み、一目散にアストルムを駆け下りる。

 異常は山の半ばからすでに見て取れた。キーレフに急ぐ道すがら、普段と様子が全く異なっていることに愕然とした。

 耳に響く竜種の咆哮。地面が響き竜車が揺れる。視界の先にはそこかしこに大量の砂ぼこりが舞い上がっている。竜種の活動が活発化している。あたかも極稀に巻き起こるスタンピートのような様相だ。おそらく治安維持の警備兵などでは太刀打ちできないだろう。

 急ぎ城に連絡し、南街道への派兵を要請しつつ、巨竜を見かける度に部隊を分けた。


「全く急に何だというのだ!」

「その『生の魔力』とやらに反応してのことですかね。ならヤバいかもしれませんね。この量の竜種が動いてるんじゃ、既に食われちまってるかもしれない、ソレ」

「その『生の魔力』とは何なのだ」

「そんなの神子候補の姫様がわかんなけりゃ、俺らにわかるわけないでしょ」

 コレドの声に手のひらに汗をかく。いつもの砂埃が何重にも絡みつくのは気のせいだけではないだろう。

 何としてもその『生の魔力』とやらを竜種より先に押さえねば。

 これはこの領域、いやこの島全てに関わることだ。

 また新しく、普段は街道筋に見ないような竜種が大きな砂埃を上げながら複数現れ一目散にキーレフ方面に向かい始めた。

 竜種は大きければ大きいほど大量の魔力を溜め込み動く。だから魔力が好物だ。

 だから普段は森や山の奥深く、魔力が溜まりやすい場所に籠もって街道になど出てこない。とすればこのキーレフを超えてきた魔力は竜種にも感じとれる性質のものなのかもしれない。どうやって魔力を保持し続けているのかはわからないが、魔力を完全に密封するのは魔女様たちでも困難と聞く。多少漏れた希少な魔力を、竜種は敏感に感じ取って求めているのだろう。


 急がなければ。

 竜種への対応で部隊を分けすぎて、部下はもう4人しかいない。これ以上分けると戦列の維持が難しい。そう思って2頭の大型地竜ソイル・ダカリオスを斬り伏せた時、機甲が一瞬誤作動を起こした。何が起きたかと左右を見回した瞬間、1頭残ったソイル・ダカリオスが街道の脇に向けて猛然と駆け出す。

 まずい、生の魔力が誤作動の原因だとしたら。先にそれをソイル・ダカリオスが食ってしまったら。

 生の魔力の可能性は1つだけある。

 ゴブリンやオークといったモンスターが入り込んだ場合だ。スライムなんかの魔力でできているに等しい存在なら、この領域に入った途端に浸透圧の作用で周囲の大気に魔力が吸収されて干からびるが、ゴブリンといった肉で動くモンスターはその内部に魔力を取り込み動かすことができる。

 だがそんな種族はもうこの領域には存在しない。この領域に今生息しているのは主に竜種と、竜種に対抗できる強固な外殻で覆われた種や強大な攻撃力を有し竜種と闘って生き残れる種。それ以外はすでに竜種に食われて残らず滅んだのだ。


[強化:脚速]


 ソイル・ダカリオスに食らいつく。けれどもスピードがわずかに及ばない。そしてソイル・ダカリオスの向かう直線上、その太い脚が踏みしめるごとに派手に舞い上がる黄色い土煙の先の木の上に、わずかに人影が見えた。あれか。あれが『生の魔力』の原因。

 まずい、どう考えても間に合わない。

 糞!

 そう思って奥歯を噛み締めた瞬間、視界が一瞬だけ妙な光に染まり、ソイル・ダカリオスが狼狽えた。ゴーグルで防護しているが、何らかの視覚阻害魔法なのかもしれない。だがそれは今ゴーグルがキャンセルした。

 今だ!


[付与:共振]


 そう思って手にした大剣で一息でソイル・ダカリオスをなで斬りにして、そのまま一直線に人影に向かう。こいつだ。こいつの身柄を押さえねば。そう思って剣を首筋にあてたが何か様子がおかしい。そしてその抱える籠の中から声がした。


「リシャール殿?」

「あ、ああ、すまない」

 国務大臣の声に回想を打ち切る。

「現在は対象を解析中だ。事実が判明し次第報告させていただくが、高度にセンシティブな問題をはらむため、当面、詳細は個別の問い合わせに応じる形式とさせて頂きたい。極力お答えするつもりだ」

「ふむ、それならばやむを得ないな。確かにこれはこの国の根幹に関わることだ。神子候補であるリシャールにまかせるのがよかろう。みなのもの、よいな」

 帝の鶴の一声で会議は終わる。不承不承という顔の中に、明らかに数名、こちらを探るような目つきで眺める者がいる。この帝国も一枚板ではない。

 カレルギアは関与してはいないが、丁度島全体を巡る戦争が休戦となったばかりだ。他の領域の国々は疲弊している。これを機に旧版図を回復したいと考えるシンパがいる。


 もともとこのカレルギア帝国はこの巨島のほぼ全てを支配する大帝国であった。だがそれもまた数百年も前のこと。情勢もかつてとはだいぶん異なる。今更そんな夢を見てもどうしようもあるまい。

 そもそもこの領域は他領に攻め入る余裕などないのだから。

 そう、目下はそれどころではないのだ。

 はあ、何なんだろうなあの二人は。

 今は大人しく調査に協力しているのに不確定要素は増え続ける。

 やはりあのデュラはんという者が『何なのか』はよくわからない。転生者らしいと言っている。転生者は生物的にはこの世界の人間と異ならないはずだ。いや、魔物に転生しているわけだからこの世界の標準的なデュラハンと異ならないはずだ。

 だがそれならおかしいことがある。

 デュラハンとは妖精だ。妖精とは魔力が肉をまとったもの。肉はあくまで仮の姿だ。そうであればスライムのようにこの領域に立ち入った際に、その魔力を吸い出されて死に果てるはずだろう。けれどもアレは呼吸とともに多少の魔力を排出しているものの、それ以外には魔力を放出している様子がない。それどころか魔力を摂取している様子もない。

 一体どうやって動いているのだ?

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