第23話 私のカレルギアの平穏、そして『灰色と熱い鉱石』の悲願

 夜半、といってもカレルギアの夜はざわめき明るく慌しい。私の生活拠点は師団だが、今日は王城に戻っている。

 王城はもはや私にとって窮屈で苦しい。とっとと師団に戻りたい。だが、今日は重要な報告事項がある。身支度を整えてノリの効いたスーツを見にまとい勲章をつける。仰々しい会議の後には家族としての食事が待っているものの、今の私の身分はカレルギア第一機甲師団師団長だ。

 侍従が押し開ける豪奢な扉を潜り、赤と黄色、この国の色で彩られた謁見の間に通される。その正面には王である父上と第一皇子である兄上、それから多くの大臣や高官が控えていた。皆が私の方をみてざわめく。


「リシャール=カレルギア、ただ今帰投致しました」

「うむ、ご苦労」

「早速だが検知された魔力について報告されたい。現在貴官の管理下にあるということで間違いはないか」

 神祇長官が尋ねる。

 さて、どう返答したものか。

「その通りです。ですが現在帝都内に動かすことはできかねます」

「何故だ。貴殿もその魔力の重要性は十分に認識されておられるだろう」

 その声は予想通り鋭い。

「おっしゃる通りですが私は国防も担っておりますので。すでにお聞きお呼びでしょうが、アレは大型竜種を引き寄せます。それでも城郭内に持ち込むとおっしゃるならば、大型飛龍の襲来を受けても責任を持ちかねますぞ」

 大型飛龍の言葉で文官たちはおののいた。

 翼竜というのは大型になればなるほど重い。一定の大きさを超えると飛ぶためには高いところから飛び立つか、上昇気流を利用する必要がある。帝都カレルギアの周りは平地だ。平地に突然10メートルの城郭がそそり立つ。だから大型の翼竜の襲来などは不可能で、やってくるならせいぜい小型程度。

 それは城郭の上からの射撃で対処が可能だった。


 だが飛龍というとまた別だ。同じ竜と呼ばれるがあれは飛びトカゲではない。

 人とは異なる知性を持ち、人とは異なる方法で魔法を行使し、風を起こして空を飛ぶ。飛龍が町に降りてくることなどほとんどないが、何十年や百年単位で気まぐれな龍や狂った龍が、他の龍の目を盗んで人里を襲う。帝都のような城郭を築いた都市ですら、総力戦となり甚大な被害が出る。小さな村や町であればあっという間に廃墟と化す。

 龍が動いたという報告は未だ届いてはいないが、可能性は十分にあると思っている。

 それを証明するために、デュラはんが帝都外郭にある機甲師団に滞在するようになってから帝都周辺の街道や町村に現れた竜種数の資料を机に広げる。改めて見ると馬鹿らしい数だ。次から次へとやってくる。おかげでどこの部隊も出ずっぱり、日夜街道や町村の哨戒に当てられている。落ち着いたら隊員にボーナスと休暇をやらねばな。

 神祇長官も納得せざるを得ない資料に眉を顰め、難しい顔で頷く。


「本当に大した損害ですな」

「人的被害はまだ出ていない。未然に防止している。それから徐々にではあるだろうが、収束はしていくだろう。周辺の竜種を粗方狩り尽くすというという形になるが、結果としては安全性は高まろう。まあ街道や村落の破壊については国費を支出する必要はあるだろうけれども」

「国務長官としては全く頭がいたいことですよ。その魔力源をいっそのこと破棄してしまうわけにはいかんのですかね」

「何を言う! そんなことができるはずがあるか!」


 神祇長官が珍しく声を荒げた。

 何故これほどあのデュラはんが問題となっているのか。それはカレルギアの特殊性にある。

 他の領域では大気中に魔力が溢れている。けれどもカレルギアのある『灰色と熱い鉱石』は魔力が乏しい。だから、生の魔力が領境を超えてきたという報告を聞いて衝撃が走った。

 生の魔力。

 そういうものはこの領域では存在し得ないはずなのだ。大気中にあまりに魔力が少ないため、魔力そのものが発生した場合、その魔力はあっという間に霧散する。だからこの国の魔力は、山の奥深くで高圧力に固まって鉱石となったものか、分厚い外装を持つモンスターの類が微弱な魔力を体内に溜め込み生物濃縮されて固形化した魔力を掘り出して用いるしかない。そしてこれらの魔石を利用して私の部隊が扱うような機甲兵器を製造している。

 人は生身では竜と戦えない。機甲を纏わなければあの巨大な竜たちとは渡り合えないのだ。


 この『灰色と熱い鉱石』から魔力が枯渇した原因ははるか昔に遡る。

 数百年前にこの世界に転生してきた転生者アブソルト=カレルギアが『やらかし』て島全体の魔力のバランスが崩れ、世界に崩壊の危機が訪れた。そのためもともとこの巨島全体を管理していた『灰色と熱い鉱石』は最もその被害が過酷な現在のカレルギア近辺の領域以外を新しく来られた4人の魔女様に明け渡し、5人の魔女様が力を合わせてこの島を共同管理することになったそうだ。

 それ以来、何故かこの島にはたくさんの転生者や転移者が落っこちてくる。魔女様たちによってその負荷を軽減するため、転生者に配慮した様々なシステムが組まれている。

 そうだ、話は生の魔力だった。まだその正体もわからず追いかけていたときのことを思い出す。

 突然連絡が来たんだった。


「姫様、急報です。すぐにキーレフに向かってください」

「何故だ」

「キーレフに『なまの魔力』が発生しました」

「『生の魔力』だと⁉」

 その報が届いたのはアストルム山で採掘の護衛をしていた時だ。

 半信半疑で、そして期待が膨れ上がった。

 『灰色と熱い鉱石』の悲願はこの地の魔力を元の状態に戻すこと。だから魔力にはことさら敏感で、魔力の萌芽があればすぐに『灰色と熱い鉱石』が発見し、すぐさま神子みこに伝えられる。けれどもそのおおよそは、たまたま地中深く眠っていた魔力溜まりが地震によって崩落して吹き上がるといった一時的なものだった。


 けれども今回はこれまでの報告とは全く異なる。

 その魔力はキーレフに突然現れた。つまり領域の外から持ち込まれたということだ。

 先人たちが長年研究した結果、生の魔力の持ち込みは不可能と結論づけられたはずのものだ。だがもし外から魔力がそのまま持ち込めるのならば、この領域を立て直すための何らかの新しい手立てが産まれるかもしれない。

 世界にはこの領域と異なり魔力が飽和しすぎて世界の崩壊を招きそうな領域もあると聞く。そのような領域から魔力を移動できるのであれば……。

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