第5話 僕の友達のデュラはんはヘルグリズリーを倒した。

 結局、デュラはんには神の御業がほとんど効かなかった。

 村に到着して、その夜のうちにこっそり村の教会に忍び込ませた。本来妖精やあやかしが入れないはずの教会に、デュラはんは普通に入ってきた。聖なる守りがまるで効いていない。静かでええとこやねってそいう問題じゃない。

 デュラはん用には使われていなかったという倉庫を用意した。埃だらけの部屋を急いで掃除する。ここなら不用意に人が立ち入ることもないだろう。体が休む用の簡易ベッドと頭用のクッションを入れる。

「至福やわぁ~」

「簡易のものですが、いいんでしょうか」

「今まで洞窟で寝よったもん。天国や」

 なんで全く動じないのかな。ここは教会のはずなんだけど。

 ともあれ僕はデュラはんを村の教会に匿うことにした。同僚から逃げなくてよくなったって物凄く感謝された。


 デュラはんは昼は部屋でごろごろしていて、夜は村の周りの野獣や魔物を狩った。

「魔物を狩るというのに抵抗は無いのですか?」

「なんで?」

「その、デュラハンというものは魔物なのでは……」

「うん? ……ああ、そういえばそうかも」

 魔物といっても同族意識とかなさそうだ。ゴブリンやオークと妖精だと全然違うといえば違うから、不思議ではないのかもしれない。

 強い魔物が出たという周辺の陳情を受けて、恐る恐る討伐をお願いした。けれども難なく倒してきた。やはりデュラはんはユニーク個体なんだろう。通常のデュラハンに比べても恐ろしく強い。

 デュラはんの討伐実績を僕の功績として教区の教会に送った。僕が自分の身を守るには、やはり力を示すのが一番だろう。僕を狙ったと思われる暗殺者はいつのまにかデュラはんが捕えていた。デュラはんの威圧で彼はペラペラと教区長に依頼されたと吐いた。

 口封じをしようとしたら、デュラはんに、かわいそうやん、と止められた。でも僕が生き残るには教区長に情報を持っていかれたら困る。デュラはんは、人間はなんか大変なんやね、と言って死体を森に捨てに行ってくれた。森に捨てれば森の野獣が始末してくれる。

 何だか僕の方が魔物みたいだ。

 その後も何人か暗殺者がやって来たが、そのうち来なくなった。


 普段のデュラはんは、面白い人だった。

 僕の知らないようなことを色々教えてくれる。

 二次方程式という高度な計算術式や四点農法とか誰も知らないような知識を色々。最初は半信半疑だったけれどもデュラはんの言う技術のおおよそは実際に効果があった。草をはやして収穫が増えるとか意味がわからない。デュラはんは知識チートの常識や! とかよくわからないことを言っていた。

 デュラはんの言うことはどこまで本当か嘘かわからない。『地球』という他の世界から来たという。魔物って突然現れることがあるけど、どこか別の世界からきているんだろうか? 

 かわりに僕はデュラはんに文字を教えたり人間の生活について教えた。デュラはんはどれもものすごく吸収が早かった。

「お、デュラはん、この間は畑ありがとうな」

「ええんやで、暇やったけん」

 デュラはんが夜中に村人と遭遇して、世間話をしているのに気が付いた。

 いつの間にか村人の間にもデュラはんのことが知られていたけど、いつのまにか受け入れられていた。

 もともと100人程度の小さな村だ。外敵が不自然に減り、朝起きると畑が耕されていれば嫌でも気が付く。

 最初は村人に恐れられていたけれど、力仕事を次々とこなして外敵を駆除するデュラはんは、いつしか村のみんなを守り、守られる存在になっていた。誰か見知らぬ者が村を訪れれば、随分前からその情報はいの一番に教会まで届けられ、デュラはんは倉庫にこもってゴロゴロした。一度はその話を聞いた子どもがデュラはんの頭を隠す遊びを初めて、村人総出で肝が冷えた。

 そんな時でもデュラはんは、ここは天国や! と言ってにこにこ笑っていた。僕が村に溶け込めたのも明るいデュラはんのおかげもあると思う。デュラはんと一緒にあの湖に釣りにいったり、散歩したりもした。いつしか季節が移り変わり、そしてそれが五度に及ぶ頃には、デュラはんはすっかり村の住人になった。


 そういえばデュラはんは抹茶パフェというものが食べたいらしい。

 でも妖精だからかデュラはんは食事が摂取できない。前に固定観念だってがんばって食べたけどげーげー吐いて、気持ちじゃなくて体のつくりの問題だと納得したそうだ。それでも一口食べたいと言う。

 そうすると聖水は気持ちの問題なのだろうか。納得がいかない。

 そんなどうでもいい話を、毎日僕らは食事時にする。デュラはんは食事はできないけど机の上に頭を置いて、ずっと喋っている。五年の間に、僕にとってもデュラはんは家族みたいなものになっていった。

 デュラはんは本当に魔物なの? という気分すらする。

 でも人間は頭と胴体が離れてないよな。


 けれどもそんな平穏な日々に終わりを告げる手紙が届いた。

 教区からの手紙だ。僕への諮問と管轄替えの話。

 デュラはんの知識でこの村の収穫量は倍増している。僕を追い出して教区の上層部かどこかの貴族がこの村を接収するつもりなのだろう。

 これまでこの村は開拓村だから決まった人頭税を納めればよかったけれども、おそらく接収されて貴族の所領になると自由は失われる。民をどう扱うかは領主の自由だ。そしてこのあたりの領主は著しく評判が悪かった。もともとこの村の村人はその領主から逃げて新しく村をつくった人たちだ。

 村長と話し合った。全員で村を捨てて新しい村を作るというのも手だけど、逃亡は罪だ。貴族の兵士が追ってくるだろう。老人や子供も一定数いるから、逃げ切るには武力が必要だ。戦力の見通しがつかなければ逃亡は実行はできない。

 だからデュラはんにお願いした。ヘルグリズリーの討伐を。

 本来人里には降りてこない古くからの山の主だ。

 大昔に教区で調査をした時、最精鋭の集団で相手取っても、最終的に討伐できず損害甚大という結論となった。その結果、被害自体が少ないことから放置されることになった魔物。普通のデュラハンでは恐らく太刀打ちできないほど強大な敵。

 もしデュラはんが一人で討伐できたなら、デュラはんに勝てる者はそうそういないということだ。ここの村人を守りながら逃げることができるだろう。貴族が村人の捕獲にそれほど大人数の兵士を割くとは思えないから。

 負けてもデュラはんはヘロヘロ戻ってきそうな気はするけど、そうしたら違う方法を考えないといけない。


 そう思って僕はその晩寝つけなくて、夜明け前に村の入り口でデュラはんの帰りを待っていた。うっすらと東の空が明るくなったころ、デュラはんの体の方が大きく手を振りながら何かを引きずり帰ってきた。

 あれ? 頭は? と焦っていると、引きずられていた物の上に頭が転がっていた。

「デュラはん無事でよかった!」

 思わずかけよってデュラはんの頭をかき抱く。

 デュラはんの頭は土で汚れ、激戦を予想させた。

「ボニたん! やっつけたよ! めっちゃでかかった。皮高いんよね? でもこれゴワゴワして獣臭い。これでええんかな」

「皮なんてどうでもいい! あとで聖水できれいに頭洗ってあげるね」

「ほんまに!? やった! ひゃっふぅ! 自分で洗たら指がシュワシュワして変な感じやねん」


 どうでもいいと言ったけど、改めて広げられた皮を見る。

 戦慄する巨大さ。デュラハンは鞭しか使えないはずだけど、どうやって倒したんだろう?

 村はその皮でお祭り騒ぎになった。こんな見事なヘルグリズリーの皮なんて、国宝級だ。しかも損傷は軽微。頭部、それから胸部と背中に少しくらいで乏しく、とても綺麗な状態。本当にどうやって倒したんだろう。

 うまく貴族の賄賂にでも使えると良いのだけど。

 ああ、でも本当に帰ってきてくれてよかった。しかも勝って帰ってきてくれた。少なくとも、村人が追っ手を追い払いつつ逃亡することはできそうだ。

 教会の隅の洗い場で気持ちよさそうに鼻歌を歌うデュラはんの頭を洗いながらどうやって倒したのか聞いたけど、驚きの連続だった。

 どこからそんな発想が湧くんだろう。素振りで体を鍛えるためとか、武器として使わなければ適性がなくても剣や槍を持つことはできる。でもそれを罠に使うという発想はない。だから普通はスキルのある技術をひたすら学ぶのに。

「みんな頭固すぎるん」

「デュラはんにはそうなのかもしれないけど」

「あ、もちょい右のほうかいて? そうそう、あぁ~至福~。一仕事終えた感~」

 かなわないな、もう。

 奇麗に泡を落として清潔な布で拭いて櫛を通す。黒衣の体はその辺に腰かけて輝く朝日の中でぼんやりとしていた。

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