第4話 僕の出会ったデュラはんは頭を聖水で洗う。

 僕の頭の中は混乱に満ちていた。

「デュラはんさんはここで何を?」

「デュラはんでええよ。することなくて~。暇なん」

「デュラハンは人に姿を見られると襲うものと聞いていたのですが」

「それな、なんかやばい奴やん?」

 やばくないデュラハンなんているのだろうか。

「タライ一杯の血ぃぶっかけるとか誰得なん? それに目ぇ潰して回ってたら友達できんやん」

 まぁ。

 デュラハンと友達?

 何を言っている? 友達?

「そんでな、俺寄り合いから逃げてきてん」

「寄り合い? そんなものが?」

「なんかようわからんのやけど、どこどこの家行って血ぃかけてこいみたいな、やってられんやろ? ボニたんもそう思わん?」

 デュラハンの寄り合いがあるという話は聞いたことはないが、そういうものがあるのであれば新発見だ、けど。

「はぁ、まぁ」

「ボニたんは神父さんなん?」

「ええ。あのええと、この先の村に神父がいなくてですね」

「おお、新任言うやつやね!」

 長閑な湖畔では小鳥が鳴き、キラキラした湖面で時折魚が跳ねている。

 なんだろう、このデュラハンと世間話のそぐわなさは。

 気安い頭部と恐怖の黒衣。

 緩やかに流れる景色と世界の秘密。

 それでこのデュラはんは寄り合いから逃げてきて、なんとなくこの辺に落ち着いたけど、たまに夜中に元同僚のデュラハンが探しにきてそのたびに逃げ回っているらしい。日中うろうろしてるのは暇だから。夜はこの辺でごろごろしてる。

 なんだそれ。普通の自堕落な人間にしか思えない。この辺にはデュラハンが大勢いるのか? 非現実的すぎる。

「なんか俺、そんなわけで寂しいねん。久しぶりに人と話しできてめっちゃ楽しかったわ」

 ほがらかにケラケラと笑うデュラはん。顔だけ見ると悪い人には思えない。

「その、デュラはんはどうして日中でも動けるんですか? デュラハンというものは普通、夜に活動するものだと思うのですけど」

「ええ? お散歩するならお昼やん。真っ暗も悪ないけど一人やったら寂しいもん」

「お散歩。普通は夜の魔物は日の光の下では苦しんだりするものだと思っていたのですが」

「それな、俺思い込みや思うねん。同僚はみんな昼間は寝とるわ。そういうもんやと思っとるんやろ? 多分ほんまに苦しいんかもしれん。でも俺は別に普通に動けるから普通に逃げてきたった」

 ゴクリとのどが鳴る。

 では、世の中の夜の魔物は本来昼でも活動できるというのか?

 いや、そんなはずは。ことわりでは夜の魔物の領域は夜のはずだ。

 それならば、このデュラはんはその理から外れたユニーク個体なのだろうか。

 僕の最大にしてほぼ唯一の武器は聖水だ。いざとなれば振りかけて時間を稼いで逃げようと思っていた。けれどもこのデュラハンに日の光という祝福の効果がないのなら、聖水は効くのだろうか。自分の武器の有効性の確認は大前提だ。けれどもどうすればいい?

 いまのところデュラはん自体からは害意を感じない。友好的に別れられるかもしれないが、その保証はない。おそるおそる尋ねる。


「あの、宜しければ少し実験したいのですが」

「実験? なんなん? 面白そうやん」

「魔物は聖水に弱いものと聞いています。デュラはんに効くか試してみてもよろしいでしょうか。その、思い込みかどうかという点で」

 デュラはんはちょっと真面目な顔をして、ん~、と悩む。

 普通は了承しない。けれどもどうせ駄目なら振りかけて逃げるしか無い。

「ま、ええわ。ええと、どうしたらええん?」

 いいの⁉ そんな軽く?

 腰のホルダーからおそるおそる切り札の聖水を取り出す。今、一か八かに賭けて振りかけて逃げた方がいいのだろうか。けれども失敗したら待っているのは死だろう。逃げきれるとも思えない。ゴクリと喉が鳴る。

 いつのまにやら強い死の香りを纏う黒衣の体がデュラはんの頭の隣にいた。

「ほな、こっちの体の方にかけたって。でもちょっとやで。どこがええかな。ん~ほな左手の小指とか」

 少し震える腕で恐る恐る小指に聖水を1滴垂らす。するとポトリと落としたところからしゅわしゅわと煙が出た。

「ああ!! なんやこれ!!」

 頭のデュラはんが叫び、僕死ぬのかなと、思って脳裏にこれまでの様々な思い出が走馬灯のように駆け巡る。

「めっちゃ爽快! デオドラントっぽい! しゅわしゅわや~、ねね、頭にちょっとかけたって?」

 は?

 え?

 頭に?

 聖水を?

 魔物の?

 大丈夫なの?

 あれ? 倒せたら倒せたでいい気はするけど。本当は駄目で近寄らせたところを襲うとか、けれどもそんなことをする必要がない距離にその腕がある。

 恐る恐る頭に垂らす。

「はぁ~めっちゃえぇわぁ~シュワシュワするわぁ~」

 デュラはんは聖水が垂れたところを起点に両腕を動かし、わしゃわしゃと揉むと何やら泡が出てきた。この聖水、不良品で中身は洗剤じゃないだろうな、帯封はきっちり閉められていたけど。

 あれ? 聖水って泡立つの?

 でもゾンビとかにかけると溶けたっけ。

「ちょっと湖で流してくるな」

 呆然としていると、黒衣は頭を抱えてのしのし湖に向かい、頭をすすいでいる。

 全然意味が解らない。今のうちに逃げるべきだろうか。

 しばらくするとデュラはんはものすごく幸せそうな顔で戻ってきた。

「ありがとう! 心の友よ! なんやもうずいぶん頭なんて洗てなかった気がするわ。汗とかかかんからええわ思っとったけど、やっぱ埃とかついてるんやな。めっちゃ綺麗になったで!」

 聖水って洗髪剤なのか……? いやそんなはずは。

 ともあれこのデュラはんには恩寵がほとんど効いていない。僕にとってこの聖水は対デュラハン用の最後の切り札だった。そもそももうこのデュラはんに勝つすべはない。絶望がたふたふと心の中に湧き上がる中、妙な引っ掛かりを覚えた。

 ん? 心の友? 友なの?

「ボニたん! 俺ボニたんのためなら何でもするわ! お礼したいねん。なんでも言うたって」

 僕は心の友デュラはんを手に入れた。

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