第39話 日常3

 異世休暇から帰還した渉。

 後半はやらかしのせいで女神に睨まれながらではあったが、満足いく長期休暇であった。


 地球時間では丸1日の出来事でしかないが、昨日の事が10年前の記憶となってしまう為、時折渉自身が何をしていたのか忘れてしまう事もある。


 前回の集団召喚事件は1000人規模の召喚であり、連日世間やテレビ界隈を賑わせている。

 だが今回の事件の当事者の殆どに記憶は無く、ただ酷かったとしか答えられない。


 唯一記憶を持つ彼女は、政府やマスコミから隔離され、現在も異世界課で手配された病院にてカウンセリングを受けている。


 話題性は大きいが内容が薄い。そうそうに世間から忘れられる事になるだろう。


 渉は携帯端末で過去の事件ファイルを見ながらそう考えていた。





〇●〇●〇〇●〇●〇





 


 過去の事件。

 異世界課が作られる前、当然召喚事件はあった。

 だが、渉という存在が現れる前の事件はどうにも難しいのだ。


 まず召喚時の魔力痕跡が消えている。

 集団召喚や、単独召喚、様々な召喚のされ方はあるが、実は単独召喚の方が痕跡は大きく残っていることが多い。


 それだけ相手の世界はひっ迫しいるのだ。


 願いの強さは魔力の強さに反映される。

 危機の迫った世界では、より強力な存在を求めるため、召喚を行使する際の魔力跡はかなりの量で残るのだ。


 逆に集団召喚では、欲にまみれた適当な召喚が多い。

 この場合は痕跡は直ぐに消えてしまう。願いのない召喚はその生命力を消費する事が多く、召喚先の召喚者のほとんどは廃人か死亡する事となる。

 召喚はかなりのリスクを負うのだが、命令する側はそのリスクを負わない。被害を受けないため調子に乗って呼び出すのだ。


 今でこそ渉がいるため、召喚事件は発生と共に対応、帰還が出来る。


 何年も前の資料を見ながら渉は考える。


 今更だな。


 前回の千葉(新藤)召喚事件のようにうまく行く事の方が稀なのだ。現場に向かい、魔力跡が検知出来た時は逆に驚いたくらいであった。


 未だ対応できていない事件も山ほどある。渉一人では手が足りない。


 当時の目撃証言を元に、痕跡を追って日々異世界課の職員も動き回っている。


 検知器を持ってうろうろする姿は、実に滑稽ではあるが、職員も必死に対応しているのだ。

 そんな中で次の召喚事件が発生するだ。新たな事件ともなれば、当然途中で捜査が止まってしまう。


 それでも異世界課発足から、次第に召喚頻度は下がっている。

 それは神々が渉という存在を受け入れたことで、魔王システムを封印し始めたからであった。


 だが、以前から召喚を良く行っていた世界では話は別である。


 数十年もすれば人は神の信託を都合よく解釈してしまう。そして都合のいい兵器として召喚が行われてしまう。


 そんな世界には渉が出向き、直接交渉をする。

 今までは拉致って終わりだった世界より、使者がくるのだ。


 相手国が異世界を行き来出来るとなると話は当然変わってくる。


 日本国としては自国民が誘拐されているのだ。召喚先の相手に対し、何故召喚したのか相手国に相手世界に対応を求める事は当然であった。


 話が通じる国であればまだ良い。我儘な国で在れば在るほど対応はひどくなる。

 そんな時は力を見せる事で黙らせることになるのだ。ただし、この場合の力とは現実世界の力である。

 『会話を以て平和的に交渉』など相手はまったく求めていないのだ。ならば実力を見せつける事で交渉の場に立たせるしかないのだ。


 交渉の場となると、相手は王侯貴族が出て来る事となる。

 そのため渉は政府の代理人としてではなく、皇族の代理人としてその場に立つこととなるのだ。


 本来なら『象徴』である皇族に、異世界では王として立ち位置を求める事となるのだ。


 内閣総理大臣や内閣、国会など議員は日本では確かに上の立場である。だが、貴族社会においては平民の成り上がりになってしまうのだ。


 故に事件が発生するたび、相手世界の状況に合わせて皇族より委任を受ける事となる。

 そして日本政府からは、あくまで日本国代表としての証明を受けるのだ。


 国対国の交渉にしてしまえば、大抵の世界で相手は大人しくなる。

 王と国から全権を委任された人物が現れれば、貴族社会では尊重されるのだ。


 召喚した国は無断で国民を攫った犯罪国となるのだ。周囲の国からも非難され、当事国からも非難されれば戦争も視野に入ってくる。

 

 だが相手は勇者の国。


 召喚時に弱い勇者達も育てば強くなる。というよりその成長率は異常であっという間に脅威となる。

 学生という戦闘をした事のない者を呼び出し、若い人材を堕落させ都合よく使ってはいる……いるが、中には当然戦闘を職業とする人物が混ざる事もある。


 そんな人物は例え相手が剣や魔法であっても怯んだりはしない。厄介な相手となるのだ。

 そして一番の脅威はその文明や技術の違いであった。召喚時に持ち込まれる様々な物は、召喚先の人達に理解の及ばない脅威を与えた。


 渉自身も当然との事を理解して交渉の場に及んでいる。


 交渉の際、背広で登場する事が多いがそれにも理由が有る。


 服飾技術が優れているため、背広一つでも相手には素晴らしい技術に見えるのだ、その上で布地にも気を遣い、一目で高価な物であると強調できるよう心掛けている。

 

 懐には当然の様に銃が存在していた。ぱっと見、非武装に見えるのだが、魔法が存在する世界では武装非武装に変わりはない。

 それでも剣や杖を持っていると警戒されるため、丸腰に見えるようにしている。


 選ぶ銃にも理由がある。威力が高く大きな音を発生させる事を目的とし選んでいるのだ。


 銃という存在を知らない世界では、その威力と銃声は脅威となる。


 よく戦場で大きな音や声を上げるが、それは相手をけん制する事と恐怖を与える事を目的としている。


 少数同士であれば、静かに接近し相手を倒す。


 だが、集団が大きくなればその静けさは、相手がこちらに恐れを成している状況だと勘違いされる。


 戦場が大きくなればなるほど、その轟音は弱者の恐怖心を煽る。


 銃声は威嚇して来る相手には特に有効な手段。轟音は相手を黙らせるにはうってつけなのだ。


 そして威力だけを求めた銃弾は鎧を簡単に貫通する。魔法障壁があったとしても、当然のように撃ち抜く。

 魔法障壁といっても所詮は硬い壁、壁を撃ち抜ける銃を用意すればあっさり砕いてしまう。


 その上詠唱の必要が無い、引き金に指を掛け引くだけ。それだけなのだ。


 現代社会において脅威を放つ銃は、異世界においては別次元の脅威となる。

 そんな交渉はほとんど脅しとなってしまうのだが、有利に事を運ぶためには仕方ない事だと渉は区別している。






〇●〇●〇〇●〇●〇





 


 「あ、居た居た加賀美さん、探したんですよ」


 そんな声を掛けて来たのは、庶務課の女性。


「いい身分ですね、勤務時間中に屋上で寝転がりながらの仕事ですか?」


「いや、基本俺って部屋も机すら無い立ち位置なんですわ、現場か報告かしかないんですわ」


「言われてみれば…部屋、無いですね。言われて納得です。普段室長室に居ることが多いから一緒の部屋だと思っていたんですが、あの部屋の事務机1つでしたね」


「居ない事が多いから、その弊害かね~で、どうしたの?」


 要件を確認する渉に、彼女は1枚のカードを手渡してくる。


「はいこれ、加賀美さんの新しいIDです。古いID出してください」


「あ~内臓チップが劣化してたんだった」


「そうです、何で加賀美さんのIDだけ劣化が激しいでしょうかね」


「……」


 異世界で数十年を普通に過ごすのだ、その際も携帯しているため当然劣化する。

 そんな事情を知らない彼女からしてみれば、数日で壊れるか渉のIDカードが不思議でならない。


「はいこれIDね。ところで新規になったなら例の表記は無くしてくれたのかな?」


「あぁ~あれですか?無理でしたね。あの表現皇女様のお気に入りらしいので却下です」


「皇女様なら仕方がない……」


「いいじゃないですか、皇女様からですよ。うらやましい限りです」


 渉は渡られたIDの裏面、普通の職員には無い項目を見つめる。

 特殊許可免許の表示とその内容。


「いや、いくら何でも”異世界【可】”はないんでないかな~」


「異世界に行くことが可能で、異世界での行動も可能。他にも色々可能なんですから異世界【可】でいいのではないでしょうか?」


「語尾に括弧笑いが付いてるね~…」


「あはは、あっ、そうでした後室長が呼んでましたよ、新しい事件みたいですね」


 急に真面目な顔になり、渉にそう告げる彼女。渉も気持ちを引き締める。


「詳しい内容については部屋でとの事ですが、場所は島根、召喚されたのは5人とのことです」


「オッケー、ならすぐに向かうわ」


 彼女にIDと事件報告のお礼を言い立ち去る渉。

 リフレッシュ休暇でやる気は十分だ。


 5人を対象をした召喚次の事件。召喚された人物の安全を願いながら渉は室長室へと向かう。

 


 


 

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