第38話 都合の良い話
彼は走っていた。
鬱蒼と茂る森の中、足元もおぼつかない。木の根や草、石が彼の走りを邪魔している。
彼は逃げていた。
それは城の兵士でもなく、待ちの衛兵でもない。
同じ世界から来た人物から逃げているのである。
数日前、5人異世界へと召喚されたのだが、自分が最も弱い立場であると把握した彼は、夜の闇に紛れて城から抜け出した。
陰キャな彼は陽キャな4人についていけない。
異世界での過ごし方は中学の時に習ったが、ほとんど寝ていた為覚えていなかった。いわゆる赤点である。
本来なら召喚された先で待機。
それが基本であったが、彼は普段からいじめの対象であり、その見た目からも根暗な印象が取れず、陰口を叩かれている。
直接的な暴力は今の所ないが、入学して半年以上経過した高校生活で、未だボッチを貫いていた。
別にボッチが好きだからではないのだが、話が合わずボソボソとしゃべるその雰囲気から周りに敬遠されがちで、2人組やら班を作るやらの際、必ずと言っていいほど余りものであった。
一緒に召喚された4人はいわゆるクラスの人気者。
いや、クラスどころか学年、それどころか学校でも有名であった。
そんな彼らと一緒に召喚されたのだ。
外れを引いて当然だとも思ってしまったが、現状の学校生活でもボッチな彼は、
この世界であればやって行けるのではないか?
そんな事を考えていた。
良くある小説や漫画、アニメには外れを引いたもの程後で強くなることが多い。
自分ももしかしたら突然強くなって、この世界で自由に生きて行けるのではないか。
そんな考えから城を抜け出したのであった。
この世界に来てから他の4人に話し掛けられたのは数度。話が合わないのか、早々に切り上げられてしまった。
その会話の内容も、彼の能力を聞くためであり。その能力が微妙であったため複雑な顔をされたのだ。
彼らの態度はそんな印象的で在った。
翌日からは特に会話も無く、ただ食事と訓練を共に過ごすだけの存在となる。
「どうせ誰も僕の事なんか分かってくれない」
そんな独り言を言いながら走り続ける彼の周囲から、何かが動く音が聞こえて来る。
生き物の気配を感じると、ごくりと喉を鳴らし辺りを見回す。
何かがいる。それは解るのだが暗くて良く見えない。
手元のスマホでアプリのライトを起動し、周りの様子を伺う。
月明りだけで先程迄移動してきたが、何か居るとなれば確認しなければならない。
人か?モンスターか?いざとなればフラッシュを焚いて目くらましにして逃げるのもありだな。
そんな冷静さを醸し出し、注意深く辺りを見回したが特に何もいない。
気のせいだったのか?
夜風が吹き通ると、自分が冷汗を搔いていた事に気づく。
街から出てすぐの森、そこまで強いモンスターも無い無いだろう。そんな甘い考えで彼は城から抜け出した。
彼の与えられた能力をもってすれば倒せない事も無い。
彼がこの世界に召喚された際、与えられた力は闇影魔法。
使い方次第で斥候にもなれる能力であったのだが、周りが勇者や賢者、剣聖に聖女では目立たないのは仕方のない事なのかもしれない。
闇影という印象もこの世界ではあまり良くは無かった。が、彼からしてみれば良く聞く主人公の力だ。
きっとこの先自分は強くなる。いや、すぐに強くなってしまうのだ。
気が付けば、僕なにかやっちゃいましたか?になっているはずだ。
そんな考えに囚われた彼は城を飛び出したのだ。この世界でも陰キャで生きる事になるのは嫌だと。
見捨てた皆を見返してやる。小説の様にアニメの様に俺が強いんだと解らせてやる。
弱者は突然強く成れる。そんな妄想を膨らませてここ迄来たのであった。
「ぐあっ!?」
足元の強烈な痛みで思わず悲鳴を上げる。
何事かと足を振り上げれば、蛇のような何かが嚙みついていた。大きさは1m50cmほど、十分巨大な爬虫類であった。
「何だよ!?普通はゴブリンとかそいうったモンスターじゃないのかよ!」
噛みついたまま巻き付こうとする何かに恐怖を覚えながらも、必死に取り払おうとする彼は、近くにあった木の枝を胴に突き刺して抵抗する。
だが、硬い皮膚はそんな木の枝を折り刺さることは無かった。
ダメだと判断した彼は、両手でモンスターの顎と頭を掴むと、口を上下に開くように思いっきり力を込めた。
鋭い牙は思いの外長く、深く食い込んでいる。
「ちくしょう!痛ーよ」
何とか外し頭を投げつけるも、胴が足に巻き付いていて距離は取れなかった。片手と片足を使い、枝で頭を押さえつけ他に武器に成りそうなものを探す。
噛みつかれた拍子で携帯を手放してしまったため、あたりが良く見えない。手探りでとにかく硬いものを探すと。手の平大の石を掴むことに成功する。
「この!死ねよ!死んでくれよ!」
掴んだ石で頭を何度も殴打する。
締め上げられる足はかなりの力が入っている為、ミシミシと音を上げていた。
「死ね!死ね!死ね!死ね!しぎゃぁあああああ!」
巻き付かれた足から嫌な音がし、骨が折れてしまう。思わず抑え込んでいた手足を離してしまい、その場で転げまわる。
片足は折れ、もう片足は恐らく毒でやられたのであろう。ひどくはれ上がり、身動きが出来なくなってしまう。
「なん、なんでだよ!僕はこれからヒーローになるんだよ!邪魔するなよ!」
後ずさりながら、手に持った石を投げつけると。その存在はあっさり身を翻し森の中へと消えて行った。
「なんなんだよ…いったい。うぷうぇえぇええ」
受けた毒が身体をめぐり始める。神経系の毒なのであろう、片足は痺れた様に動かなくなり、もう片足も折れて動くことが出来ない。
「ちく、しょう。これからなん、だぞ。僕はこれ…からなんだ」
消えたモンスターに文句を言うようにつぶやく彼はすでに涙目であった。
「こんな、こ…んな、死に…方は嫌だ」
下半身が痺れて動かない。幸いといえば良いのか、折れた足の痛みも痺れで間隔を失っている。
上半身、腕だけを使い這いずるように移動する。
「そう、だ。そ…うだよ。物語で…も、さ…いしょは、やられ…るじゃな…いか」
小説などでは、弱い主人公は最初に窮地に立たされる。今の自分の様に死にそうになるじゃないか。
きっとこの後何かが起こり覚醒するに違いない。
窮地からの脱出。さっきのモンスターを倒して一気にレベルアップ。ヒロインの登場で助かる。
いろいろな妄想を巡らせるが、現状どう考えても助かる要因が無い。
脱出したくても両足が動かない。モンスターを倒すにしても、すでに先ほどのモンスターはどこかに消えてしまった。
こんな暗い夜の森にヒロインが現れる訳も無い。
「や…闇っ魔法、つつかかい…方、しら…な…」
次第に呂律も回らなくなってくる。このままでは本当に死んでしまう。
痺れは胸元まで来ていた。そうなると心臓が苦しくなってくる。息もしずらくなってきており、このままだと呼吸困難になるのが目に見えた。
必死に動かしていた手もうまく動かなくなってくると、彼は泣きながら夜空を見上げた。
ああ、自分はここで死ぬのだと。
異世界召喚で生まれ変わり、これから強者をして生きていく事もなくここで死んでいくのだと。あまりにもみじめな自分に涙が止まらなかった。
「やれやれ、こんな事になっているんじゃないかと思っていたら案の定か」
何処か気の抜けた声が聞こえて来る。
「いや、まだ死んで無いし。十分助かるからいいけどさ」
助けが来た。そう感じ余計に涙が溢れる。
「もう治してあるから平気でしょ。さっさと立ち上がってくれないかな?」
随分と突き放した言い方をしてくる。これがこの世界の住人なのか、そう思うと助けてもらったとは言え、少しやりきれない。
そう思い立ち上がると、その手にスマホを渡される。
「いや、君は阿保なのかい?こんな暗闇で灯りを点けるなんて自殺行為もいい所だよ。野生の獣に寄って来てください、襲ってくださいって言ってるようなものだ」
ひどい言われようだ。
一瞬ムッとし、反論しようとするもさらに文句が続く。
「それに只の蛇にあそこ迄やられるとはね~、モンスターでもない只の蛇に」
「え?」
思わず声がでた。只の蛇?モンスターじゃない?
「森に住む野生の蛇だね~、まあ地球で言うならアナコンダみたいなものかな。巻き付きにはかなりの力が有ったみたいだから」
「そう、なんですか…。え?地球?」
地球という聞きなれた存在。思わず声の主をマジマジと見つめる。
その姿は背広。日常で見慣れた姿であった。
「そりゃそうさ、地球から来たんだから。始めまして
「い、異世界課…」
そう聞いて狼狽える安達。
渉は呆れた様子で彼に確認する。
「そう、異世界課。召喚事件なんだから当然来るに決まってるでしょ?てかさ、何で大人しく待てないかな?」
「う!そ、それは」
やれやれ、このパターンか。そんな事を想いつつ安達に告げる渉。
「まあいいや、取り敢えず城に戻るよ。別にこの世界で生きていくのは構わないけど、手順は踏んでもらわないとならないからねぇ」
「は、はい……」
「もっとも野生動物程度で死にそうになるくらいだから、この世界でやって行けるかは知らないけどね」
英雄願望の少年に良くあるパターンであった。
────────────
いつもお読みくださる方々、ありがとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
リアル事情から少し間隔があいてしまいましたが、今後も継続していきますのでよろしくお願い申し上げす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます