第36話 異世界での過ごし方3

 ダンジョン最下層。

 足を踏み入れると雰囲気が違っていた。


 正面に9人の人物が待ち構えている。それぞれが槍をもち渉を見つめていた。

 そんな彼らを見た大賢者は気配を消し、横へとそれていく。これから始まる戦闘の邪魔にならない様移動したのだ。


 待ち構える彼らに無防備に歩んでいく渉。

 すると大きく円を描くように彼らは移動を始めた。

 四方から取り囲み、一気に責め立てる。そんな雰囲気を感じ取った渉はその場から一番近い相手に飛び込んだ。


 槍の間合いの外、そう思っていたにも拘らず一気に詰め寄られる。

 全体を様子見ていた相手に対し、後ろ脚を手前に引き相手との間合いを寄せたのだ。

 俯瞰で見ていた相手は当然驚く。前足に隠れた後ろ足で間合いを詰められたのだ、槍を付きだしたときにはその間合いの半分以上を詰められることとなる。

 

 慌てて左右の斜め前に居た人物も動き出した。

 正面の人物が胸元に突きを放つ事が決まっていたのか、左が腹に、右が首元に突きを放ってきた。


 だが、すでに一歩出遅れである。すばやく後ろ足を引き、弧を描くように捌くと正面の人物の横手に入り込みそのまま左手を胸元、左足を相手の足の裏側に添えると、その勢いで相手をひっくり返す。

 後頭部を打ち付けたのか、そのまま動かなくなる。


 左前の人物は倒された人物が正面に来て邪魔になったため、胸元を狙い再度槍で突く。右前の人物はタイミングを合わせて横なぎに槍を払う。

 渉は突き出された槍を左手で上に払い横なぎの槍に対し軽く当てる、まるでそこに突きが来るのが解っていたかのような動きだ。横から払われた槍は下からの槍の衝撃で軌道が逸れる。


 そのまま突きの引き際に合わせ一気に間合いを詰めると、そのまま足刀を相手の腹に蹴り込み吹き飛ばすように4人目に当てる。


 未だ間合いの外にいた4人目は吹き飛んできた仲間を避けようと身体をそらすが、ズレた先には渉が待ち構えており、槍を絡み取られそのまま腕の間接を決められてしまう。


 関節を決められたことにより、身動きが出来なくなると4人目を盾にする様に周りを見渡す渉。


 視線の先に全員が映りこむ位置を取りながら、相手の出方を見つめる。


 じりじりと残った6人が間合いを詰めて来る。


 右手奥の人物へと盾にした人物を押し出す。丁度横の人物との間、連携が取りずらく邪魔になる位置。


 瞬間的に仲間に目線が行く。

 押し出された仲間による横隣りとの壁、一瞬だけの孤立。


 目線を戻した先に渉は居らず、次の瞬間後頭部に衝撃を受けそのまま倒れる。


 投げ込まれた仲間も、たたらを踏み体勢を整えようとすれば腹部への衝撃で再び弾き飛ばされ、横の仲間へと突っ込むこととなる。

 腹部に受けた衝撃は強く強烈で、そのままその場へ倒れ込むこととなった。


 常に自分を相手との間に障害を作られ、その陰に隠れて攻撃をしてくる。

 複数対1ではなく、1対1の状況を生み出してくる。


 巧みな戦闘術。


 渉を相手どった9人もすでに残り4人。


 当初、円陣を組み四方八方から全員で突き込む予定であった。

 だが、そんな間合いを作り出す前に潰されている。


 こちらに都合のいい状況。実戦でそんな状況を作らせるほど相手は甘くない。囲めば行ける、そう考える事自体が甘すぎであった。


 相手の狙いが分れば当然潰してくる。


 未だ4対1。そんな状況ではあるが勝てるビジョンが浮かんでこない。4人が冷汗をかき始めた頃。


「そこまで!!」


 そんな声が響き渡る。

 安堵した残った4人と、構えを解いた渉が見た先に大きな男が立っていた。


「久しぶりに見させてもらったが、武術とは凄いものだな」


「いきなりな挨拶がコレで、次の台詞がそれとか無いわ~」


「はっはっは、久しぶりなのだからこのような挨拶になったのだ。嫌ならもっとここへ遊びに来い。でないと再び人類の敵になるぞ?」


そんな事を行って来た男。身の丈は2mほど、筋骨隆々で浅黒い肌。髪は白く側頭部に角が見える。

 巌のような武人、そんな印象の人物だ。


「そんな不健全な事しなくてもいいんでない?せっかく魔王から解放されたんだからもっと気楽に生きようぜ」


「ふはは、違いない。お前達も十分腕試しが出来たであろう、下がっていいぞ」


「「「「はっ、手合わせありがとうございました」」」」


 襲って来た者達はそう言い残すと、倒れた仲間を担ぎ去って行く。その様子を呆れて見つめる渉。


 そんな彼らを見送る漢。彼はこの世界で数十年魔王として過ごしている。名はフレデンス・ギャラン。元々人族の敵として生まれたのだが、人族より余程理性的であった。


 神に与えられた使命のため。数年前、勇者と大賢者率いる人類軍と戦争をしたが和解している。


 和解の際立会人となったのが渉である。


 たまたま遊びに来ていた渉は、大賢者と知り合うこととなったのだが、魔王の行動の在り方に疑問を持つこととなる。


 戦争をしたがって居るように感じられなかったのだ。


 戦争の割に被害者が少ない。ある程度戦闘をすると撤退してしまう。まるで魔族にも人族にも被害が最小限で済むよう行動していた。

 ならば、とその足で魔王城へ出向き事情を聞けば己を鍛える事は好きだが、他者を無下にするのは嫌い。等と言って来た。


 神により人族と戦争をする様に仕組まれたが、強い者とは何度でも戦いたい。殺してしまってはもう戦えない。

 同族が死ぬのは忍びない。人族もできれば死んでほしくない。


 胸躍る戦闘は大好き。でも殺し合いは嫌い。


 それが魔王の考えであった。




 只の戦闘狂である。




 呆れた渉はその世界の神に交渉する事となる。


 これだけいいキャラしてるんだから、殺してしまうのは勿体無いと。


 当初神は渋った。


 人族の戦争が増え始めており、手を焼きそうになって来ていたからだ。

 だが、渉からしてみればこの世界は比較的どころか結構平和な世界であった。


 戦争が増えたと言うが、小規模な争いばかり。人口もそれほど極端に増えていない。文明より文化が発達してきている。


 刻々と神を説得する渉。もっとひどい世界は沢山あるのだ。


 平和な世界に魔王は必要ない。考えが早急すぎる、少しは他の神の苦労を知れ。とばかりに説教をすることとなった。

 渉の説教が1月を超えた頃、やっと神は折れたのだ。


 自身の考えがすべてである神に納得させるのは一苦労であった。


 神との交渉の結果、彼ら魔族はダンジョン最下層のさらに下、そこに巨大な空間をもらい平和に過ごすこととなる。


 地下で在るにも拘わらず、昼夜があり気候は良好。水脈もあり野菜や麦も育てば家畜の飼育環境も悪くない。

 地脈から離れており、地震の心配もないのだ。はっきり言って最高の環境であった。


 ダンジョン都市。そこでは弱い魔族でも普通に生きられるよう配慮されていた。


 魔族と魔族に許可された者のみが、転移ゲートを使い地上と居住階層の行き来を許され人族との流通も捗ることとなる。


 己を鍛える事が趣味の魔王にとっても条件が良かった。


 なにせ一歩上階に行けば1000階層なのだ。強力なモンスターが跋扈している。

 1000階層のモンスターは魔王にとっても良い手合わせの相手で在った。その上1000階層ボス突破記念のエクストラボスとして、チャレンジャーを迎える事ができる役回り。


 ダンジョン攻略者は魔王に勝てば栄誉と財宝が手に入る。魔王は強い者達と戦える、お互い利点しかなかった。


 そんな条件を与えられ、神により生み出されたことを初めて感謝することとなる。


「自分が戦闘好きだからって、部下まで強要するのはどうかと思うんだけどな」


「いやいや、あ奴らも好きでやっていることだぞ。最強と手合わせしたいのは武人の常だ。人気者だな」


「そんな人気はいらないんだが」


「そう言うな、しばらくここで過ごしていくのであろう?ならば手合わせを希望する者がわんさかいるぞ。そこの大賢者殿にも魔法を習いたい者も沢山いる、今夜は歓迎会だぞ!教えてくれるならば毎日酒も用意しようではないか」


「おおう!酒か!ならばいう事はない。いくらでも教えてやろう!」


 酒の話を出され、しばらく留まる事が決定した渉と大賢者。

 久しぶりに渉と手合わせが出来る、そんな喜びで顔が気持ち悪い元魔王。


 やはり自分は漢にしか人気が出ないのではないか、そんな悲し気な顔を渉は浮かべるのであった。





 



 

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