第24話 外出

「“前号に掲載した一澤 蓮司氏の作品の色味に誤りがありました”…だって。インタビューだって嘘だし、写真も盗撮みたいなものなのにね。」

アトリエに送りつけられた週刊春秋を見ながら菫が言った。

結局、週刊春秋の翌週の号には“色味”が間違っていたことだけを謝る文章と原画に近い色に補正された作品が小さなお詫び記事として掲載された。

「内容はともかく、なんでお詫び記事を載せる気になったんだろう。」

「そこの出版社の美術部門の人が文句言ってくれたか…少しは改心したか…他になんか狙いがあるかもしれないけど…どうでもいいよ。」

蓮司は呆れ疲れて気に留めていないようだ。

「にしても、もっとマシな写真載せて欲しかったな。こんなん“イケメンアーティスト”じゃないよね。」

蓮司が先週号を見ながら言った。

「え?いつも通りだよ…」

「いつも通りイケメン?」

「いつも通りスマイリーがかわいい。」


週刊誌の影響力は大きく、SNSに顔写真が転載されたり、まとめ記事のWEBサイトなども作られた。送りつけられた週刊誌には、出版社に届いたファンレターも同封されていた。

テレビや雑誌からの顔出しの取材依頼もあったが、蓮司は全て断った。

ミモザカンパニーの商品も少しだけ注文が増えた。

「街歩いてると声かけられるんだけど…」

「銀髪が目印になっちゃってるね、きっと。」

菫の言葉に、蓮司は指で前髪をつまんで難しい顔をした。

「これは絶対やめたくないから、もう外出そとでない。」

蓮司はいじけたように言った。

「えー…」


蓮司は宣言通り、それからしばらく外出しなかった。

個展を開催すると決めて会場を押さえると、招待用のDMハガキフライヤーチラシを作ったり、そしてもちろん新作の絵を描いたりするのに没頭していて外出する必要が無いらしい。

(あ、またアトリエで寝てる。)

土曜に菫がアトリエを訪ねると、蓮司は私室のベッドではなくアトリエの床に寝ていた。腕の中にはスマイリーが寝ている。スマイリーも最近はキャンバスで爪を研ぐことがなくなった。

———ニャァ

菫に気づいたスマイリーが挨拶するように鳴いて菫の足元にやってきた。

「おはようスマイリー。」

菫はスマイリーを撫でて抱き上げると、スマイリーの前脚で蓮司にトントンと触れた。

「蓮司ー、風邪ひくよー」

「ん…?あ、スミレちゃん…おはよー…」

寝ぼけたような蓮司に、つい“かわいい”と思ってしまう。


「また描いたまま寝ちゃったの?」

「んーうん…そうみたい…」

長机に座っても、蓮司はまだはっきりと目が覚めていないようだ。炭酸水を飲んで目を覚まそうとしている。

「DMとフライヤー置いてくれるお店がいくつかあったよ。」

「ありがと。」

「お店の人で見に行きたいって言ってる人もいたよ。」

「ちゃんと“私の彼氏なんです”って言った?」

「…言うわけないでしょ。あくまでうちの商品のプロモーションの一貫としてお願いしてるの。」

「つれないなー。」

蓮司は口を尖らせた。

香魚あゆさんも行くってLIMEくれたよ、社長と一緒にって。その日は私も行きたいな。」

本当ホント?初アユさんだ。」

「準備は順調?」

菫はスマイリーをひざに乗せて、撫でながら聞いた。

「順調だけど、まだ額縁のオーダーとかしなくちゃいけないからやる事は多い。あ、やべ…キャプションも作んないと…」

「個展の準備って大変なんだね。」

「うん、まあ自由にできるから楽しいけどね。スミレちゃん次の休みに額縁のオーダー行くの着いてきてよ。」

「いいけど、外出れるの?」

だけど…額縁は絶対実物見たいし、スミレちゃんに額縁選んで欲しい絵もあるから。」

蓮司は今から憂鬱そうな顔をしている。


次の土曜日、菫と蓮司は大きな画材屋のある街に出かけた。

「スミレちゃん連れてると声かけられない。快適。」

蓮司は上機嫌で言った。

(こんな…銀髪で背が高くて丸サングラスに柄シャツの人に声かけられる人がいる方が信じられない…)

菫は蓮司と初めて会った時の少し怖かった印象を思い出した。

———ふふっ

「何笑ってんの?」

「なんでもない。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る