第23話 大人

15:00 蓮司のアトリエ

———ピンポーンッ

蓮司が応答する。

「はい…え」

———ガチャ…

「どうも。アポイントもなくすみません。」

ドアの外に立っていたのは明石だった。

「いえ…」

蓮司と明石は長机に向かい合って座った。

「わかっていらっしゃるかとは思いますが、本日の件で伺いました。」

「…はい」

「何があったのかは川井から聞きました。」

「………」

「一澤さんが被害者の立場だというのも理解します。」

「……いえ」

「ですが、今回の行動が引き起こしかけた事について、こちらは重く受け止めていますし、一澤さんも事の重大性を理解してください。」

「はい…」

「メディアへの露出が増えるということは、それだけ注目されているわけだから、今後も同じようなことが起こりるでしょう。」

「はい…」

「その時に、川井がいなくても自制心を保てるようにしていただかないと契約の継続が難しいです。問題を起こして契約解消になったとして、あなたは違約金を払えばそれで終わりかもしれませんが、うちのようなメーカーは金銭的にも社名のイメージ的にもダメージを受けます。最悪潰れることもあり得る。そういうことを起こしかけたんですよ。うちだけじゃなく、他の取引先に対しても。」

「はい。本当にすみませんでした。」

「まぁ社長的な立場で話すとこんな感じだけど…」

「え」

「もう少し大人かと思ったけど、年相応にまだまだガキだね。」

「は…?」

「川井から何度か、君の個展のおかげで仕事を続けられたって聞いてたけど、そんな君が川井の仕事も奪いかけたってこと、本気で反省しなくちゃダメだよ。一澤。」

「……悔しいけど、なんも言えねーし…明石さんにそう言われるのが一番クるよ…」

明石は菫にとっては今でも憧れの存在だ。

「川井は君のことは全く悪く言わなかったよ。自分が週刊誌を持って行ったのが悪い、自分が連絡しなかったのが悪い、そんなことばっかり。契約がある君の立場をちゃんと理解してる。君よりずっと大人だよ。」

「………」

「君が言ってたように、無防備で危ういところがあるけど裏表がなくて真っ直ぐな子だから、彼女と付き合うなら…川井が自分を責めてしまうような行動はしないで欲しい。」

「はい。」

「本当は俺が一発殴りたいくらいだし、契約解除してやろうかと思ったくらい腹が立ったけど、残念ながらプチフルールと同じくらい売れちゃってるからそうもいかないんだよな…」

明石は苦笑いした。

「明石さん」

蓮司は立ち上がった。

「本当にすみませんでした。」

明石に深々と頭を下げた。

「その謝罪は川井の分まで働いた営業マンのために貰っとく。俺からは、これからも良い絵を描いてくださいとだけ言っとくよ。今後ともよろしくお願いします。」


その日、仕事が終わった菫はアトリエに向かった。

蓮司がドアを開けると、菫は蓮司に抱きついた。

「どうした?」

「いつも通りだから…嬉しくて。」

「…うん、そうだね………そうだね…」

蓮司は菫をぎゅっと抱きしめた。

「二回言った。」

菫は蓮司の胸の中で「ふふ」と笑った。

蓮司がまた菫の額から順にキスを落としていく。

「あ、ダメ!蓮司に話があってきたの。」

「話?」

「うん、あの…」

菫が言いかけた唇を、蓮司の唇が塞ぐ。

「れん…」

「後で聞く」

蓮司が菫の首筋にキスをする。

「ぁ…ん…」

「声、やらしい」

蓮司が囁くと、菫の顔が真っ赤になる。

「だって…蓮司の髪が…くすぐったい…」

菫は目を潤ませて訴えた。

「もっと聞きたい」

蓮司はまたキスをする。菫も必死に応える。


その日の夜

蓮司は自分の腕の中で眠る菫を愛おしそうにみつめていた。

「ん…」

菫がゆっくり目を開けた。

「わたし…寝ちゃってた…?」

「うん。」

「なんかすごく眠くって気怠けだるいの…昼間いっぱい泣いちゃったからかな…」

「それだけ?」

蓮司がいたずらっぽく笑って言う。菫の顔がまた赤くなる。

「そういうこと言わないで…」

「ごめんごめん」

蓮司は菫の頬を指の背中で撫でた。

「でも、こういう表情かおは俺しか知らないトクベツな表情かおだから。」

菫は照れ臭そうな顔をした。

「そういえば、話があるって言ってなかった?」

「あ、そうだった。ねえ蓮司」

「ん?」

「個展…やらない?」

「………」

「…もう大丈夫かなって思ったんだけど…」

菫は少し不安げな顔をした。

「………」

蓮司は菫をみつめながらしばらく無言で考えた。

「…スミレちゃんが見たいならやろうかな。」

菫の表情がパッと明るくなるのを見て、蓮司は微笑んでまた菫の頬を撫でた。

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