羅針盤は止められなかったけど

秋雨千尋

転生したら推しの虐待母だった件

 虐殺皇子ベルゼ。

 やりこんでいるRPGゲームのボスで、私の最推しキャラである。

 敵対する王国民を老若男女問わず殺しまくり、金髪を返り血で染めて高笑いする美少年。性癖に刺さりすぎる。

 主人公に首をはねられる最期も良い。


 母親に虐待されていた回想シーンは何度見ても泣ける。私だったらうんと優しくするのに。虐殺なんてしない子に育てる。絶対に怒鳴ったり叩いたりなんて──。



 すみません。子育てなめてました!



 事故で死んだ私はゲームの世界に転生した。

 推しの母、王妃として。

 赤ちゃんの頃から最強に可愛いベルゼ皇子。

 目に入れても痛くない!……訳がない。


 一日中泣きまくり、抱っこも嫌がり、母乳も拒否。何が不満か分からない。

 いやもう何なの、意味不明すぎる。宇宙人じゃなかろうか。

 紙おむつも抱っこ紐もないし。

 皇帝が手伝ってくれないのは仕方ないけど、付き人すらいないの、おかしくない?

 宗教上の理由で皇子に手を触れられないとか何とか。


 知った事かあああ!!!


 こんな状況じゃ、どんな聖人もノイローゼになるわバカチンが!

 無理無理無理。死んじゃう。誰か助けて。

 ベルゼくん、お願い泣き止んでよー!


 私も一緒になってワンワン泣いた。

 何を食べていたのか、どう過ごしていたのか記憶がない。

 初めて立った時、嬉しくて泣きながら彼を抱きしめて、そのまま倒れてしまった。



 昏睡状態から復活した時、私は病院にいた。

 自分の体じゃないみたいに、うまく動かせない。やっとの事で窓から外を覗いてみると──。


 お城が王国軍に攻められていた。


「なにがあったの!」


「王妃様が眠っておられる間、皇帝陛下と皇子が王国相手に戦争を起こしまして、たくさんの人が亡くなりました。お二人はあの中に……」


 嘘、何にも変わってないわ。

 ゲームのシナリオはライターさんの決めた羅針盤の通りに進んでいく。キャラクターの一人がどうあがこうとも止められないの?


 ベルゼは、私が必死に育てた子よ!


 看護師さん達の静止を振り切り、車椅子と松葉杖で必死に城までたどり着く。途中何度か王国軍に襲われそうになったけど、睨みつけたら帰っていった。

 育児地獄の帰還者をなめんなよ。


 階段を転びながら登っていく。早く早く。

 お願い、間に合って!


 決戦の間、敵に囲まれて膝をつくベルゼ。


 ああ、立派に育って。

 もっと近くで顔を見せて、頬に触れさせて。


 最後の力を振りしぼり、聖剣の前に飛び出す。

 ベルゼを力いっぱい腕の中に閉じ込めたまま、私の首は胴体と泣き別れした。



 エンドロールが流れる。

 ベルゼは投獄され、裁判にかけられた。

 元々のシナリオとは違い、女子供は殺害しなかったらしい。

 彼もまた皇帝の被害者として死刑はまぬがれ、王国の監視の元、奉仕活動に励んで生涯を終えた。

 彼の絵が画面に映し出される。

 私の姿だ。

 何枚も何枚も。鮮やかに美しく描かれている。


 虐殺皇子になる運命は止められなかった。

 でもその終わり方は違うものになった。

 おやすみなさい、私の可愛い子。



 目覚めたのは病院だ。

 お母さんとお父さんがボロ泣きしている。

 ああ、私、死んでなかったんだ。

 長い夢だったな……。


 退院して久しぶりにあのゲームを起動する。

 それにしても推しの母親になれるなんて、いい夢だったな。

 いつまで待ってもOPが始まらない。おかしいな、壊れちゃったのかな。

 暗闇の中に浮かび上がるベルゼの姿。

 私を見つめて、やわらかく微笑んでいる。



《母上、ありがとうございました》




 終わり。

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羅針盤は止められなかったけど 秋雨千尋 @akisamechihiro

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