第19話 決着はあっさりと(終)

 俺たちは事件当日の現場で有馬京介を待っていた。


「本当に来るんでしょうね」


「ああ、来るよ。絶対にね…」


 すると足音がトントンと聞こえてくる。それは少しずつ大きくなっていき、近づいきているのがわかる。


「さぁ、頼んだよ、北条」


 俺はドヤ顔で言った。そんな俺の表情を見て、ため息をつきながらも、その瞳は真っ直ぐ、俺を見つめた。


「……ふん、言われなくても…」


 そして、足音が響かなくなるのとほぼ同時に人影が見える。それは有馬京介だった。


「ちっ、なんで俺がまたこんなところに」


 不機嫌ながらも、何か焦りを見せる有馬京介。足を小刻みに揺すりながら、周りを見渡していた。


「よく来たわね」


「あ?なっ!?お前は北条璃!!なんでお前が!!」


 北条が唯一ある階段から降りながら姿を見せる。

 その北条璃の姿を見て、有馬は驚きの表情をあらわにする。


「あら、何も聞いていないの?」


「ど、どうなっやがる!!相葉のやつは!!相葉のやつはどうした!!」


「相葉さんなら来ないわよ」


「な、なんだと!!」


 驚きと動揺の感情が混ざったような声が響き渡る。

 ここからが本番だぞ、北条……。


「くそ!!こんなところいられるか!!俺は戻るぞ!!」


「待ちなさい、有馬京介。まだ学級裁判まで時間はあるわ。少しお話をしましょう」


「お前と話すことなんてねぇ。俺は東条さんのもとへ…」


「ねぇ、知ってる?今回の学級裁判、負けた方には重い罰が待っているって話…」


 その言葉に帰ろうとする有馬の足が止まり、後ろを振り返った。


「なんだそれは…」


「気になる?気になるわよね。だってあなた、この学級裁判に負けたら、退学になってしまうものね」


「なっ!?なんでそれ……はぁ!?」


 咄嗟に口を塞ぐ有馬。その途中までの言葉を聞き、北条は確信する。


「やっぱり、あなた……」


「ちっちがう!!ちがうんだ。俺はただクラスのために…」


「教えてあげましょうか?有馬京介の秘密」


 上から見下ろす北条はゆっくりと階段を下り、それと同時に語り出す。


「有馬京介はBクラスの中でも成績はかなり優秀だった。入学当初はクラス内からも期待され、その心は大きく満たされた……けど、東条綾音の登場で全てが狂わされた」


「何を言ってやがるな……」


 絶望したような顔。有馬京介は北条のことをその時、恐ろしい悪魔に見えた。そんな悪魔の一言一言が深く心に突き刺さる。


「最初はなんとも思っていなかったけど、日に日に東条の支配力は強くなり、ついに自分の喉元まで支配力は行き届き、そんな時、あなたはある提案を受けたのよね?」


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」


 有馬京介の動揺した表情はよく目に焼きついた。


「有馬京介の妹、有馬安澄ありまあすみ、幼少期から心臓が弱く、病院での生活を余儀なくされた、かわいそうな女の子、入院費も高く、生活していくにも一苦労だったあなたに、東条はこのような提案をしたんじゃない?」


 全てが見透かされているそのような感覚に襲われる有馬京介。


「『入院費を出す代わりに私に協力して欲しいの』ってね。どう?合っているかしら?介護の才能をかわれ、この学校に入学してきた介護の天才、有馬京介くん」


「な、なんで君たちが俺の事情を知っている……ま、まさか!?あの女が!?いや、そんなはずない。だって俺はちゃんと望むものを与えたじゃないか!!」


 色々な可能性が頭を巡るが、どれが答えでどれが嘘なのか、もう有馬京介には判断できなかった。


「何が目的だ、北条!!」


「私はただあなたにとある頼み事があるだけよ」


「頼み事……だと?」


「そう、学級裁判の申請の取り消してほしいの」


「そんなこと、できるわけがないだろう!!そんなことしたら、俺が……」


 そうできるわけがない。だってもしそんなことをしたら、君は間違いなく退学になるから。だから、俺たちはその救いの手を差し伸べるのだ。


「あなたはこのままでいいの?東条の好きにさせていれば、間違いなく後々後悔するわよ?」


「ふん、そこら辺は心配ないさ、東条さんは優秀だ。お前たち程度なんて眼中にないさ」


「知ってる?東条家の人間の特徴?いえ、才能と言ってもいいわ。それは冷徹さよ。彼女は目的のためなら平気で仲間を身内すらも切り捨てることができる人間性を持っている。まぁ、こんなこと言っても信じないでしょうけどね」


「そ、そんなこと!!信じられるわけないだろ!!」


「ふん。話を戻すわよ。今のあなたはこの勝負に勝とうと負けようと確実に捨てられるわ」


「嘘をつくな!!お前らはただ俺に申請を取り消してほしいだけだろ!!」


 すると北条はゆっくりと彼の方に手を置き、耳元で囁く。


「ええ、そうよ。でね、少し考えてほしいのだけど、あなたはどうしてここにいるの?」


「そ、それは……あっ」


 有馬京介は何を思い当たったのか、顔色が青ざめる。


「あなたはとっくに終わっているのよ。そう彼女にここへ呼ばれた時点でね……」


 そうここに呼ばれている時点で終わっているのだ。だから、有馬京介に逃げ道はない。そう、この討論に最初っから意味はないのだ。


「ねぇ、もし君が申請を取り消してくれるなら、退学だけは逃れる方法を教えてあげてもいいの」


「な、なんだと…」


「どう?」


 悪魔の囁きだった。この提案に乗れば、有馬京介が死ぬ気がした。でも、ここで受け入れなければ、有馬京介の高校生活は終わる。


「あ、悪魔が…」


「交渉成立ね」


 有馬京介はここで死んだ。これでBクラスはかなり打撃を受ける、と思うが本当にこれでいいのか。いや、間違ってはいない。だってこれで、あの男を引きずりだせるのだから。



 こうして3回目の学級裁判、『第3会議室』で突然、終了が告げられる。


「やられたわね」


「まさか、我がBクラスから裏切り者が、申し訳ありません、東条さん」


「いいのよ。そんなことは、それよりどうして有馬くんが裏切ったのか、問いたださないといけないわ」


「はい!!」


 有馬くんの突然の裏切り、絶対に何かある。まさか、Cクラスが何か?ダメだ、全く整理できない。とにかく、有馬くんよ、有馬くんに……。



ーとある校舎の廊下ー


 今回の学級裁判は申請が取り消されたことでなかったことになり、一號蓮也の謹慎はなくなり、来週から登校できるようになった。これで退学者が出ずに済んだわけだ。まぁBクラスは知らないが。


「長かった…」


 ふと窓の外を眺める。空は雲で覆われていて、少し不気味だ。


「そこで何をしている、赤木奏馬」


「これはこれは、天竺高等学校が誇る生徒会長、西条斎生徒会長じゃありませんか」


 廊下を歩いている途中、生徒会長に出会した。そして生徒会長の隣には当然のようにいる書紀がいた。


「あなた!!会長に対して失礼ですよ!!」


「別に構わん、それより、赤木奏馬。お前に一つ聞きたいことがあるんだが…」


「聞きたいこと?」


「今回の学級裁判、どうやって、取り下げた?」


「うん?取り下げはBクラスが自主的に行ったはずですよ?俺に聞くのは門違いでは?」


「ふん。嘘をつけ、あのBクラスがこんな勝ち勝負から身を引くはずがないだろ。一体何をした?」


「だから、俺は何もしてませんよ。いや、もしかしたらCクラスのリーダーである北条が裏で何かしたのかもしれませんね」


「なるほど、あくまでも白を切るか、いいだろう。そういうことにしておこう」


 そして生徒会長と俺がすれ違う瞬間……。


「楽しみにしているぞ……奇才」


 そのまま過ぎ去る生徒会長は少し笑っていた気がした。


「目をつけられるのも困ったもんだな。けど、あと2ヶ月の辛抱だ。大丈夫、大丈夫だ」


 

ーBクラスー


「おい、京介。包み隠さず全て話せ」


「……一条さん、俺…」


「ああ、お前の事情は知ってる。大変だもんな、だから、全て話せば許してやるって言ってんだよ」


 有馬京介の頭を踏みつける隆元。しかし、彼は全く口を割らなかった。


「お前、脅されているのか?」


「………」


「いえよ、俺が一発殴ってきてやるからよ」


「……い、言えません」


「………そうか、おいこいつを締め上げろ!!」


『はぁ!!』


 Bクラスの男子集団が有馬京介を連れて行った。


「退学にさせないの?」


「綾音、俺はバカじゃねぇ。ここで退学者を出せば、試練の時、不利になるのは明確だ。お前だってそれぐらいわかるだろ?」


「でも、このままじゃ、またいつ裏切り者が現れるか!?」


「問題はそこじゃねぇ。視野を広げろ綾音。問題は京介がここまでして口を割らない理由だ」


「割らない理由?」


「どうやら、Cクラスにも手練れがいるようだ。しかも相当いかれた野郎がな」


「Cクラスに……」


「まぁ、今回は俺たちの負けだな」


「負け…」


 すごく悔しそうな顔をする東条は歯を食いしばっていた。


「そう気にするな。だが、今回で一つ確定したことがある」


「確定したことって?」


「そりゃあ、もちろん。Cクラスを最初にぶっ潰すことがだよ」


「本気なんだね、隆元」


「あ?俺はいつも本気だぜ、綾音」


 二人の空間は異質、化け物同士の威嚇のように見えるBクラスの生徒たち。そんな空気の中、教師の扉が突然開き、活気のある声が教室中に響き渡る。


「みんな〜〜!!お・つ・か・れ・さま!!みんなのアイドル!!安達あだち先生だよ〜〜〜ってあれ?みんな暗い空気だね〜〜もっとハッピーに!!明るく生きないと!!」


 年に見合わないのアイドルポーズで生徒たちに笑顔を振りまく安達先生に生徒たち全員が冷たい目線を送る。


「安達先生、少しは空気を読めよ」


「もう〜〜ひどいな〜〜隆元くんは……」


 満遍な笑顔、活気があって、元気な先生。そんな先生の声のトーンが突然、低くなる。


「で、これはどういうことかな?隆元くん、綾音ちゃん」


「菊池先生、今回は完全にCクラスにやられました」


「へぇ〜〜それは本当なの?隆元くん」


「ああ、今回に関してはしてやれたな」


「ふぅ〜〜私のクラスがCクラスに負ける?あり得ない、あり得ない、あり得ない……」


「まぁ、落ち着けよ、今回は負けたが、次は勝つ、いや叩き潰す」


「そう、まぁ隆元くんが真面目にやれば、Cクラスなんて一捻りだろうし、うん!!許すよ、みんな!!……でも、もし次、負けるようなことがあれば、わかるよね?私の大切な生徒たち……」


「こわいこわい、話はそれだけか?」


「うん!!じゃあ、まだ、仕事残っているし、みんなも早めに寮に帰るんだよ」


 そのままウキウキとステップを踏みながら安達先生は教室を去った。


「とにかく、しばらくは大人しくしておくんだ。特に綾音」


「わたし?」


「お前は負けず嫌いだからな、大人しくしておくんだぞ。6月の試練までな…いいな?」


「わ、わかっているよ」


 念には念を、隆元は綾音に注意だけして、その場は解散した。


 

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