生贄の儀式

「これより、マレ公撃退作戦の会議を始めます!」

 テーブルを平手で叩きつつそう宣言すると、皆の真剣な視線があたしに集まる。


「マウロ、防諜処置は問題ない?」

「任せろ。

 周囲にはホテルのスタッフすらいない」


 青いオーラを漂わせながら、彼は頷いた。

 マウロのプラーナは、探知能力にもたけている。

 この部屋をすっぽりと彼のプラーナで包んでしまえば、彼に気づかれずに盗み聞きすることは不可能だ。


「まず、国に報告ね。

 国境の入国管理はどうなっているのよ!」


「まったくだ。

 あんな恐ろしいものを野放しにしたら、あっという間に国が亡ぶぞ」


 大げさと思うかもしれないが、あの男にはそう言わせるだけの実績がある。

 その謀略で国境線が変わったことも一度や二度ではない。

 周辺国家にとっては、悪魔と同義語の男なのだ。


「そういえば気になっていたんだが、外務省の情報部は奴がこの国にいる事を認識しているのか?」


「しているわけないだろ。

 知っていたら、今頃パニックを起こして大騒ぎになってる」


「つまり、当面は自分たちだけであの男と対峙しなければならないと言う事ね」


 今から応援を呼んだところで、この状況に対応できるような人材が来るのはいつになる事か。

 たぶん、その頃にはマレ公の策は成就しているに違いない。


「問題は俺たちでどう対処するかだが……」


 相手は強大な軍事力を持つ国の王弟であり、大陸屈指の策謀家である。

 しかも、プラーナを扱わせれば私とほぼ互角にやりあえるという化け物だ。

 うかつな事をすれば、こちらにとんでもない被害が発生してしまうので、どこから手を付けてよいかすらわからない。


 こうやって情報を整理して改めて思うけど、本当に厄介な奴よね。

 情報公開はされていないけど、たぶんあいつも転生者だと思う。

 しかも、私と同じ前世の記憶を持つタイプの。


「その前に、奴の狙いについて考えるべきだろう。

 あれが何か行動を起こす時は、それなりの理由があるはずだ」


「それよ、マウロ。

 謀略にしか興味がないアレがこの国にいるってことは、あいつを引き付けてしまう何かが起きているって事よね」


「あんがい、純粋にドーラ団長狙いだったりしてな」


 騎士たちの間から飛んできた冗談に、私の全身が凍える。


「やめてよ!

 鳥肌立つじゃない!!」


「逆にいえば、理由さえあれば何だってする性格だ。

 後手に回れば、どこまで被害が拡大するかわからんぞ」


「そういう事は最初からわかっているからこそ、こうやって会議開いているんじゃない。

 混ぜっ返さないで建設的な意見をちょうだい」


「あー、それなぁ、結論は出ているんだよ」


「そうそう、誰も言いたくないだけで」


 そんなセリフが騎士たちから飛び出し、この場の空気が急に生ぬるくなる。


「何よ、それ。

 いうべきことはちゃんと言いなさいよ!」


「早い話が、情報を集めなきゃいけないんだけどさ」


「その方法がなぁ……」


 全員の気まずそうな視線があたしに集まる。


「情報収集できそうな人間が一人しかいないんだよ」


「しかも、本人はそういう腹の探り合いにとことん向いてなくて……」


「ま、まさかあたしにあの蛇蝎竜と話をしてこいというの!?」


 なんて恐ろしい事を考えるの!

 今、一瞬めまいを感じたわよ。

 ……それが有効な手段だと理解したせいでね!

 私が話をしたいと言えば、あの化け物は満面の笑みで歓迎するだろう。


「……な?

 言いにくい案件だろ」


「ドーラ団長に惚れこんでいる事は、あのマレ公の唯一と言っていい弱点なんだよなぁ」


「ちなみに次善の策はマウロ副長を送り込むことなんだけど、どうするよ団長」


 思わずマウロの顔を見ると、彼はまるで今食べたものが賞味期限切れだったことを知ったかのようなしかめっ面をしていた。

 だが、その目には覚悟の光がある。


「だっ、ダメ!

 おのオッサンがマウロの事もずっと狙っているの知っているでしょ!!

 マウロが汚さりれちゃう!!」


「いかがわしい言い方はやめろ!」


 なんか彼の妙なトラウマでも刺激したらしい。

 マウロの顔が一瞬で蒼褪めた。


 でも、どうしよう?

 私が生贄になるか、マウロ兄が生贄になるか。

 この状況を打開できる具体案はどちらかしかない。


 しばらく沈黙していると、どうにも決心がつかない私たちに対し騎士たちからブーイングが飛ぶ。


「だって、どうしようもないじゃないですか。

 うちの情報局は完全に出し抜かれていて使い物にならないし」


「そもそも素人に毛が生えたみたいな俺たちじゃあの化け物相手に情報戦しかけても逆に利用されかねないし」


「下手な事して紛争になったりしたら責任取れないでしょ」


「むしろ何か出来ることがあるほうがおかしいんですよ。

 アレが策謀と同じぐらい反応するのは、なぜか異様なぐらい気に入っているドーラ団長か、もしくは部下に欲しがっているマウロ副長ぐらいでしょ」


「お二人が何もしないなら、我々はもう何もせず相手の行動を監視しながら静観するしかないじゃないですか」


「ぐぬぬぬぬぬ……でも、アレと話するの、ほんと嫌なんだけど」


 騎士たちの意見はいちいちごもっともなので、私としては感情的な言葉を口にするしかない。

 すると、そんな私の肩にマウロが優しく手を置いた。


「ドーラ無理をするな。

 情報収集ならば俺がやる」


「ダメ! それだけはなんか生理的に嫌!!」


「生理的って……どういう理屈だよ」


 私にもわからないけど、マウロ兄をアレに差し出すぐらいならば、私が直接話をした方がマシである。


「とにかく!

 アレの相手は私がやります!

 あんたたちは、何かヤバい事になった時に備えて状況を監視していて!!」


 そう告げる私の視界が、涙でにじむ。

 あぁぁぁ、本当に嫌なんですけど!


 かくして私の無謀な情報戦は、なしくずしに始まってしまったのである。

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