おいでませ、異世界温泉郷

「と・う・ちゃーく!!」


 馬車を降りるなり、エスコートしようとするマウロ手を振り切って、あたしは外に飛び出した。


「うわぁ、いい!

 ここ、すごく綺麗!!」


 目の前に広がっていたのは、木造で統一された建物の群れ。

 一つ一つが絵本の中から出てきたかのように味があり、おそらくすべて一人の建築家がデザインしたものだと思わせる、独特の雰囲気があった。


 いや、おそらくこの街自体が一人のデザイナーによって演出されたものなのだろう。

 家も道も、街角にたたずむオブジェや街路樹でさえも、全てが計算されたかのように整っている。

 そのせいか、見た感じ温泉と言うよりも、まるで木の温もりをテーマにしたスパリゾートのような場所になっていた。


「はしゃぐな、ドーラ。

 子供じゃあるまいし」


 あたしを後を追って馬車から下りてきたマウロは、完全に拗ねた顔をしていた。

 エスコート無視したのがよほど気に入らなかったらしい。

 ごめんねー、マウロ兄。


「ちょっとぐらいはしゃいだっていいじゃない。

 ここはそうやって楽しむための場所でしょ?」


 それに、ここに来るまでに追加で仕事をさせられたのだ。

 少しぐらいハメを外しても罰は当たらない……よね?


「お前の場合は、それで他人が楽しむ権利を侵害しそうだからダメ」


「ちぇー」


 反論したいところだが、心当たりが山のようにある。

 唇を尖らせて拗ねて見せるしかない。


「ほら、まずはホテルにチェックインするぞ。

 その後、解散して各自自由行動だ。

 よかったら、この村の名物であるグレーテルの泉を見に行かないか?」


「なに、それ?」


 よく考えたら、温泉に行くと言う事で頭がいっぱいになり、ここがどんな温泉なのかについては全く調べてなかった。

 この慰安旅行、全ての手続きはマウロチベスナ1号ハロルドがやってくれたからねぇ。


「グレーテルの泉はこの街の観光名所兼、重要施設ってところかな。

 この街の温泉すべてが、この泉から湯を引いているらしい」


「あー、源泉って事ね。

 面白そう!」


 私はすぐにホテルにチェックインすると、マウロの案内でそのグレーテルの泉とやららを見物に行く。

 なお、一緒について来ようとした騎士たちは、なぜかマウロ兄としばし見つめあった後にすごすごと叱られた犬のような表情でほかの場所へ行ってしまった。


 ……何してんだろ、この人たち?


 さて、問題のグレーテルの泉と言う場所は、ホテルの裏から続く細い道を20分ほど歩いた先にあった。

 緑の木々が生い茂る、まるで公園のような場所である。


 そこには大きな池のような場所があり、大勢の観光客が何かを待っていた。


「これ、何してるの?」


「あぁ、観光案内によると、一日の内の決まった時間にここでお湯を作り出すイベントがあって、みんなされを待っているんだと思う」


「お湯を作る?」


 あたしが不思議に思っていると、どこからともなく役人らしき男たち現れる。

 そして、泉の周囲に薪を積み始めた。


 あたしはマウロへの質問も忘れて、男たちの作業を見つめ続ける。

 男たちは、どうやら篝火かがりびの準備をしているらしい。

 運んできた薪をすべて積み終わると、男たちは予想通り薪に火をつけた。


 いったい何をしているのだろうか?

 こんなところで篝火を焚いても意味はなさそうだし、明かりにするにはまだ日が高い。


 しばらくすると、突然泉の中心がボコボコと泡立ち始めた。

 そして風が吹き始め、焚火の火が泉の中心へと引き寄せられるようになびき始める。


「なに、これ?」


 どう考えても自然なものではない。

 思わずつぶやいた私の声を拾い上げ、マウロ兄はパンフレットを片手に解説を始める。


「呪具の効果だな。

 グレーテルの泉と言うのは、『怒りのグレーテル像』と言う呪具を利用した施設らしい」


「呪具!? こんなところで?」


 呪具とは、超自然の力を持つ道具の総称である。

 主に古代の遺跡から発掘されるもので、現在でもわずかにその製造技術は残っているらしい。


 しかし、ものによっては大きな災害を起こしかねない代物や、凶悪犯罪に利用できるものも存在する。

 そのため、その所持は厳しく制限されているのだ。


「なんでも、最近になってこの国の呪具のエキスパートが古代の呪具を使って温泉を作り出す技術を開発したらしいぞ」


「なるほど、それでこんな場所に温泉施設が出来たわけね」


 マウロ兄の説明にあたしが納得していると、ふいに誰かの叫ぶ声がした。


「見て、泉の水が!」


 目を向けると、泉全体がボコボコと泡立ち始めるではないか。

 やがて泉からは濛々もうもうたる湯気が吹き上がり、やがて噴水のようにお湯が吹き上がり始める。

 まるっきり間欠泉だ。


「すごい……ねぇ、このお湯ってどのぐらいの温度なのかな?」


 あたしは泉に近づき、その温度を知るべく湯に手を入れようとし……その瞬間、マウロ兄が手をつかむ。


「馬鹿、何をする気だ!」


「え? お湯の温度が知りたかっただけだけど?」


 私の体はプラーナ、特に熱と親和性の高い赤のプラーナによって守られているため、沸騰したお湯に手を突っ込んでも火傷することはない。


「お前、自分のプラーナでこの街全体の温泉水を汚染する気か!」


「あ……忘れてた」


 普段周りにいるのが騎士団の連中ばかりなので忘れがちなのだが、他人の強烈なプラーナを浴びると、一般人はそれだけで体調を崩してしまう。

 平気なのは、騎士たちのように体に高圧のプラーナを内包している者だけだ。


 これをプラーナ中毒と言い、一応命の危険はないけれども発熱とめまいで一週間以上動けなくなることもあるらしい。


 そしてプラーナは水と相性が良く、伝導率は空気中の数百倍。

 しかも、水の中に溶けて中にしばらく留まる性質がある。


 ましてや私のプラーナは膨大で、さらに熱水にとても溶けやすいのだ。

 普段のお風呂も、排水を特別なタンクに入れて処理しなければならないぐらいである。


 あー、意外と不便なのよね、この体。

 たまに忘れそうになるけど。


 ちなみに……騎士が一人や二人源泉に落ちた程度ならば問題は起きないが、マウロ兄やチベスナコンビのレベルをまとめて水に突っ込んだら絶対に無事では済まない。

 源泉に近い宿には、確実に影響が出るだろう。


 ましてや桁違いの出力を誇るあたしの場合は、指で触れるだけでも完全にアウトだ。

 街に滞在している一般人全員に何らかの影響が出てしまうだろう。


「まったく……注意しろよ。

 ドーラのその体質を考慮して、今日の宿は貸し切りにしているんだからな」


「あははは、お手数をおかけします」


 あたしは思わず苦笑いを浮かべると、災害が起きる事を恐れるようにその場を後にしたのであった。

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