醜いアヒルの子がアヒルの中に混ざれない困った理由
騎士という物は、結局のところ戦えなければ意味のない存在なのよね。
むろん倫理観や判断力や公平性なんかも求められるけど、全ては力が無いと意味がない。
だから、私たちの朝の業務はランニングから始まるのだ。
「ほらほら、ペース乱れてるよ!
もっとリズミカルに足動かして!!」
あたしは汗だくの騎士たちを軽快に追い抜きながら、彼らをどやしつける。
ランニング中の騎士たちは返事もせずに、ムッスリとした顔で足並みをそろえて走り続けた。
やがてリズムの乱れたり足の上がり方が低くなった騎士がいると、私はその尻を手にした棒でたたく。
別にイジメているわけではない。
まぁ……マッチョを叩くのはちょっとだけ楽しいけど。
なぜかたまに嬉しそうな顔が返って来るけど、怖いから深くは考えない。
真面目な話、リズムやフォームが乱れると、今まで走りこんだ分がすべて無駄になっちゃうのよね。
これ、普通のランニングじゃないのよ。
「ランニング終了!
各自、プラーナを練り始めろ!」
私がそう指示を出すと、騎士たちは呼吸を整えつつストレッチのような運動を始める。
体を複雑に捻じ曲げ、見た感じちょうどヨガに似ているかな。
さて、プラーナと言っても普通の人にはそっばりわかんないよね。
これは、魂を通じて世界から与えられる力なの。
よくわからないけど、生き物が持っている生命エネルギーのようなものだそうよ?
基本的に何もしなくても少しだけ体に帯びているものだけど、呼吸とリズムを整える事によって魂の奥から大量に生み出すことが出来るわ。
その効果は、主に肉体の強化。
訓練した騎士がきっちりプラーナを練り上げれば、突進してきた牡牛を片手で受け止めることも可能よ。
なお、今やっているのは、あらかじめプラーナを体の中にプールさせておく作業ね。
フラットな状態から大量にプラーナを呼び出すのって、けっこう時間と手間がかかるから、こうやって朝一番にやっておく必要があるの。
ちなみにプラーナは血の流れとも連動しているので、こうしてランニングなどで体を動かしてからのほうが効率よく練り上げることができるのよ。
ちょうど、水道の蛇口や水圧を大きくする感じね。
でも、そのためには呼吸のリズムやフォームの崩れは絶対にダメなの。
おっと、そんな事を言っている間に、プラーナの練り上げが終わるみたいね。
騎士たちの体が色とりどりの光に包まれ始めているわ。
この光が収束して体の中に吸い込まれたら準備完了よ。
私たちはプロだから、素人みたいに無駄に体を光らせてプラーナを消耗したりはしないの。
それにしても、クリスマスイリュージョンみたいで綺麗な光景ね。
光っているのがむくつけきマッチョ共って言うのは一種のコメディだけど。
あ、フォローしておくけどうちの団員みんなかっこいいのよ?
しばらくするとそのかっこよさにも慣れて普通に見えちゃうんだけどね。
それに、うちにはマウロさんという良くない比較対象がいるし。
ちなみに、プラーナの色って人によってさまざまなのよ。
一般的に『その人の本質を象徴している色』って言われていて、赤は情熱的、青は冷静といった感じ。
でも、残念なことに性格の悪さはわからないのよね。
マウロなんて、あんなにきれいな青いプラーナしているのに、腹の中は真っ黒だから。
さて、プラーナの練り上げが終わったら、組手開始。
二人一組で、訓練用の武器を持って打ち合うんだけど……身体能力が上がっているから、かなり大きな音がするのよね。
けっこう近所迷惑。
なお、わざわざプラーナを纏ってから訓練をするのは、プラーナを纏う事で肉体が頑丈になって怪我をしにくくなるからよ。
怪我をしても、プールしておいたプラーナがいい具合に働くから治りも早くなるわ。
荒事にかかわる人間にとっては、本当に便利な力ね。
さて、そろそろ私もプラーナを練りますか。
息を整えながら、私は体の奥底に第一の門と呼ばれる魔法陣をイメージする。
そこから間欠泉のように力が沸き上がるイメージを維持しながら、第二の門を描き……最後の第七の門まで描きおえると、膨大な力があふれ周囲に小さな竜巻のような空気の流れが生まれはじめていた。
ちなみに、私の纏うプラーナの色は赤。
その光は周囲の騎士たちのものと比べても圧倒的に強い。
私の場合は転生者……生まれつき魂が上位世界に繋がっている存在をそういうのだけど、その上位世界から普通の人とは比べ物にならない莫大なエネルギーが流れ込んでいるの。
私が騎士団長なんてやっていられるのは、おもにこの力のせいね。
全身にみなぎる力に酔いしれながら、訓練用の剣を手に取り軽く腕を振るう。
それだけで衝撃波が発生し、訓練所の壁に傷がはいった。
よし、いい仕上がり。
「さて、ちょっと暴れちゃいますか」
「待ちなさい、団長」
私が意気揚々と訓練に混ざろうとした瞬間、後ろから声がかかった。
恐る恐る振り向くと、そこにはチベスナ1号ことハロルドが額に青筋をたてて腕を組んでいるではないか!?
「な、何か用事?
私、今から組手入るんたけど……」
「壁壊しておいて言うセリフがソレか、このメスゴリラ!
組手に入りたかったら、先に壁の修理終わらせてからにしてくださいっ!」
「で、ですよねぇ……」
セメントの入った袋と
膨れ上がったプラーナは、しおしおと叱られた犬のように私の体の中に収束していった。
うぬぅ……今日はマウロが遅れて出勤する日だから大丈夫だと思ったのにぃ!
組手中の騎士たちを未練がましくちらりと見れば、あいつら全員がホッと胸をなでおろしているし!
くやちぃ! あたしも組手やりたい!!
「ほら、手が止まってますよ!
はやく修繕終わらせないと、お昼休憩が削られますよ?
お昼ご飯食べる時間がなくなってもよいのですか?」
「鬼! 悪魔!! マウロの犬!!」
「いや、むしろあなたが捨てられた犬みたいな目をしてますし。
そもそも、貴方に睨まれてもかわいいだけですよ。
分かってます?
いや、むしろ誘ってます?
たしかに自分は彼女募集ですけど、だからって仕事中に誘惑するのはちょっとまずくないですか?」
「なんで顔赤らめているのよ!!
反応がおかしい!!」
「これだから天然は……。
あと、みんなあなたとの組手は嫌だと思いますよ。
手加減下手だし、ほかにも色々と個人的な感情が邪魔しますから」
「なによそれ!」
「そのあたりは自分で気づいてください。
貴女、うちの団のアイドルなんですから」
むぅ、なんかよくわからない理由で押し切られてしまった。
質問を重ねても、答えてくれる気がしない。
そもそもなによ、そのアイドルだから分かれって言う謎理論。
ま、まぁ、でも私がアイドルなのは確かだから、仕方がないわよね。
「……というわけで、団長はひとりで素振りでもしていてください。
あ、プラーナは使わないでくださいね?
自分の仕事増やすだけですから」
「ハロルドのイケズぅ!」
その瞬間、彼の掌が直したばかりの壁にたたきつけられた。
さらにあたしの体がハロルドと壁の間に挟まれたような形になる。
「俺が意地悪になってしまうのは、誰のせいだと思っているんです?
あぁ、半分はこの場にいないマウロ副長のせいですね。
これが原因で自分が結婚できずに売れ残ってしまったら、団長が責任取ってくださいよ。
まぁ……副団長が思いっきり邪魔しそうですが」
――奴をどう始末するか、それが問題だ。
そんな物騒な台詞を残すと、ハロルドは訓練に戻っていった。
何よ、さっきの台詞。
まるで口説き文句みたいじゃない。
私の事が好きなわけじゃあるまいし……。
心配しなくとも、マウロともどもあんたみたいなイケメンはどっかの猛禽女がかっさらいに来るわよ。
なんであんな趣味の悪い冗談を言うんだか。
かれこれ1年以上の付き合いだけど、いまだに彼の事はよくわからない。
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