能ある乙女は傷を隠す
翌日。
私の顔を見るなりマウロは告げた。
「……なんでミイラがここに座っているんだ?」
「ミイラじゃなくて私です、マウロ副長」
すると、彼は近くにいた部下の顔を見てこう告げた。
「ミイラからドーラ団長の声がするんだが、新手の奇術か?」
部下たちは、無言のまま自分の顔を顔をチベットスナギツネにし、大きくため息をつく事で言葉にならない返事を返す。
な、なによそのリアクション!!
お前ら、今日からチベスナ1号と2号と心の中で呼ぶわよ!
そしてマウロ!
あくまでそのミイラが私であることを認めないと?
えぇい、こんな意味のない問答をしている場合ではないのです!
「マウロ副長。
現実逃避してないで、早くこの困った状況について私に尋ねなさい!」
「職権乱用につき、拒否であります」
即答!?
この男、この私の救いを求める声を、反射レベルの速さで蹴り飛ばしたし!!
そのあんまりな態度に、私の視界が涙でにじむ。
「なんで! なんでそんな冷たい態度取るの、マウロ!
昨日、食べるだけ食べた後にお手洗いに行くフリをして速攻で帰ったことを怒っているの?!」
「うん、それもあるな。
でも、なんというか純粋に面倒くさい気配がするから、ちょっと関わりたくない」
「関わってよ!
うぅぅ、こんなミイラみたいな状態じゃ婚活パーティーになんて行けないじゃないの!!」
いつものように縋りつくと、彼はその見た目以上に分厚くてたくましい胸板で私を受け止め、大きくため息を吐いた。
よし、これは彼が私の話を聞いてくれる合図だ。
ふふふ、チョロい男め。
さぁ、兄よ。
この可愛い妹の悩みをその叡智でズバっと解決するのです!
すると、チベットスナギツネの顔をした部下たちがボソリとつぶやいた。
「団長、顔がにやけてますよ。
芝居なんてできないんだから、こんな小賢しい事やめときゃいいのに」
「こんな面倒くさい事に付き合うとか、ほんと副長は団長にだけクソ甘いですよね。
あ、これは団長の体の感触を堪能しているだけか。
さすが副長! エロイ! そして腹黒い!!」
「お、お前らいつまでここにいる!
さっさと仕事に行け!!」
男の使うような言葉遣いで怒鳴ってみたものの、連中は全く動こうとしない。
椅子にどっかりと腰を下ろすと、彼らは鞄の中から取り出した書類で机の上に山を築きはじめる。
「いや、俺たち今日はこの部屋でずっとデスクワークの予定ですし」
「仕事の邪魔なので、副長との乳繰り合いはほどほどにしておいてくださるとありがたいですね」
「な……な……」
その切り返しに私は返す言葉もなく、チベットスナギツネランドと化した私の執務室にはカリカリとペンを走らせる音だけが流れた。
「……で、今度は何をやらかした?
朝の訓練で蜂の巣でもぶっ壊したか?
それとも、自分という存在の原理もわきまえずに料理に挑戦して前髪でも焦がしたか?」
な……何よマウロ!
昔の事をグチグチと言うなんて男らしくないわ!
そんなの、どれももう1週間以上も前の話じゃない!
いいですか、私が困っている事は……。
「……合わなかったの」
「え? 何が合わなかったんだ?」
「昨日買った化粧品が、肌に合わなかったの!!
朝になったら肌に赤い斑点が!!」
あぁぁ、思い出すだけで頭がどうにかなりそうよ!
神よ、この可愛くて美人な私を救い給え!
今すぐに! 今すぐに!!
「おいおい、買うときにちゃんとチェックしなかったのか?
なんて迂闊な……」
私が抱えている問題を提示すると、彼は速攻でいつものお祈りタイムに突入した。
「だって、マウロが怖い目で見ていたから、急いで買っちゃって」
「俺がそう言う事で怒る男に見えた……というなら、かなりショックだな。
それで、どんな状態なんだ?」
あ、まずい。
これ、マウロが本当に傷ついたときの顔だ。
「ダメ、見られたくない!」
包帯に伸びたマウロの手を、私は慌てて振り払う。
たとえ兄に等しい人であっても、斑点が浮き出た顔を見られるわけにはゆかない。
これは乙女として絶対に譲れない事なのだ。
「訓練で傷がついた顔は平気でさらすのに、なんでそう言うのはダメなんだ?」
「そういう問題じゃないの!
もぅ、なんでわからないかな?」
「サッパリわからん。
それで、医者には行ったのか?」
「とりあえず飲み薬を飲んでおとなしくしていれば、数日で治るって。
ストレスを抱えると症状が悪化するから、出来るだけ避けるようにって言われたわ」
「じゃあ、今日の業務は俺が引き継ぐ。
ドーラ団長は自宅でゆっくりと休んでくれて構わない」
ちょっと、そこのチベットスナギツネたち。
なんでこっそりサムズアップしているのよ、
君たちには、団長への愛と敬意が足りないようね!
「うーん、実は隣の屋敷が増築工事を始めたみたいで、こっちにいたほうが色々と休まるのよね」
……嘘である。
今日は家政婦さんが休みなので、家に帰っても誰もいないのだ。
だったら、副長のいるこっちのほうが寂しくなくていいかなーってね。
「そう言う事なら仕方がないな。
いいか、仕事の邪魔にならないようにおとなしくしていろよ?」
「なによ、それ。
そんな台詞を言われるような年齢じゃないんですけど」
「そうだな、立派な大人の女としてのふるまいを期待しているよ。
もうすぐ三十路のお嬢さん」
ドスッ。
そのとき私は、自分の魂に言葉の刃の刺さる音を確かに聞いた。
「いやあぁぁぁぁぁ!
ミソジ! ナンデミソジ!!」
心にすさまじいダメージを受けた私は、よろよろとソファーの上に崩れ落ちる。
し、死ぬ。
自分のアイデンティティが破壊されて死んでしまう!
「ぷっ」
そんな喘ぎ苦しむ私を見て、加害者であるマウロは手で顔を隠し、事もあろうか肩を何度も震わせた。
おのれマウロ、許すまじ!
ストレスで湿疹が増えたらどうしてくれようか!
「や、やめてくださいよ副長!
笑うのを我慢できなくて、書類が1枚ダメになっちゃったじゃないですか!」
「お、俺も2枚ほど……ぶっ、ぷほっ……ダメだ、しばらく立ち直れねぇ……ぷぷぷ」
おのれ、チベットスナギツネ共め!
貴様らの冬のボーナスの査定は覚悟しておけよ……って、マウロが絶対にそんなの許さないよね。
私、無力。 うん、知ってた。
そして翌日。
私の鼻に出来た赤い湿疹は、見事「2つに増えていた」のである。
お前ら、この落とし前は絶対につけるからな!
覚えてろよ!!
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