針にかかった怪魚

 さて、その頃……。

 この街の一角、本日の婚活パーティーのあった場所で怪しい動きをする者たちがいた。


 それは執事を思わせる控えめなデザインの、それでいて恐ろしく高価な素材で出来た衣服に身を包んだ初老の男。

 彼は人通りのない廊下を通り、一般人の入ることのできない特別招待客の部屋をノックした。


 ほどなくして「入れ」と指示をする声がかかる。


 部屋の中にいたのは、二十代とも三十代ともつかぬ一人の青年。

 金のかかった身なりからも、人にかしずかれることに慣れ切った態度からも、明らかに支配階級とわかる男である。


 なお、年齢の推測にかなりの幅があるのは、その大人びた見た目にも関わらず、雰囲気が妙に子供っぽいからだ。

 しかも何かひどく興奮しているのか、顔が赤みを帯びていてますます子供っぽい。


 ――これは悪い兆候だ。

 執事風の男は、誰にも気づかれないよう心の中で溜息をつく。


「本日の催し、どなたかお気に召された方はいらっしゃいましたか?」


 内心の憂いをおくびにも出さず、執事風の男はそんな言葉と笑顔を作り上げて表に吐き出した。

 すると、貴族風の男は、待ってましたとばかりに立ち上がり、その思いの内を吐き散らす。


「2番の子!

 彼女がいい!!

 はぁ……なんてキラキラした存在なんだ。

 あんな女性がこの世にいるなんて、信じられない!

 どんな乱暴な手を使ってもいいから、すぐにここへ連れてきてよ!!」


 予想通りの言葉をうけ、執事風の男は顔には出さず失望した。


「お言葉ですが、私共はただ出会いの場を提供するのみ。

 口説かれる場合は、ご自分の手を汚していただかないと」


 すると、今度は貴族風の青年が顔をゆがめる。

 まるで玩具を買ってもらえなかった子供のような表情だ。


「あぁ、そういうルールだったね。

 実にサービスが悪い」


「とんでもない。

 私共は、いつでも最善のサービスを提供させていただいておりますとも」


 丁寧ではあるが、どこか悪意をにおわせる言葉。

 クレーム客をわかりやすく突き放すような台詞に、貴族風の青年はわざとらしく鼻を鳴らす。


「法に触れない範囲でだろ?

 保身に長けた悪魔め。

 お前みたいな連中が、いちばん神の御心から遠いんだよ」


「まことにその通りで。

 若い女性を殺すことでしか性的興奮を覚えないゴミ屑のような貴方の口からうかがうと、ひときわ感慨深いですな。

 それでも一応は上客でございますので、一つだけ忠告させていただきます」


「何か問題があるの?」


「お望みの女性、この街の騎士団長でございます」


「あぁ、アレが噂に聞く女オークか!」


「さようでございます」


「吟遊詩人の歌は誇張されたものだと思っていたが、まさか本当にその通りだとはね!」


「……その歌の最後の下りはご存じで?」


「もちろんだとも!

 女オークの気性……素晴らしいじゃないか。

 淑女なんて存在はね、お上品なパーティーに行けばいくらでもいるんだよ。

 穏やかな仮面、従順な素振り、上品な語り口。

 でも、そんな偽物をかき集めて作った人形じゃ、命の匂いがいないんだ。

 だからその首を絞めて、死の間際までおいつめて、死に抗う時に見せる生命への執着の美しさしか愛でる場所がない。

 けど、彼女は違うよ。

 何もしなくても、ただありのままそこにいるだけで生命の息吹を感じるんだ。

 まるでそこに太陽が降りてきたみたいにね!

 あんなに傲慢で命の美しさに満ちた女がこの世に存在しているなんて、奇跡だと思わないかい?」


 矢継ぎ早に飛んでくる狂気に満ちた賛美。

 だが、執事風の男は何も答えず、張り付いたような笑顔を浮かべたまましばし自らの言葉を閉ざした。

 そしてたっぷり三回ほど呼吸をしたあと、沈黙の奥から深い意味を含めた言い回しで青年に告げる。


「……あの女は確かに太陽のように光り輝いておりますが、近寄ればその熱で焼き尽くされてしまう。

 火の中に飛び込む虫のようになりたくなければ、ぜいぜいお気をつけなさい」


 忠告とは異なる、警告とでもいうべきチリチリと肌を焦がすような気配を帯びた言葉。

 だが、青年はニヤリと笑う。


「なんだお前、もしかして嫉妬しているのか?」


 そう尋ねた瞬間、執事風の男の表情が緩み、全身から強烈な思慕にも似た黒い何か……おそらく執着とでも呼ぶのが相応しい感情がドロリとにじんだ。


「嫉妬ですか。

 えぇ、そうかもしれません。

 貴方程度の男に彼女をゆだねるのが不満で仕方がない程度には」


「上客に対してずいぶんな口の利き方じゃないか。

 だが、その執着にゆがんだつらは悪くない。

 悪くないとも!

 普段の年寄りくさい面よりは、遥かにマシだ!

 少し若返ったようにすら見えるぞ!

 目が生き生きとして、まさに命の輝きを感じるじゃないか!!

 すばらしい!

 女性以外を殺すのは主義に合わないが、お前は特別にこの手で殺してやろう!

 死に際にどんな表情をするのは、非常に楽しみだ!!」


「心にもない事を。

 ではお伺いしますが、彼女を手に入れてからどうなさるので?

 人は老いるものですよ。

 彼女といえど、その生命の輝きは永遠ではない。

 貴方にその現実と向き合う器がおありで?」


「ははははは!

 確かにそれは無理だな。

 なるほど、彼女が老いてゆく姿を見るのは耐えられない。

 私は苦しみに耐えられず、きっと彼女を殺してしまうだろう。

 そしてその時の、生に執着して一番輝いた姿を、この目に深く焼き付けるんだ!

 いいね、それはとても素晴らしく美しい愛の形じゃないか!」


「貴方が速やかに失敗して、跡形もなく破滅することを心からお祈り申し上げます」


「おいおい、えらく彼女にご執心じゃないか。

 だが、譲る気はないぞ」


 すると執事風の男は、まるで焦がれるようにしてわずかに身をよじり、笑みに似た表情を作り、陶酔するような声で告げた。


「どうやらご存じないようですね。

 あの美しくて生意気な女を、屈服させて、凌辱して、その絶望と悲しみに歪んだ顔を妄想して悦に入る……そんな楽しくも心地よい時間を過ごしたことのない悪漢はこの街には一人もいないのです」


 この国で女騎士団長を持ち歌にしている吟遊詩人は数多く、それこそ詩人の数だけバリエーションがあるのだが、その中で稀に『女オークの気性』に後にこう付け加える者がいる。


 我が街の太陽は、この街のすべての悪に憎まれ、それ以上に愛されている……と。

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