第5話 様子のおかしい後輩に撮られる

期末試験が始まる頃には、星那の家庭教師はもうほとんどないような物になっていた。

と言うのも、星那の学力が俺ではもう教えられないくらいになっているからだ。

応用が難しすぎる!と、学年を越えて話題に上がるほどの一年数学教師の小テストも難なく解けているほどに……

「光希先輩、ちょっと買い物に付き合ってほしいです」

「分かった」

と、最近星那と学校外で会う時は、必ずと言っていいほど出掛けていた。

とは言え、以前より会う頻度は高くなってるようにも思える。

今日はショッピングモールまで星那の夏服を買いに行く事になっていたのだが──

「光希先輩の好きな物を選んでください」

「えっと……」

──初めに連れてこられたのは、夏休み間近と言う事で作られた水着コーナーだった。

好きな物を選べと言われても、気まずくならないかが本当に心配だった。

「ビキニでも大丈夫です」

なんでそんな爽やかに言えるのか…と疑問に思うけど、意外とそんな物なのかもしれないとすら思わされる。

「特に好みがある訳じゃないんだけど…」

そもそも、水着に好みがあるほど見た事がないし、そこに好みを持つってどうなんだ…?

「じゃあ、とりあえずテキトーに試着してみるので、光希先輩が選んでください」

星那はそう言って複数の水着を手に取り、店員さんに断ってから試着室へと入って行った。

まじで、最近の星那はおかしい…

いつからかは忘れたけど、ここ一ヶ月くらいは突然「せーんぱいっ」とかわいらしく言いながら後ろから抱き着いて来たり、頭を撫でて来たり、手を握ったりしてくるようになった。

まるで香織さんかと思うほどに甘えてくるようになったけど、香織さんとはまた違って、何かその…若干のいやらしさを感じる。

「ど、どうですか……?」

ルンルンで試着室へと入って行った星那だけど、出てくる時は錆び付いたロボットのようなカクカクとした動きで、顔も今までにないほど紅く染まっていた。

最初は大きなフリルで色々と隠れている比較的露出度の低い水着。次に肩とへそが露出した普通の服のような水着。そして完全に下着姿と言っても過言ではないほどに色々と露出した水着。

「に、似合うと思います……」

俺の顔も熱くなり、赤くなっているのが分かり、何故か──いや、当然よそよそしくなる。

「それしか言わないじゃないですか…」

「本当に思ってるんですけど……」

「……っ!?先輩のバカ…」

耐えかねたのか、星那はカーテンを閉めてしまった。

水着の試着だから当然だけど、この薄い布の一枚先では星那が一糸──いや、やめておこう。何も考えるまい…

「三回です」

「え?」

「三回、プールか海に連れて行ってください…先輩の責任ですから……」

星那はらしくない表情と声色でそう言い、試着した三着を近くでニヤニヤとしている店員さんに渡した。

「全部買うの…?」

「だって、光希先輩が似合うって言ってくれたので……」

「そ、そう……」

なんだこの空気は…なんで水着を買うだけでこんなにドキドキしなきゃいけないんだ…

最近の星那の様子がおかしいのもあるけど、俺も疲れてるのか……?

「光希先輩、ピクプリ行きましょう」

少しテンションの高い星那の言うピクプリとは、ピクチャープリント機の略で、機械の指示に従って自撮りをして、背景選択や落書きなどしたものがシールとして出てくると言った物だ。

男子禁制の場所があったりと、少なくとも俺とは遠いところにあるキラキラとした文化だ。

昨今のスマホでも似たような──と言うより、より高度な編集や加工ができると思うんだけど、星那が言うにはピクプリにはピクプリのよさがあるらしい。

俺にはさっぱり分からないけど、手を引かれるがままにピクプリコーナーへと連れられた。

何台も似たような機械が並んでいて、その日人類は思い出した的に、でかでかとプリントされた女性に見下ろされる。

俺と星那の他はそれなりに多くの女性がいて、男が全く見当たらない事に恐怖するけど、星那が楽しそうだからなんとか耐えれている。

「何タジタジしてるんですか。ほら、撮りますよ」

「あ、あぁ……」

俺にはどれも変わらないんじゃないかと思えるけど、星那は迷わず奥の方にあったこの機械に入った。

『顎の下でピース!さん、に、いち』

俺が何も分からぬまま撮影が始まったらしく、機械から爆音でそんな指示とカウントダウンがなされる。

なんとなく星那と同じポーズをしながらカメラらしき物を探すも、全く見つからない。

それを見た星那がクスクスと幼く笑う。

『わぁ!美味しそうなケーキ!さん、に、いち』

再び星那と同じポーズをとり、未だにカメラの位置が分からないままの俺を見て、星那の笑いが徐々に激しくなる。

それからも何個も指示が出されるが、結局最後まで忙しなく動き、カメラの位置が分からないまま星那に笑われるだけだった。

「なにこれ…」

急展開すぎてめっちゃノリノリみたいになってたけど、まじでなんなんだこれ…

「光希先輩、かわいすぎますって」

「うるさいな…」

「頑張ってカメラ探してるの、ちゃんと動画撮っときましたから」

「連動してるのかと思って、何回かそっちに目線やってたんだけど……」

「ぷっはははは!その光景を楽しみに毎晩見させてもらいますね」

「やめてくれ……」

「今度来た時はしっかり教えますね」

「今回そうしてほしかったんだけど…」

「まあまあ、なんだかんだ言ってますけど、楽しかったですよね?」

「まあ、うん……」

慣れた手付きで落書きをする星那とそんな話をして、できあがった物を二人で分ける。

できあがったシールはスマホとスマホカバーの間に挟むのが主流らしいけど、さすがに忘れそうだなと思い、財布の中に入れておく。

そのままの流れで、今度こそ本来の目的である洋服屋に入り、ここでもまた星那によるファッションショーが始まる。

「お世辞抜きにしてくださいよ」

「お世辞抜きだけど…」

「うぅ……」

星那は顔立ちも綺麗でスタイルもよく、当然着る服全てが似合っていて、さすが歳頃の女子と言った感じで、ファッションセンスもいいように思える。

何故か恥ずかしがる星那だけど、こう言うのは言われ慣れてるだろう。

「ど、どれかひとつ選んでください…水着き奮発しちゃったので、お金が……」

自分で一着に選んでもよかったんじゃ?とは思うけど、過ぎた事はどうしようもない。

「俺が買うから、欲しいの持ってきて」

「いや、でも……」

「家庭教師のやつ絶対に貰いすぎだから、せめてこう言うところで返させてくれ」

「わ、分かりました…」

そう言って星那が持って来た服を見ると、試着した物ほとんど全てで、金額も割と手持ちギリギリになった。

「今日は──と言うより、最近私のわがままに付き合ってくださってありがとうございます」

帰りの電車で、改まってそう言われるけど、俺としてもなんだかんだ楽しんでいる。

「全然大丈夫」

「その…ベタベタとくっついたり、本当にごめんなさい」

「言えない悩みとかあるなら、大丈夫だけど…」

「悩み──そうですね…まだ言えませんけど、夏休み中には打ち明けられたらなと思います」

「そっか。まあ、行き過ぎたやつじゃなければ何されても大丈夫だから、いつでもなんでもどうぞ」

「本当に、そう言うところですよ」

「何がだよ……」

「それは内緒です」

この時にはもう、いつも通りの、俺のよく知る淡白な声色で感情をあまり顔に出さない星那に戻っていて、少しホッとする。

このまま期末試験に入るのは危ないかもと思ってたし、俺が変な気を起こす前で本当に助かった。

「光希先輩、本当にいつもありがとうございます」

「こちらこそありがとう」

星那を家に送り、そんなやり取りをして別れる。

本当に、ピクプリがあってよかったと思わされるくらいに、星那の水着姿は破壊力があったし、何よりあそこまで照れてる星那がかわいかった。

服を選ぶ姿もかわいい女子と言った感じで、まるで彼女のような──いや、さすがに失礼か。でも、なんだかんだあったけどかなり楽しかった事に変わりはない。

また行きたいと思うのだって、多分楽しかったから…だよな。

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三人の女神の共通点は、好きな人でした。 ジャンヌ @JehanneDarc

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