第一章 colorless

1限目 学校


 Dear my friend.

 What kind of school life are you sending?




 *****


 夏休みが明けた。

 九月の灼熱は容赦なく私を襲い、じっとりとした汗がへばりつき気持ちが悪い。限度を知らずに上がっていく気温、もはや熱風と化した空気、焼けるような太陽からの光が試練のように感じてしまう。


 残暑などという言葉が何の冗談かと思えてならないほど、九月なのにひたすら暑い。


「おはよー、安芸あき


 学校前の緩い坂を登っていると声をかけられる。振り返ると私と同じように憂鬱そうに歩いている友達の咲希さきが手を振っていた。


「おはよ、咲希」


 挨拶を返しながらも、正直それどころではない。二学期初日なのに朝から暑くて暑くて堪らなく、今すぐに帰りたくなる。



 私の通う北谷きたや高校は通称・北高と呼ばれており、学力は中の上レベルで大学や専門学校へ進学する生徒がそこそこ多い。特にこれといった部活動が全国レベルで強いというわけではないが、何故か昔からバンド活動が活発らしい。


 軽音楽部もあるけど、それには属さず自分たちでバンドを組んで活動している生徒が圧倒的に多い。卒業生にはプロのミュージシャンもいるし、現役で何かしらの活動をしている人もいるらしいが、その辺はあまり興味が無いので分からない。


 学校中に音楽が響きわたり、特に文化祭では様々なバンドがステージでの演奏権を得るために予選でしのぎを削る。運動場に設けられる特設ステージに登ることが出来るバンド数は限られており、そしてそこでの演奏を聞いた音楽関係者が才能ある人をスカウトすることもあるという話だった。


 夢や名声のために文化祭のステージを目指す人も多いが、何よりも屋外で制限なく自分たちの音楽を演出することが出来る──そういうことに夢見る人もいるという。


 うちの学校は軽音楽での活動の歴史があるため、近隣からの苦情もほとんどない。あとは学校側も普段から音楽や部活動の活動音などが生じているため、ボランティアなどの地域活動に積極的に参加している。学校と地域の持ちつ持たれつの関係が出来ている。そのおかげで、やたらと地域祭りの手伝いや清掃に私たちが駆り出される羽目になってるんだけど。


「新学期早々からテストとか最悪やわー」


 私と咲希は一緒に校内に入り靴を履き替え、教室に足を踏み入れる。咲希とは一年の時からクラスが同じで、何かと遊んだり一緒に帰ったりすることが多い。咲希は明るくて誰とでも打ち解けて、小柄で可愛い。私たちは文系専攻かつ選択教科も同じなので基本的にずっと一緒に行動しているから、距離が近くなるのは当たり前だった。


 夏休み明けの今日は始業式の後、午前中に三教科のテストがある。夏休みの課題部分の復習テストだけど、長期休み明けにいきなりテストは気が滅入る。ただでさえ、朝起きて学校に来るということだけでもすでにツラいのに・・・。


「古文の宿題ちょっと見せてー」


 教室に入るや否や、ものすごい勢いで遥香が私に駆け寄ってきた。背の高い遥香に詰め寄られると、友達とはいえなんとも言えない気迫に圧倒されてしまう。まだ自分の席にも着いてないけど、とりあえずカバンからノートを出して渡す。


「古文、いっちゃん最初のテストやん」


「もーピンチやねん。安芸も咲希もこんな日に限って来るん遅いし」


 頭を抱えた遥香は夏休みの宿題のページを齧り付くように見る。その隣で友達の早織がこちらに小さく手を振っている。


「おはよ。私じゃ用無しみたいで・・・」


 遥香と同じ理系専攻の早織は困ったように笑い、遥香をチラ見する。


「なんで昔の言葉なんか勉強しやなあかんねん」


 頭を抱え、げっそりとする遥香は今にも吐きそうな表情を浮かべている。バリバリ理系の遥香は古文・漢文がとても苦手で、かつ大嫌いだった。私も文系だけど、特別に古典が好きとか得意という訳では無い。単位に含まれているから勉強しているだけでしかなく、遥香の言葉には正直頷いてしまう気持ちもある。


 文句を言ってもテストが無くなるわけじゃないし、点数が上がる訳でもないので遥香はブツブツ独り言を唱えながら勉強モードに入る。


 夏休み前の開放感とワクワクを懐かしいと思いながら、学校が始まることへの何回目か分からない溜息をつく。教室まで来てしまったというのに、私は未だに重苦しい新学期の空気を認めたくはない。



 無情にも時間は流れチャイムが鳴る。粛々といつもと変わらず始業式が終わり、そのまま夏休み明けの課題テストが始まる。気だるげなクラスメイトの声や空気、残暑特有の暑さ、使い古された木の机の匂いが否が応でも私に現実を突きつける。


 目の前に配られたテスト用紙に黙々と解答を書き連ねながらも、心はやっぱり夏休みが恋しい。


 ザワついていたクラスメイトもテストが始まれば静かに目の前の問題に集中し、カツカツ、カリカリとシャーペンの音が教室に響き渡る。




 そうして、時間が過ぎてゆき始業日のイベントは終わる。元々、午前しかない日のため皆はダルそうにしながらも早々に友達と下校し遊びに行ったり、部活動へと繰り出す。



『新学期おつかれさまです、放送委員です』



 帰り支度をしていた私の耳に校内放送が耳に入る。こんな夏休み明けの今日から放送委員は仕事をしている。大変だなーと思いながらも、自然にその放送に耳を傾けてしまう。この夏流行りの楽曲が流れ出し、どこか落ち込んだ気分が盛り上がる。



「安芸、駅前のアイス食べて帰ろー」


 少し気持ちが回復してきた私に咲希が勢いよく話しかけてくる。アイス──魅惑的な響きに体が軽くなる。


「駅までちょっと遠いけど、しゃーないな」


 学校から最寄りの駅までは15分ほど歩く。普段は学校から徒歩5分もないバス停を使ってバス通学をする私にとって、駅前は遠くて面倒くさい。しかし、アイスの魔力には敵わない。


 炎天下歩く覚悟を早々にきめ、私は咲希とともに軽快な校内放送がかかる校舎を後にする。

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