Dear my friend

万寿実

プロローグ


 土曜日の夜8時。

 いつもなら主人や子供たちと騒がしくも和やかに過ごす時間だが、今は自宅のリビングには私と主人の二人しかいない。


 テレビから流れる音を聴く私たちの間に会話はない。ソファに隣合って座りながら、視線も合わせず目の前で流れていく画面だけを見る。


 どこか緊張感の張りつめた私たちは、傍から見れば離婚話をどちらから突きつけるか駆け引きをしている夫婦に見えるかもしれない。



「秋元さんには昨日あったばっかりやから、変な感じやな」



 気を利かせてか、主人が明るく話しかけてくる。


「せやな」


 主人の言葉に頷きながらも、私は浮き足立った気持ちでいっぱいだった。



 秋元 裕介は私の友人で、高校の頃から付き合いがある。人を惹きつけ我が道をゆく──そんな人で、そんな人だからこそ自分の夢を叶えて輝いている。私にとっては長年の友人でも、世間から見れば秋元は成功者だろう。


 多くの楽曲を手がけ、数々のヒットソングを排出するシンガーソングライター──それが秋元 裕介だった。


 主人は私たちより一つ年上で、私とは大学の時に出会って付き合い、数年の交際の末に結婚をした。主人が秋元と初めて会ったのは、まだ付き合っている時にインディーズで活動していた秋元のライブに主人を誘って行った時だった。


 主人からみて秋元は年下なのに、何故か初めて会ったその時から秋元のことを「秋元さん」と呼び続けている。



 そんな秋元がこれからテレビの生放送に出る。秋元がテレビに出ることも、生放送に出ることも大して珍しいことではない。


 けれど、今回に限ってはいつもと違った。いつもは自分の出る番組について話すことの無い秋元が、事前に今日の番組については話してきた。


 妙にそわそわして落ち着かず、時計の針が動くのが不思議と遅く感じる。一呼吸、一鼓動──そんなものまでもゆっくりに感じてしまう。


 そんな私の思いなどお構い無しにテレビのCMがおわり、番組が始まる。スタジオ内は床も天井も壁もすべてが白で統一されている。そこに反対色の黒のスタイリッシュな椅子が二つ並べられ、秋元と番組の司会を務めるタレントがそれぞれ座っている。


 学生の頃から見なれた秋元がそこにいる。明るい茶髪のくせ毛に、高い身長、そして大きくてキレイで見慣れた手。

 司会のタレントと秋元は雑談で場を温め、そのあっけらかんとした姿に安心感と緊張感を感じる。



「それで、今回は新曲「color」についてお話していただけるということで」



 その言葉で秋元の表情が引き締まり、まっすぐとカメラを──こちらを見つめてくる。



「はい。colorは俺が高校の時に組んでたバンドの名前で・・・、俺は相棒やったあいつがおらんかったら今ここにはおらんと思います」



 自然と秋元の声色が優しくなる。

 静かに語り出す物語の一部を私は知っている。私たちはその時その場にいて、そここそが私たちの青春というものだったのかもしれない。


 まっすぐとこちらを見つめる秋元の瞳は紛れもなく、テレビカメラのレンズではなく遠く離れた私を見ている。




 あのころ私達はまだ高校生で、自分たちは大人にはほど遠いものだと思っていた。目の前の世界がすべてで、手の届く範囲の関係性が世界だった。


 その世界の中で、私と秋元と吉田は同じ空気を吸っていた。

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