第32話 凍る湖

「いやはや。やるではないかね?」

「ほほお。シゲン。余裕だな」


 オルシャ湖を臨む北の楼閣から、遠方を見やった。

 南東に向けて、広がっている巨大な湖シルヤは凍っとらん。

 一方、北に向けて広がるオルシャ湖は完全に凍っとる。

 いやはや、これは参った。


 シルヤ湖は一年を通じ、強い風の吹き荒れる湖だと聞いた。

 交通の難所となっており、水路として利用するのさえ、命取りになりかねない危険な湖らしい。

 それゆえに凍ったのが、一部のみだったか。


 沿岸部の浅瀬が凍っているだけに過ぎない。

 シルヤ湖の対岸に都市が三つあるとの話だが、雪で陸路は閉ざされており、難所である。

 大規模な水軍は編成出来んだろうよ。

 冬の荒れ模様は尋常ではないと聞く。

 得る物よりも失う物の方が大きい。

 こちらは今のところ、問題ないとみてよかろう。


「ふむ。余裕そうに見えるかね。ほうほう」

「ひっーひひひひっ。楽しみなのだろう?」


 ドリーのヤツは相も変わらず、気味が悪い笑い方をするが慣れとは恐ろしいものである。

 今では愛らしく、思え……たりはせんなあ。


 見た目が整っておるのに騙されておるのが大きかろうて。

 こればかりは見た目が影響しておるとしか、言えん。

 悔しいが認めねばなるまい、ぐぬぬぬ。


 しかし、この際である。

 笑い方については忘れようではないか。

 重要なのはドリーの言葉が核心をついているということだ。


「あれはそりかね?」

「氷上艇とでも呼べばいい」

「このことを知って、備えておったということか。出来るのがおるね」

「楽しみか?」


 砂煙ならぬ雪煙を立てながら、凍り付いたオルシャ湖の上を整然と進む氷上艇とやらを見やり、ワシは考える。

 是であり、否である、と。 


 だが、ドリーが言うように歯応えがありそうな敵を相手に高揚しておる。

 ワシは今、猛烈に熱血しておる!

 ……というほどではないが、頭を存分に働かす機会を得られたことに喜びを感じているのは確かである。


 しかし、氷上艇の数は多いな。

 さてさて、どうするか? 楽しいではないか。


「シゲン。熱くなるな。負ける」

「熱くなっておらんよ?」

「フェニックス・ダイナマイトは諸刃の剣。お前の命を削る」

「なんと?」


 ドリーはそう言うと人差し指と中指を上げて、指し示した。


 寿命が二年縮むということか?

 それとも余命が二年になるのか?


 いやいや、もしかしたら、生涯であと二回しか、使えないという可能性も否定出来まい。

 消耗が激しかったが、そういうことであったか!


「お前の寿命が二日縮む」

「うん? 二日なのかね? 本当に二日かね?」

「シゲン。耳が悪くなったか? それとも頭か?」


 ドリーは真顔で言っておるから、冗談ではないようだ。

 たかが二日か、されど二日なのか。


 もしもワシの寿命が七日であれば、二日も削れたら大問題であるなあ。

 七日であれば、だが!


「ふむ。皆で考える必要がありそうだのう」


 モーラに寡兵しか、おらぬと踏んでやって来たのはあながち、間違ってはおらんよ。

 だが、窮鼠猫を噛むという格言を知らんのかね?

 知らんだろうなあ。

 ここは遥か北の地であるしな!


 さて、一騎当千の強者が時に戦場を動かすという恐ろしさを味わってもらうとするかね。

 フリンフランシス殿、ウルリクだけであれば、いささか厳しかったかもしれないが……。

 我らにはエーリクという人間最終兵器があるのだよ、ふっーふふふふっ!

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