第二部 第二次モーラ合戦

第31話 新たな火種

 冬になったのだ。


 いやいや。

 ワシは聞いとらんよ。


 この地の冬がこんなにも厳しいものとは全く、思っとらんかった。

 中原もそれなりに厳しい気候ではあったとも。

 川が凍る風景も普通に見えたからなあ。


 だが、餓死者や凍死者が多数、出るのは くんの責任である。

 上に立つ者がしっかりとしておらんから、そうなったとしか思えんのだよ。


 ここでは普通に死ぬぞ?

 夜間は外出禁止令を出すべきではないかね。

 それほどに厳しいのである。


「寒いか、シゲン。慣れろ」

「慣れるものなのかね、これは」

「私は平気。裸で雪に飛び込むのは気持ちがいい」

「それはお前さんだけだろうて」


 一面の銀世界というと非常にきれいに聞こえるだろう。

 あちらを見てもこちらを見ても真っ白である。

 喜んで駆けまわっているのは犬と子供だけという有様だ。


 少々、雪が降りすぎではないかね?

 ワシの背丈を越えるほどに降るとは思わなんだよ。


 街中はさすがに人の手が入り、往来があるからか、通りに面した場所の雪は既に除雪されているとも。


 さすがは雪国。

 北国で生きる人々の知恵と言うべきだ。


「しかし、これはいささか困った事態ではないかね、ドリー君」

「そうなのかね、シゲン君」


 いかんいかん。

 ここでムキになるとドリーの思う壺といったところか?


 クスクスと笑っているドリーは年相応の小さな女の子にしか、見えんのだがなあ。

 中身がどうにも食えん。

 戦乙女とやらは全員が全員、このような感じなのかね……。


「これはいただけんよ」

「意外と美味しいが?」

「何の話かね?」

「ザリガニの揚げ物。意外と美味しい」

「それとは違うのだがなあ……」


 ドリーのヤツめ、どこから取り出したのか、ザリガニを揚げた物を頭から、バリボリと食べておる。

 それは夏の風物詩ではなかったのか?


 いや、違うなあ。

 違う、違う。

 そうではない。

 そうではないのだよ。

 ワシが言っているのはザリガニの話ではないのだ!


 深い雪に閉ざされたモーラは現在、陸の孤島というべき状態である。

 長年、この地で生きている人々にとってはこれが冬の常ということなのだろう。

 それは構わないのだ。


 だが、この状態に対して、危機感をまるで持っていないのが危機であるとワシは感じておる。


「ドリーさんや。ここいらでは湖も凍るものかね?」

「そうらしい。気にするな」


 いや、気にしろ。

 以前であれば、気にしなくても良かったのだろうがなあ。

 そう言っていられなくなったのは、ひとえに勝ってしまったことだろうて。


 モーラとエルヴダーレンが結びつく。

 すると困るのは誰かね?


 そういう話になるのだよ。

 戦略で考えねば、いかん。

 ワシとしたことが盲点を突かれたわい。


 モーラとオルシャ湖を挟む形で位置している二つの都市。

 ヴァームフスとオルシャ。

 この両都市がまさか、手を組むとはなあ。

 いや、まさかではなかったか。

 予想された事態ではあったのだよ。


 敵の敵は味方とでも言ったところかね?

 いささか、厄介なことになったか。

 いずれ、こうなることは分かっておったのだ。


 それが湖が凍ることで早まるとは思っていなかっただけのことである。


「まずいことになるなあ。どうするね?」

「それをどうにかするのがシゲンだろう?」

「へいへい。頑張りますとも」


 冬の出兵はご法度と考えるのが普通であろう。

 大雪で大軍勢の行軍が不可能なのだ。

 当然、援軍も期待出来なくなる。

 まさか、逆にその冬を好機として、狙ってくる策を思いつくヤツがおるとは……。

 全く、思わなんだよ。


 これも湖が凍ったせいだけに笑うしかないぞ。

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