第6話 逃避と遭遇



 身体が小さく飛び跳ねて、気がついたら小走りで走り出していた。

捕まったら一捻りされるのだ。

命を取られる未来しかない。

角灯の灯りを頼りに通路を進み、階段をけ下りる。

意外なことに、下の階へ進むほど通路がキレイに整備され等間隔に魔力灯まりょくとうの照明がともされていた。



 そうはいっても、足元がうっすらと確認できる程度の明るさだ。

向かい側から進んでくる誰かの、その白っぽい表情まではわからない。

表情どころか男女の区別も無理そうだった。



 ひどくせこけていて、動き方がカクカクしている気がするけれど。

そのせいで、やっと自分以外の者に遭遇できたという安堵や喜びの気持ちが少しもわいてこないのだけど。

ともかくも……少しばかり距離があり薄暗いせいで、容易には相手を判別できなかったのだ。





 それにしても、さっきの甲冑かっちゅう部屋を飛び出してきてからドスンドスンと屋内に重低音な足音が響いている。

やはりあの黒い影が、自分を追ってきているのだろうか。

このまま向かい側からやって来る誰かに助けを求めても大丈夫だろうかと、一瞬の間に考える。

下手をすれば前後の敵で挟み撃ちにされている可能性の方が大きいが、どのみち逃げ場はない。

後ろからの追撃者よりも、前からの未知の存在に望みをかけることにした。





 前方から近づいてくる白っぽい影に声をかける。

かなりせている、っていうより棒のような体格だがいぶかしんでいる場合ではない。

「あの……私、今日からここに住むことになりました新入りなのですが……えっと、貴方はここの住人さんですか? ちょっと助けていただきたくお声をかけさせていただいたのですが……」

「……カタッ……カタカタ……」

「えっ? ……かた??」



 カタカタ……って、えっ!??

近づいてきた相手をジッと見る。

信じられなくって、ジッと見る。

「……カタタ? ……カタッ?」

両手で小さな木箱を大事そうに抱えてやってきた彼……それとも彼女?

残念ながら私には判別できそうにない。

髪型や服装でわかるでしょって?

頭髪もなければ服も着てないのよ。



 こちらに向かって小首をかしげる可愛らしい仕草は、私に何かを問いかけている、ように思える。

思えるんだけど、それよりも。

何よりも……相手が人じゃないように思うのよ。

「……ヒッ、ひっ……ひゃぁ!!」

気がつけば思いきり叫んでいた。



 先方も思いきり驚いた素振りで立ち止まった。

その脇を全速力で通り抜ける。

「ぃっ、やぁーーーーーーっ!!!」

涙目どころか、鼻水までれ流しながら通路をける。

怖くて、振り返って確かめたくない。



 ないんだけれども、アレはナイ。ナイったらない。

「グスン……何で骸骨がいこつが普通に歩いてるのよぉ。……グスッ……ズビッ……おかしい、こんなの奇怪おかしいわ……」

シンプルというよりも質素な生成り色のワンピースドレスの袖口そでぐちで、グシグシと顔をぬぐう。

身につけていた衣装や装身具などはすべて取り上げられたし、手巾ハンカチーフなどという贅沢品は与えてもらえなかった。

もはや貴族らしい所作なんて知ったこっちゃない。

泣きながら通路と階段を繰り返しを、下へ下へと降りてゆく。





 やがて駆け足からとぼとぼ歩きへと速度を落とし、前方に再び白い影が動くのを見た。

今度は二人連れっていうか、二体の骸骨。

大きめな木の箱を二人がかりで運んでいるようだ。



 とっさに近くにあった円形空間の入り口へと忍び込む。

入る前に、先客が居ないかどうかを素早く確認するのは忘れない。

骸骨も怖いけど、大蜘蛛おおぐもも血みどろ甲冑かっちゅうも怖いのだ。




 入り込んだそこは衣装部屋だった。

壁際の棚にキレイに畳まれた衣類が収納されている。

クローゼットらしい場所には上着やローブなどが数十着ほどズラリと並んでいた。

入口近くに配置してあった大きな姿見と向かい合う。

「きゃっ。……ぁ」



 映し出された己の姿に、思わず悲鳴を上げそうになる。

通路で出会った骸骨たちと、たいして変わらぬおぞましさ。

「あ”ぁぁ……っ……ぅぅっ……っ……」

そうよね……私も彼らとおんなじなんだわ。

姿見の前にく連れ落ち、うめき声を上げ、すすり泣きながらそう考えた。

辺りは薄暗く、私にほんの一時の休息をもたらした。



 今日からこの暗闇の住人になるのだ。

いちいち同居人を怖がっていたんじゃこの場所で生きていくことなどできるわけがない。

ひとしきり泣くことで落ち着きを取り戻す。

混乱するばかりで恐慌状態きょうこうじょうたいおちいっていた。

こんな目に遭えば誰だって平常でなど居られないとは思うが、恐怖におののくばかりの自分を客観的に振り返ることができたのだ。

落ち着いたらポツポツと考え事をし始めた。




 この円形空間は誰かの衣装部屋なのだろう。

おそらくは大蜘蛛や骸骨以外にも服を着るような人物が居るということだ。

自分は一人ぼっちじゃないっていうことなのだ。

「いずれ甲冑や骸骨にも慣れなきゃいけないのでしょうけれど、先ずは現状確認と他の住人さんにご挨拶をしなければ」

己を鼓舞しつつ、私は下へと伸びる通路と階段を行けるところまで進んでみようと考えた。















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