第5話  人恋しさと怖さの行き先に

 一心不乱に足を動かし、数段階層ほど降りてきたところで立ち止まる。

とてもじゃないが途中の円形空間をのぞき込む気にはなれず、早足で通り過ぎてきた。

興味本位で覗き込んで同じような場所だったら耐えられない。

あれ以上に蜘蛛と交流を持つなんて無理。

無理ったら無理。

お互いに不干渉が最善だ。







 はじめに倒れていた場所からは、建物で言えば五階分くらいの高低差を下ってきたわけなのだが、螺旋状らせんじょうの階段通路の先はまだまだ続いているようで……角灯の灯りの先には延々と暗闇が立ち込めた階段が伸びている。

ふと、ここまで来ても誰にも出会うことはなかったと思い至った。

もちろん大蜘蛛は論外だし、奴らの保存食づくりの影響なのか、今のところはねずみ一匹見かけないのだった。

「……えっと、……管理人さんとか牢屋番ろうやばんさんとか、何方どなたかいらっしゃいませんか? じつは……私、新入りの囚人しゅうじんなので勝手がわからず困っておりますの。……いらっしゃったら、どうかお声を返してくださいませ……」

つい先程まで誰も居ないことが安心材料だと思っていたはずなのに、この暗闇をひとりで進まねばならない状況が心を弱らせる。

思わず周囲に語りかけた。

「…………」

じっと聞き耳を立てたが返事はない。

侍女や使用人たちに囲まれ家族とも仲良く暮らしてきた貴族令嬢じぶんが、いきなりの孤独に耐えられるわけがない。

いちど声を上げたら、余計に人恋しくなってしまったのだった。

「……誰か、……何方どなたかいらっしゃいませんか…………お願い、誰か返事をしてください……」

呼びかけつつも、誰かの返事があったらあったで怖いのだった。



 おっかなびっくり声を上げつつ通路を進む。

あまりにも状況に変化がなさ過ぎて、心細さが募るばかり。

もしかしたらこの辺りの通路には誰も居ないのかもしれないという思いから、次の階では思い切って再び円形空間の内部を確認しようと考えたのだった。






 今度の扉は閉じていた。

木製のそれには鍵はかかっていないらしく、グイッと押してみるとギィィっときしんだ音を立てながら開いた。

やはり内部は暗い。

角灯を持ち上げて照らしてみると、室内には銀色ににぶく光る甲冑かっちゅうがズラリと並んでいた。

「……誰かいませんか? 物置? もしかして、ここは防具置き場かしら?」

「……」

応えはない。ないことに安堵あんどした。

甲冑の中に、誰か居たら怖いもの。

「うん、……ここには誰も居ないみたい」



 内心ホッとしながら立ち去ろうとしたら、ググッ……ギィ……キィ……っと不穏ふおんな音が。

思わず音の発生源を探して更に空間の内部を凝視していると、目の前の甲冑の頭部が左右にれている。

見ているうちに激しくグラグラ揺れだして、ガシャンっと首から上がもげた。

「!!……ヒヤッ」

ゴロンゴロンとヘルムが転がる。

残された胴体の首部分からは、何やら赤黒いドロリとしたものが流れ出てきた。

血のようなそれは、胸部を伝い地面に広がり……更にクラウディーラの足元にまでい寄ってくる。

「……っひぃ……ヤダ……」

一体の甲冑だけでなく、あちらこちらの頭部や手足が震えたり動き出したり……接続部分の隙間からデロリと赤黒いものを垂れ流した。

「ナ……ナニ!? 何なのこれ……」

ガシャンガシャンと甲冑たちが倒れてゆく。

その甲冑たちから次々と赤黒い流れが這い出してきて、円形空間の中央に集まりだした。

水溜みずたまりのようだがウネウネと動いている。

そして水溜りにしては不穏ふおんな暗い赤の色。

あまりの異様な光景に、ジリジリと後退する。



 動く血溜まり??

血を流す呪われた甲冑!? 

……もしかしたら、まだ生身の中身が……いやいや、まさか。



 考えたくもない。

こんな怖いところ、まっぴらごめんだ。

一刻も早くこの場を離れなくては。



 なのに、恐怖で両足が石床に張り付いたみたいに動かない。

「……ッ。……ヤダ……どう……」

どうしよう……と、続く言葉は引きつった呼吸とともに飲み込んだ。

倒れた甲冑の奥には更に沢山の甲冑が並んでいて、そのまた奥の角灯の灯りが届かない暗がりで……真っ黒い何かが振り返ったのだ。



 成人男性二人分の横幅と、見上げるような背の高さ。

全身黒尽くめで、顔中が毛むくじゃら。

いくら毛深い人でもここまでではないだろう。

要するに、とても人間には見えない。

ソレがゆっくりと、こちらを見た。

「!!! ……っ」

両足は相変わらず恐怖に固まっていたが、一瞬にして全身に冷や汗が吹き出る。

怖い。怖いっ。

大きな黒い影にギラリと光る2つの目玉。

「……グヮァ。騒がしいぞキサマラ……甲冑のスミズミまでキレイに磨くノダ。手荒に扱ってキズなどつけようものなら……にぎりつぶして血溜ちだまりジュースにシテくれようゾ……」

「!!!!」

地面の赤黒い流れたちがザザザッと震えた。

ピリピリと痙攣けいれんしたかと思えば、音もなく散り散りになって、一目散にあちらこちらの甲冑の中へと潜り込んでゆく。

石床のあれらはすでに汁状の血溜まりみたいなのだから、そんなに慌てて逃げなくても良いんじゃないかとのんきに考えていたが……カシャカシャンとなれた手付きで甲冑の列をかき分けて、ノシノシこちらに近づいてくる巨大な黒い影に気がついた。

ということは、向こうもこちらの存在に気がついている。



 駄目だ。

逃げないと。

握りつぶされちゃう。

地面に張り付いていた両足もろとも危機感で全身が飛び跳ねた。

目尻めじりから出そうだった液体が、瞬時にヒュンっと引っ込んだ。


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