154. カルドの異変

「ここなら大丈夫でしょう」


 導かれた場所は、城の外。城から少し離れた市街地にある民家の一つであった。

 

 王城に隠されていた緊急時の通路。ネイ達は王族のみが知るその場所を通り、外への脱出に成功。何度か兵士にはちあいかける事もあったが、フィガロの協力者らしき男中(女中の男バージョン)たちが誤魔化してくれたのだ。

 

 なお、彼らでどうしようもない場合はガウェインが誤魔化した。男のブーメランパンツ姿に心乱されぬ女などカルドには中々いない。その隙に進むという感じで。因みに城の外に出た今はマントを羽織り体を隠している。隠さなければ目立つってレベルではない。

 

 ネイたちは民家に入る。すると、中には見覚えのある騎士たちが数人。そして……。

 

「リア!」

「ネロ!? 何故……」


 ネイの父、ネロがいた。彼はリアに「心配したんだよ……!」と抱き着く。

 

「ネイ、よかった。無事だったんだ」

「純花。何故ここに?」

「連れてこられたんだ。イルマさんに。あのままあそこにいたら捕まるかもって」


 加えて部屋の中には純花の姿もあった。王城の門前にいた元部下のイルマもだ。

 

 そのイルマがネイに向かってぺこりと頭を下げる。


「あのままでは危険と判断し、連れ出しました。ここへ連れてきたのは、ネイ様の冒険者仲間という事で協力していただけるかと思い……」


 どうやら何かしらの意図があってここに連れてきたらしい。ネイは別の意味でほっとした。先ほど考えたような王城崩壊は免れたからだ。


「ぜー、ぜー……」

「というかリズはどうしたんだ。何があった」


 で、先ほどから聞こえる荒い息。見れば、椅子に座り机に突っ伏しているリズの姿。とても辛そうに肩で息をしていた。その事について純花へと問いかけると……。

 

「一度家に戻ったんだよね。二人が捕まるといけないから。けどレヴィアってば全然起きてくれなくて、リズがそのまま運んで来たんだ」

「寝ている時まで自分勝手なのかアイツは……。というか何故リズが?」

「や、私が運ぼうとしたんだけど……」


 体格も小さく、力もあまりないリズ。しかも寝起き。荷物運びなら純花に任せた方がいいはず。

 

 そう思うネイだが、どうやらリズが「駄目!」とものすごい剣幕で禁じたらしい。一体どうして。ネイは首をかしげた。

 

「よく分からんが、まあいい。で、レヴィアは?」

「まだ寝てるよ。あそこ」


 純花の視線の先。パジャマ姿のレヴィアが枕を背にして眠っていた。「うーん、うーん」とまだうなされている。モテないのが相当に堪えているらしい。「この非常時に、コイツは……」と顔をしかめるネイ。「うーむ。病気でしょうか。少し心配ですね」と心配げな顔のガウェイン。もちろん事実は違う。

 

 

 そうして一息ついた後。


 一行はテーブルを囲んで話し合いを始める。まだリズは復活していないが、いつまでもこうしている訳にはいかないので椅子からどいてもらう。リズはレヴィアの隣に座り、ぐったりとした。

 

「イルマ、この国で一体何が起こっているのだ。バルドルとやらに何をされた? フィアンマ様どころかアリーナまで……いや、騎士たちまでおかしくなってしまっていた」

「……お話しましょう。フィガロ様、よろしいですか?」


 イルマが確認すると、フィガロはこくりと頷く。


「経緯からお話します。大体一年くらい前でしょうか。まず……」


 語り始めるイルマ。内容は次のようなものであった。


 約一年前、隣国アングレンから使節団がやってきた。アングレン王の命を受け、経済についての協力関係を結びに来たとの理由で。

 

「うむ。それによってカルドの経済は持ち直したのだ。未だ災害の影響が後を引いていたゆえ。有難い話であった。この話は以前ネイたちにもしたな」

「左様ですか。ならばこれも知っておられるかもしれませんが、話はさらに進んでおりまして。より関係を深めるために、向こうの王族をフィアンマ様に婿入りさせないかと。しかし、上手くいく可能性は低いと我々は思っていました。実際、過去にそれで失敗しているという例がありますから」


 婿入りまたは嫁入りしてきた者は、結婚先の家風に合わせるのが普通。しかし過去において、とある国の王子が当時のカルド王に婿入りした際、彼は耐えられなくなり、結果として離婚沙汰になってしまったのだ。優秀と評判の王子だったのだが、優秀であるがゆえにカルド流の王子様扱いに耐えられなかったらしい。

 

 当然、当時の王はカンカンに怒り、結果としてその国とは一時険悪な関係になってしまった。以来、少なくともカルドの王族が国外の男と結婚する事はなくなった。

 

「しかしアングレンの意思は強く、王子であるバルドル殿……いえ、バルドルを遣わした。支援して頂いた訳ですから、無下に断るわけにもいきません。もちろん上手くいくわけがないと皆思っていたのです。実際、彼とその従者はこちらに合わせるどころか、女っぽい振る舞いをやめようとしない。最初からこれではまず無理だろう。そう思っていた。ですが……」


『HAHAHA。君のような美しい女性にそんな真似はさせられないよ』

『力仕事? 私に任せたまえ。なあに、私の筋肉があれば簡単な事さ』

『女の子はみーんなお姫様なんだ。辛い事、苦しいことは男の私たちが引き受けよう。君たちは笑ってくれてくれるだけでいいんだ』

 

「騎士たちは、女たちは惹かれていったのです……! お姫様扱いされる喜びに目覚めてしまったのです……!」


 辛そうに、悔しそうに言うイルマ。それを聞いたヴィットーリアが「馬鹿な。女たるものが何と情けない……!」と憤慨。一方、お姫様願望があるネイはちょっと気まずくなり、そもそも価値観が違う純花は理解に苦心している。

 

「そしてそれはフィアンマ様も例外ではなかった。王として立派に振る舞っておられましたが、内心は苦心しておられたのでしょう。バルドルの誘惑に誰よりもハマッてしまい……」

「ううむ……」


 ネイは思い出す。最後に見た、フィアンマの疲れたような表情を。せめて自分がいれば微力ながらもお力になれただろうに。自分が国を発ってしまったことに、ネイは今更ながらに後悔した。

 

「って、待て。アリーナはどうなんだ。幼いころからヤツを知っているが、ヤツにお姫様願望なんてあるとは思えないんだが」


 そこで彼女は気づく。自分同様、王に信頼されていたアリーナの事を。

 

 アリーナはむしろ頼られて喜ぶタイプだ。頼られ、それに応えるからこそ男にモテまくっていた。

 

「……分からないのです。今のあの方のお心が、ボクには……」

「フィガロ様……」


 そのアリーナを頼りにし、慕っていたフィガロ。彼は涙声で呟いた。


 婚約破棄され、さらに謁見の間では周囲から明らかに馬鹿にされていた彼。今回の異変の最たる被害者と言っていいだろう。

 

 彼のアリーナへの想いはネイもよく知っている。騎士時代に見たフィガロ王子。幼い者が精いっぱいの恋心を伝えようとしていた。恥ずかしがりながらも懸命にアピールする様子は本当に微笑ましかった。そしてそれを一身に受けていたアリーナは周囲から舌打ちされていた。「チッ!」「ショタコンが……」という感じで。

 

 ……とにかく、フィガロのアリーナへの想いは本物である。なのに、この結果。ネイは同情の視線をフィガロへと向けた。

 

 一方、ヴィットーリアは同情では済まない様子。

 

「ううむ、アリーナめ。殿方をここまで悲しませるなど、女の風上にもおけぬ奴よ……! フィガロ様、どうかご安心を。必ずや奴を仕留めてみせましょう」

「や、やめてください……! アリーナ様を傷つけるなんて……」


 憤慨するヴィットーリアをフィガロは止めた。どうやら未だ彼はアリーナを慕っているらしい。その慕いっぷりを見たヴィットーリアはさらに怒りを強くした。純粋に想うがゆえにそれを拒否したアリーナが許せないのだろう。

 

「とにかく理解は出来た。私と母上を助けたのは、この事態を何とかしてほしいからか」

「ええ。宮中はもはやバルドルの手にあると言ってよく……。フィガロ様がいるおかげで味方こそ多いのですが」


 イルマは言うには、騎士のうち約2割程度が味方らしい。大体が既婚者、それも愛妻家かつ家庭円満な者という事であった。如何にお姫様扱いが魅力的に映ったとしても、やはり優先すべきものがあると違うらしい。逆に「家に帰りたくない……」なんて女は率先してハマッてしまっているとの事。

 

 加えて、宮中の男についてはほぼ全員が味方らしい。さきほど協力してくれた男中(女中の男バージョン)のように。カルドの男である彼らからすればこの変化は歓迎すべきものではないのだ。

 

 ただ、今のところ大した助力は期待できないらしい。一度彼らの実家を頼ってもらったらしいのだが、やってきた当主がお姫様扱いされる喜びに目覚めるという大変な事態になってしまったのだ。その当主も家に帰りたくない勢だったようだ。以来、男中の動きも鈍くなってしまっている。

 

「バルドルか。そいつが赤の爪牙なのかな?」

「赤の爪牙?」

「ああ、ガウェイン殿やイルマは知らないのか。実は……」


 純花の呟きに、ガウェインが首をかしげた。

 

 ネイは彼らにも説明せねばと語り始める。赤の爪牙と、彼らがなしてきた所業を。ガウェインたちが「そんな者たちが……!」と驚く。


「ヴィペールの魔物も奴らの仕業です。そして魔法都市の件もを考えるに、必ずしも裏から攻めるわけではない。バルドルが赤の爪牙である可能性は十分あるかと」

「うーむ。これはきな臭くなってきましたね」


 険しい顔をするガウェイン。続けて「なら殴りに行く?」なんて言う純花に、ネイは「やめろ」と言う。今の純花が殴れば文字通り必殺となってしまう。現状、相手は隣国の王子という立場。単なる調略という可能性もあるのだ。それはそれで問題なのだが、確証もないのに殺してしまえばそれこそ戦争になりかねない。

 

 うーん、と考え込む一行。


 バルドルを排除し、王や騎士を正気に戻す。単純に排除しても意味が無いだろう。彼女らはお姫様扱いされる喜びに目覚めており、それがなくなればどうなるか。騎士たちはまだいいとして、疲弊しているフィアンマがどうなるか予想がつかない。王が暴走してしまえば国が大変な事になってしまう。

 

 かといって、フィアンマを廃してフィガロを男王にするのは難しい。蝶よ花よと育てられた彼は気が弱く、王にするには頼りないのだ。そもそもそんなクーデターじみた真似は避けたい。王族に対して不遜そのものな行動であるし、その後は間違いなく国が荒れる。

 

「うーん……。どこだよここ……」

「レヴィア? やっと起きたか」


 そうして悩んでいると、ようやくレヴィアが起きた。ごしごしと目をこすり、寝起きのせいか機嫌悪そうに周囲に目をやっている。ちょうどいい。悪知恵の働くレヴィアなら何か思いつくかもしれない。ネイはそう思った。

 

「レヴィア、来てくれ。今この国は大変な事になっていてな」

「あー?」


 のっそりとした動きで立ち上がるレヴィア。ものすごくガラが悪い。いつもの彼女なら起きて一瞬でお嬢様演技を始めるはずなのに。

 

 レヴィアは右を見、左を見、最後に正面を見た。

 

 そして……。

 

「何めそめそしてんだ。キメーんだよカマ野郎」


 フィガロに対しケンカを吹っ掛けた。



──────────────────────


お久しぶりの投稿。

転職してからあんまり書いてるヒマが無くて、全ての更新が止まっちゃいました。

ついでに頭の回転もあんまり。やっぱ労働は悪やね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る