飴玉

花宮零

飴玉

 まだ半分程の大きさのある飴玉をガリッと噛む。ガムともラムネともまた違う歯ごたえ。噛んで発生した振動が顎を揺らす。


 ガリッ。ガリッ。ガリッ。ガリッ。


 苛立ちが止まらなくて何度も何度も、粉になるまで飴玉を噛む。幼い頃から飴玉を噛むなんてことはしてこなかった。そんな小さな信条にも近かったものを破ってしまうくらい、今の俺は狂ってしまうほど怒りを覚えている。


 怒りはやがてとぐろを巻いて漆黒の蛇と化し、内蔵を突き破るように歯を立てる。その咬合力の強さと心の痛みに耐えながら、俺はひたすら飴玉を噛む。


 ガリッ。ガリッ。ガリッ。ガリッ。


 二個目を口に運ぶ気力も湧かず、もはや跡形もなくなった飴玉の亡骸を今度は惜しむように舐める。歯の凹凸を埋めるように入り込んだ糖菓子は、俺の尖った舌先で抉り取られそして丁寧に舐めとられる。先程とは打って変わったその優しさに飴玉も驚いたことだろう。まあ、飴玉に感情があればの話だが。


 完全に口内から飴玉の存在が消えた。すーっとしたハッカの残り香の清涼感と、歯にこびり付いた見えない砂糖のうざったさのコラボレーションは、苛立つ俺の心を慰める要素にはならない。飴玉は噛んでいる間だけ、俺の感情の捌け口となる。その前の味わう時間も、その後に振り返り愛おしむ時間も俺にとっては何の役にも立たない。




















 「飴玉」の価値は噛み砕いている間だけ。それ以外の時なんてどうでもいい。そう思っていた。

 けど「飴玉」はそうじゃなかった。舐めて味わわれること、残り香を楽しまれること、余韻に浸られることを望んでいた。俺がそれに気がついたのは、「飴玉」が消えてなくなった時だった。

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飴玉 花宮零 @hanamiyarei

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