第9話 『猿の惑星』で垣間見る米国史
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こんにちは。ようこそお越しいただきました。
ここはダラダラと映画のイメージを述べていくエッセイです。大抵映画の感想ですらない。
さて、だらだら映画エッセイ流れ第9弾は『猿の惑星』です。スレッドでBLの脇毛描写の話をしていたらキングコングとか毛の生えたやつらのエッセイ描こうかと思ったらこうなっていた。
……まあいいや。
ところで猿の惑星というのは結構なシリーズ物です。自分はオリジナルの猿の惑星5作全部と2001年のPlanet Of Apesは見てるけど最近のリブートのシリーズは見てない。
本当の一番最初はテレビドラマらしいのだけどそれも見ていないので割愛。
えっとそれでちょっと困っていて。
猿の惑星の1のエンドは衝撃的過ぎることで有名で、それを前提としてオリジナルシリーズの2~5が出来上がってる。だから1のエンドを書かないと2以降のストーリーが語れない。
だから1のエンドのネタバレありきの前提でこの記事を書くのだけど、もし『まだ見てないけどこれから見るつもり』の場合は見てから読まれることを強くおすすめします(警告)。
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1.猿の惑星の全体像
続けるけど、このエンドは知らない人は先に映画見てもいいんじゃないかなと思っています。
でもその前に原作の話。
この映画の原作は1963年にフランスで発表されたピエール・ブールの小説「猿の惑星」なんだ。けど原作と映画ではちょっと内容が違う。
映画では最後に降り立った星が地球であることが明かされるけど、小説最後のオチは猿の惑星は地球ではなくて、宇宙飛行士たちはその後地球に帰還したけど、その主人公たる宇宙飛行士たち自身が猿だったという話だ。これは主人公がカメラに映らない小説ならではの技法で、映画でやるのは大変だよねぇ。POVならともかく。
それでこの著者はプランテーションで監督をやっていた。その経歴から著者の奴隷階級に対する認識が2つに解釈されている。白人至上主義だったという話と反差別主義だったという話がある。
運動家であることは多分間違いないんだけど、この人は同時に『戦場にかける橋』の原作者で、それを考えると白人至上主義者とはちょっと思えないフシがある。
そんなわけで、『猿の惑星』は原作の時点から奴隷制度、つまり社会的な要素を念頭に置いていた。
それで映画の話に戻るんだけど、オリジナルの猿の惑星5部作はこんなかんじ。
・1 猿の惑星
御存知の通り宇宙飛行士が不時着した猿の惑星は実は地球だった。
・2 続・猿の惑星
1のあとの時代、核弾頭を崇めるミュータントの人類がいて、色々あって起爆して地球が消滅する。
・3 新・猿の惑星
2の後に辛くも爆破前に地球を脱出したジーラ夫妻(猿)がタイムスリップして現代につく(1973年)んだけど色々あって殺される。
・4 猿の惑星・征服
3の後(1990年)、ジーラ夫妻ら知能のある猿の子孫が人間の奴隷になっていて、ジーラ夫妻の子供が人間に反乱して人間を支配するようになる。
・5 最後の猿の惑星
4の後、猿とミュータントになった人間が争う。それで多分1が始まる。
こんな感じで猿の惑星というのはループする話なんだ。
それで多分『階級社会』方向の政治思想が明確に混ざり始めたのは4の征服あたりからだと思う。ピエール・ブールが意図していたかはわからないけれども階級的思想というものがその時点ではうまく隠されている。この辺の話は最後に譲る。
なお2はなんていうか、1が売れたから行きあたりばったりに作られた感はなくもない。
2.猿の惑星の1
とりあえず猿の惑星1のあらすじから。
近未来、宇宙旅行で地球に帰還中の宇宙飛行士達は冬眠装置で眠りについていた。起きたら地球についていたはずだったのに、気がつくと未開の惑星に墜落していた。生き残った3人の飛行士が探索をしたところ、武装した猿の一団が原始人のような人間の集団を追い立てているところだった。宇宙飛行士たちは猿に捕らえらる。そしてその星では人間が猿の奴隷として生活していることを知る。
猿っていうところばかり目を向けてたけど、改めて思うとSF設定が詰め込まれてるな。この話ね、SF的に分解してみるととても面白い。会話とかでも継いでいくとああそういうこと感、が溢れている。
でも映画全体の雰囲気はコメディだと思う。
恐らくSF設定でゴテゴテにやるとテーマが重すぎるからコメディにライトに上げたのかと思ってる。
方向性として、モノノホンではこの映画のメインテーマは階級社会だと語られるから、その方向性で書いてみよう。
最初に猿の惑星1が作られた1968年という時代を見てみよう。なお、以下は奴隷制度とか差別に賛同したり助長したりする意図は『全く』なく、自分が『歴史的な事実』として認識しているものであり、誤りが含まれる可能性が多分にあることを念の為付言しておきます。
さて、黒人解放運動が争点になった選挙でリンカーンが当選したのが1860年。この映画の90年前だ。
選挙では決着がついたけれども、工業を中心とした奴隷をさほど必要としない北部とプランテーションや綿花工場で働かせる奴隷が必要な南部の対立は大きく、南部11州がアメリカ連合国としてアメリカ合衆国から独立したのを征服しなおしたのが南北戦争だ。
結局の所、北部による海上封鎖が効いて、資本力や当時の主流武器であった銃器の生産・再生力の差で北部が優位となったことにより北部が勝利したものの、最終的に合わせて南北50万人というアメリカ史上類を見ない死者を出した。
それで結局奴隷は開放されたんだけど、奴隷の解放=差別の撤廃では全然なくて、結局は南部で北軍が撤退して以降、黒人隔離政策という形で人種差別は強固に継続していた。
公共の乗り物やレストランや学校で黒人と白人の同席が法律で禁止される州法が制定された。アメリカは日本と違って基本的には州に統治権がある。合衆国としてまとまるために連邦法が定められていて、連邦法と州法が矛盾する場合は連邦法が優先するという関係になっている。だから矛盾しない限りどんな州法を制定しても問題ない。
矛盾しているかどうかは裁判所が決定するんだけど、特に1890年以降は裁判所がこの差別のお墨付きを州に与え続けることになる。
南北戦争後に奴隷制度廃止のために行われたこと。
それはアメリカ合衆国憲法の改正で、簡単に言うと奴隷制度の廃止、公民権の付与、黒人男性の参政権の付与が内容となっている。これ自体は大きな変化だと思う。なお、アメリカの憲法は日本と違って大小あわせて頻繁に修正されるものです。
それで憲法で禁止されたのに実質的に差別が存続した理由なんだけど、合衆国裁判所は「分離すれども平等」という考え方をした。
憲法で保護されたのは『平等』であって『分離』ではない。分離は平等な保護を保証する憲法に違反しない。だから、同等のものが確保される限り、分離は平等に反しない。簡単に言うとこんな感じ。
これが1883年の公民権裁判というやつで、最高裁は『憲法が縛るのは州の行動だけ』と述べ、私人、つまり個人が行う差別を違法とする権限がないとした。言い換えると個人や民間企業が黒人に対して差別することを禁じないという判決を出した。
止めを刺したのがプレッシー対ファーガソン裁判とよばれる1896年の有名な裁判だ。プレッシーさんは8分の1はアフリカ系アメリカンだけど残りはヨーロッパ系。見た目はどうみても白人。
けれども州法ではアフリカの血が入っている以上黒人となり、黒人車両に乗らなかったことを理由に逮捕された。それでプレッシー側はその逮捕が憲法に反するって訴えたんだけど、ファーガソン(裁判官)は鉄道についての権限は州にあるから合憲であるという判決を出した。
最高裁まで争ったけど、最終的に分離自体は憲法に定める平等に反するものではなく黒人の受け取り方の問題にすぎない。受け取るサービスの品質が異なるなら問題となるが、同じなら問題ないということでプレッシーの罰金刑が確定した。
それでアメリカというのは判例法の国だ。
前の判決が法律に等しく扱われる。だからこれによって分離は合法になり、ますます分離が促進された。最高裁がOKを出したわけだから、各州はガンガン分離を法で定め始めた。
けれども実際は同等の設備があることなんてほとんどなかったわけだ。じゃあなぜそこを裁判で争わないのかというと裁判とか運動をすると金がかかるから。
アメリカでは一度裁判が確定すると覆すのは極めて難しい。つまり勝つ見込みがほとんどない。プレッシーはたくさんの後援者に押されて訴訟をしたようだけど、ある意味プレッシーのせいで以降、負け確定になった裁判を金を出して争う人はいなくて、そんな南部の状況がようやく変化するのは1950年代の公民権運動の時代になってから。
この公民権運動のベースとなったのがブラウン判決。
黒人と白人の学校を分けた州法は平等な教育の機会を否定する。『人種分離した教育機関は本来不平等である』として、先のプレッシー判決を覆す。
結局の所、『平等であれば区別してもいい』という判決を覆すには結果の不平等を主張する必要がある。実際に違うことを証明した。
それ以降はリトルロック事件とか色々あるんだけど、主に教育分野から違憲判決が出始める。
そして1955年に黒人女性がバスの黒人座席に着席していたところを白人に席に譲るよう言われ、座席移動を拒否して逮捕されたことからボイコット運動が起こる。
ここで名を挙げたのはキング牧師で「わたしには夢がある」というワシントン演説が有名なんだけれど、色々あって運動の高まりによって、1964年にようやく人種差別撤廃に関する公民権法が制定された(公民権法というのは何本かある)。南北戦争が終結してから実に90年弱の後のことだ。
その後もアメリカにはKKKとかアメリカナチとか白人至上主義は結構根深い物があって、1965年にKKKが黒人をリンチして焼き払う血の日曜日事件が起こる。というか、その前にも差別撤廃を推進したケネディ大統領自身が1963年に暗殺されたし、キング牧師も1968年に暗殺された。
随分回りくどくなってしまったが、これが猿の惑星をめぐる前後の時代背景で、1968年に猿の惑星は上映された。
結局の所、人種差別撤廃の法律は制定されても南部での差別は未だ根強い時代だ。
それだな、1は草稿がロッド・サーリングで脚本がマイケル・ウィルソンなんです。
ロッド・サーリングっていうのはトワイライトゾーンの脚本家で反戦・反差別活動家でもある。この人は結構尖っていて『醜い顔』とかで価値観を逆転させる話を結構作っているもとより政治活動的な人。マイケル・ウィルソンは共産主義者だったから赤狩りでヨーロッパに逃げた人だ。
猿の惑星の1は結構政治色が強いながらも、最終的にはメッセージだけ残して匂いを極力政治臭を消してコメディに仕上げたところは正直凄いなと思うわけです。
東西対立構造だけ残した結果、核戦争になったんだろうなって感じ。
3.猿の惑星の2以降
猿の惑星というのは全体的にはコメディSFだと思うけど、各作品にそれぞれ政治色が込められている。
例えば2のミュータントの戦いで核爆発を起こすあたりが冷戦と核の恐怖。3は女性解放運動を表しているそうだが、これはそう思って見ないと気が付かないかも。
それで猿の惑星4作目というのは1972年の映画なのだけど、ストレートに公民権運動が入れ込んであって結構尖っている。人間の衣装が全部黒に統一されて、黒人を模した猿が暴動をしてキング牧師的な猿が演説するという見る人が見ればソレとわかる作品(もともとは処刑エンドだった模様)。5は反戦がテーマだと思うけど結構ごちゃごちゃしている。
最近は娯楽映画(マーベルが国威発揚かはさておき)が多いけれども、昔から映画には思想の感染伝播という側面は結構大きい。前にかいたヤン・シュヴァンクマイエルもそうだけど、政治活動をしている映画監督は結構多い。
だからメッセージ性の強い映画を見る時はその監督が以前にどんな作品を撮っているかとかを考えると、伝えたいことが透けてくることがあって結構面白い。ああ、こういうとこで思考誘導しようとしてるとか洗脳しようとしてるんだ、とか。
映画というのは主人公に同調したすい分、プロパガンダにはなかなか強力なツールである。
えっとそれで結局猿の惑星的な話はほとんどしていないんだけど、映画自体は1~5というループ的な流れの面白さとコメディとSF発想という点で、それぞれの作品に濃淡はあるものの面白い。
けれども今から見るのでは、上記に書いたシリーズ全体に散りばめられた当時の反戦とか冷戦とか公民権運動とかのメッセージがわからないと、真の面白さに届かないかもしれない。
メッセージ性を重視した結果、今から見ると登場人物の行動に唐突な部分があったり、えっ何それっていう文化的によくわからない部分も散見される。
この認識の齟齬は、ソビエト連邦が崩壊して冷戦という恐怖が失われたことが一番の原因だと思う。今では赤狩りという言葉が随分遠ざかっているけれど、当時は生活のすぐ隣にヒリヒリと存在したものだろうから。
それで特に2は冷戦の空気というか時代背景を知らなければピンとこない部分は多い。価値観を共有するには既に今と時代感が大分ずれてしまっていると思うのだ。
全体的に冷戦を中心テーマに書いてみても面白かったんだけど、今回はよく語られる黒人解放運動の視点からお送りしてみました。
そのうち冷戦的なテーマで1本書いてもいいかなと思いつつ、歴史の話とか誰が読むんだよとか思ってることは秘密。冷戦はどの陣営で描くかによってストーリーが全く噛み合わなくなる。
その点、新しい3部作は現代の時代感にFIXしてあるという噂だからそのうちそっちを見たいなと思っている。
さて、今日はこんなところで。
とりま映画と違う話を延々かいてみたけれど、この映画の楽しみ方という話で自分はプラスの意味でもマイナスの意味でも思想信条を前提として書いているわけではないので念の為追い付言。
次は延々とリュック・ベッソンを予定しているのだけれど、ゴダールなのだ。なんというか、つまらない(暴言)。
そもそもスカっとする話ってあんまり見てない自分がいた。
当エッセイは常にリクエストを募集しております(見てなければリクエストに添えないすみません。)。
See You Again★
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