嫌悪
あの日から私の気持ちは大きく変わってしまった。主様を避ける日々が続く。だって距離が近くて、気持ち悪い。前はこんなこと思わなかったのに。主様に悪いことをしてしまっている気持ちでいっぱいだ。その気持ちもあって、近付けなくなってしまった。
「また来たのか、お前も懲りないな」
その代わり、鴉天狗の元を訪れる頻度が急増した。彼は意地悪で、私が探してるのをわかっていて姿を見せず、諦めて帰ろうとした頃にしれっと現れたりする。
鴉天狗のことを考えると胸が苦しい。あまりにも苦しいものだから、術を解いてほしいと言ったことがある。返答はもちろんダメだった。
主様に言えばなんとかしてくれるかもしれない。でも、それは言えなかった。だって、鴉天狗と会えなくなってしまうだろう。矛盾した気持ちが気持ち悪い。助けてほしい。鴉天狗といる時だけは、彼に夢中で過ごしていられる。
「降りてきて話しませんか?」
彼は桜の木の上に寝ている。高いところが好きらしい。距離がもどかしい。
「ふーん? 話すだけでいいの?」
彼は降りてきてずいっと私に顔を近づける。思わず後ずさって口元を手で覆った。キスしそうな距離だった!
「何々? 照れてんの? 可愛いね」
顔が紅潮する。期待してしまった。顔を覆う手を外せない。
「ね、キスしよ」
鴉天狗が顔を近づける。
「は、恥ずかしいっ!」
私は背中を向ける。とてもできそうになかった。
鴉天狗は私の手を掴んで無理矢理顔を向けようとさせてくる。ふいに、主様の顔が浮かんだ。主様はこんなに強引ではなかったと思う……壊れ物を扱うように、優しくしてくれた。鴉天狗にはそれがない。なんだか悲しくなって、本気で拒否をした。
「やめて! 本当に無理!」
暴れたら舌打ち交じりに解放された。
「術の利きが悪かったかな……」
主様の優しさに甘んじていたころが懐かしくて、泣きそうになってしまった。すると、鴉天狗が大きなため息をつく。
私は背を向けて走り出した。今日はもう、彼と共にいたくなかった。
「サヤカーっ我に構え構え構えー!」
主様が唐突に背後から抱き着いてきた。よくあることだ。よくあることなのだが。
私の体は咄嗟に主様を突き飛ばしていた。
「ご、ごめんなさい」
主様は少し目を見開いて、思ったよりも落ち着いた様子で問いかけてきた。
「サヤカ? 最初からその態度ならばわかる、だが急にどうしたのだ?」
何かあるなら言ってほしい。そう言う主様に、俯くばかりで何も答えられない。
「我も傷つかぬわけではない……」
私は心がぎゅうっとなるのを感じた。でも、ダメなんだ。今までのささやかなキスも、接触自体が、気持ち悪いと思ってしまうんだ。そんな自分が悲しくて仕方ない。あんなに好きだった人なのに。あんなに好きだと思ったのに。
心が求めてしまう。黒を背負った人、鴉天狗を。
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