52. 【別視点】樹海の魔本使い3

ザッデルのギルドマスター、ギンバー視点

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「厄介なことになったな……」


 思わず漏れた言葉に苦笑いが浮かぶ。


 俺がギルドマスターとなって早数年。“厄介”という単語が口癖になるほどには、様々な面倒ごとと付き合ってきた。


 何せ冒険者は血の気が多い。喧嘩や暴力沙汰は日常茶飯事だ。それを上から抑えつけるのがギルドマスターという役職であることを思えば、当然のことかもしれないがな。大層な肩書きではあるが、実質的にはそんなものだ。


 もちろん、ギルドマスターの仕事はそれだけではない。書類仕事や他組織との折衝など多岐に渡る。だが、それらの仕事には優秀な職員が補佐についてくれる。結局のところ俺に求められる一番の仕事は、荒くれたちを抑えつける“重し”なのだ。


 だが、今直面している問題は、普段の厄介ごととは少し性質が異なるものだった。


 ひとつは、ゴブリンどもの襲撃。

 最近になって、ディルダーナ大樹海に近い北部の村々が、ゴブリンに襲われるという事件が起きている。市壁があるザッデルにはまだ被害がないが、それでも幾度か目撃情報が寄せられている。おそらく、樹海のどこかに集落ができているのだろう。襲撃の頻度から考えると、それなりに大きな集落の可能性もある。早急に対処しなければならないだろう。


 まあ、魔人種とはいえ、ゴブリンの知性はさほどではない。ほとんど魔物と変わらない存在だ。英雄種でも現れれば話は別だが、そうでなければ遠からず解決できる問題だろう。


 そういう意味では、本当に厄介なのはもうひとつの件だ。


「まさか、魔本使いが現れるとは……」


 それは、樹海中層に向かった冒険者パーティーがもたらした報告だった。まさに青天の霹靂。場合によっては虚言を疑うところだ。だが、報告者であるシリルたちは仕事を誠実にこなす有望な冒険者。こんなことでつまらない嘘をつく連中ではないことを俺自身良く知っている。実際、事の大きさを考慮して、俺が直接報告を受けたが、嘘をついているような気配はなかった。だとすれば、魔本使いが樹海に居を構えたというのは事実なのだろう。


 魔本使いの持つ力は千差万別。だが、普通の魔法では再現不可能な事象を引き起こすという点は共通している。多くの場合、その力は極めて強大だ。


 強すぎる力の代償か。それとも、力を得て歪んでしまったのか。理由はわからないが、魔本使いには性格が歪んでいる者が多いと聞く。


 幸いなことに、樹海の魔本使いは友好的でまともな性格らしいが……いや、わざわざ樹海に住もうとする時点でまともとはいえないか。一般的な感性とは掛け離れている可能性があるな。対応は慎重に考えなければならん。


「まあ、樹海から出てこないのであれば、こちらから接触しない限り問題はあるまい」


 触らぬ神に祟りなし。消極的な対応だが、下手に刺激しても良いことはない。何が逆鱗に触れるかもわからないのだからな。


 そう決断して、問題を棚上げする。しかし、それが避けられない問題であることを数日後に知ることとなった。




「何? 魔本使いがこの街に来ているのか?」

「はい。駆け出しパーティーが見つけたようで……」


 シリルの話を聞いて、一瞬、気が遠くなった。まさか、魔本使いを不審者扱いして狼煙をあげるとは……。気の荒い奴ならば、暴れ出してもおかしくはない事態だ。もっと、魔本使いの危険性を説いておくべきだったか。


 聞いているだけで冷や冷やする話ではあったが、朗報でもある。思った以上に、樹海の魔本使いは冷静で理知的だったようだ。基本的に不干渉を方針とするつもりだったが、そういうことならば多少は交流しておいた方が良いだろう。何を好み、何を嫌うのか。探りを入れておくのだ。場合によっては味方につけることができるかもしれない。少なくとも、こちらの心証を良くしておけば、敵対は避けられるだろう。


「話を聞いておきたい。会えるか?」

「大丈夫だと思いますよ。呼んできましょう」


 シリルは軽い調子で請け負った。思ったよりも気安い関係のようだ。良好な関係を築けているのならいいが、もしシリルたちが魔本使いを軽く見ているのだとしたら問題だ。それを今から見極めなければならない。


 さて、実際に対面した魔本使い――レイジの印象だが、意外なことに、どこにでもいそうな普通の男だった。もっとも、彼の隣で宙に浮いている魔本の存在を無視すれば、だが。


 少々、頼りなさげではあるが、穏やかで人当たりがよい。隣人としては付き合いやすそうに見える。

 魔本を除けばごくごく普通の人間だな。もちろん、悪い意味ではない。魔本の使い手というだけで、十分に規格外なのだ。そこから更に大きく外れられると付き合いづらくてかなわない。やはり、人間は普通が一番なのだ。間違いない。


 シリルとの関係も俺の目から見れば良好に見えた。シリルは仲間を救ってくれたレイジに十分な敬意を抱いているように見えたし、レイジの方にも親しみが見てとれる。


 実にありがたい状況だ。最初にレイジと接触した冒険者がシリルで本当に助かった。冒険者の中には本当にどうしようもない奴もいるからな。そいつらが出会っていれば、完全に関係が拗れていた可能性がある。


 会談の結果は上首尾だったと言えるだろう。ゴブリンの集落が想像以上であったことは頭の痛い問題だが、事前に情報が得られたのはありがたい。それに、レイジの提案はギルドにとっても有益だった。


 ディルダーナ大樹海の中層には魔法薬の素材となる薬草類を始めとして、貴重な資源が豊富だ。魔物が跋扈する森で数日を過ごしながら採取する必要があるため、今まではなかなか手出しできなかった。だが、レイジの拠点を利用させてもらえるのなら採取難度はかなり落ちる。採算のことを口にしたものの、継続できるのなら間違いなく採算は取れる。


 ギルドの支部ができ、交流を続けていけば、レイジとも友好関係を築けるはずだ。シリルたちにはその架け橋になってもらいたいところだな。


 ひとまず、魔本使いに関する懸念は片付いたと見て良いだろう。レイジがまともな奴で助かった。魔本使いは厄介な奴らばかりだと聞いていたし、俺が以前に見た魔本使いは本当にヤバい奴だったが……全員がそうだとは限らないということか。やはり、会いもせずに決めつけるのはよくないな。




 と、思っていたのが一ヶ月前ほどだっただろうか。


「……すまんが、もう一度言ってくれ」

「ははは、ギルドマスターもそんな顔するんですね」


 暢気に笑うラグダンを苦々しく思いながら、もう一度報告を求める。が、さきほどと同じ内容が返ってきた。どうやら聞き間違えではなかったらしい。


 レイジの開拓地をゴブリンの軍勢が襲撃。その数は推定1000以上。しかも、その軍勢をレイジとその従魔が単独で撃退。そのまま逆襲に転じ、英雄種を含む軍勢を拠点ごと撃滅した。


 信じられるだろうか。樹海のゴブリンは普通のゴブリンと比べて格段に強い。そのゴブリンが1000体。正直に言って、この国の常備兵を総動員しても大きな被害が出るレベルの規模だ。市壁を盾にした防衛戦ならば負けはしないだろうが、野戦ならば下手をすればこちらが壊滅しかねない。


 そんな国家存亡を左右しかねない勢力を相手に、まったく被害を出さずに単独で完勝……やっぱり、厄介な奴じゃないか!


 危機感のないラグダンを怒鳴りつけたくなる気持ちをぐっと堪える。

 シリルたちもラグダンも、レイジとは良い関係を築けているようだ。ここで変に危機感を植え付けてしまうと、その関係がぎこちなくなってしまう可能性がある。だから、こいつらはこのままでいい。


 とりあえずのところ、この危機感は俺だけが持っていればいいだろう。

 はぁ……、ギルドマスターも楽じゃないぜ……。


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ここまで読んでくださって、

本当にありがとうございます!

まだまだ謎が残されたままですが

この話はここで一旦完結とさせていただきます。

ざっくりとした先の展開は考えてありますので

いずれ再開するかもしれませんが

確実にとは言えないので一旦、閉じます。


もし、再開しましたら、

そのときはまたよろしくお願いします!


(一応、このあとに短いエピソードがあります)

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