48. 蹂躙する運送屋

 開拓地を包囲するゴブリンは今なお増えているようだった。だとしたら、敵の戦力が増えるのを黙って待つ理由はない。


 というわけで、こちらから仕掛けることにした。前線を張るのは戦闘向きのユニットたち。シリルたちには最終防衛ラインとしてミアたちを守ってもらう。


 僕はというと、冒険者ギルドの区画に新たに築いた物見櫓で戦況を眺めていた。戦闘の指揮なんてできないけど、ユニット生産で戦力補強はできるからね。全体の状況を把握しておく必要があるんだ。


「クマー!」


 クマドンの巨腕が、防壁を囲うゴブリンたちをなぎ倒していく。

 普段は全く喋らないから今日初めて知ったんだけど、クマドンの鳴き声は「クマ」だったみたい。その鳴き声はどうなんだろう。ゆるキャラっぽい見た目にはマッチしているけれど。


 あ、いや、今はそんなことどうでもいいか。


 クマドンの戦いぶりを直に見るのは初めてなんだけど、その戦闘力は圧倒的だ。トラキチほどの俊敏さはないけれど、その代わりに一撃の威力は凄まじい。腕が振るわれる度に、複数のゴブリンが吹き飛んでいく。


 格闘熊はクマドンの他に二人追加している。クマドンは敵が一番多い西側、他の二人はそれぞれ南と東に配置した。北側は崖になっているから、気にする必要はない。


 三人がゴブリンを蹴散らしていく姿は爽快だ。ゴブリンが100体くらいだったら、この三人だけで殲滅できたかもしれない。とはいえ、数が数だ。いくらクマドンたちが強くても、多勢に無勢。クマドンたちが単身で抑えられる数にも限界がある。


 それを支えるのがイーニャたち猫人部隊。ちょうど三隊あるので、一隊ずつ別れて、要である格闘熊を補助している。格闘熊の一撃は大振りだから、攻撃後に隙ができやすい。それを猫人たちがうまくカバーするんだ。


 だけど、それでも数的不利はどうにもならない。格闘熊の攻撃を逃れて、壁にとりつくゴブリンたちが一定数出てしまう。


 西側は防壁を破られても、無人の冒険者ギルド区画があるだけ。問題は南と東。こちらが破られると、ミアたちが立てこもる屋敷にゴブリンたちがなだれ込むことになる。


 それを防ぐために奮闘しているのが鼠人たちだ。彼らは戦闘向きのユニットではないけど、素体がゴブリンなので、同程度の戦闘能力は有している。防壁近くの見張り台から高所の有利を生かしての投石攻撃で敵を寄せ付けない。


 探索猫の四人は森の中からの奇襲で、ゴブリンたちを攪乱する役目だ。彼らは正面からゴブリンたちを圧倒するほどの強さはないけど、不意打ちで着実に始末していっている。そして、トラキチは遊撃。戦場全体を駆け巡り、ゴブリンたちを翻弄している。


 戦力を厚めに配置したおかげで南と東は十分に対応できている。だけど、ついに西側の防壁の一部が崩れてしまった。ゴブリンたちが西側の区画になだれ込んでくる。ちょうどそのとき――……


『マスター、食料ポイントの確保ができました!』


 少しの間僕のそばを離れていたブランが戻ってきた。彼女にはサンファの畑に行って貰っていたんだ。その目的は新ユニットを呼び出すためのポイント稼ぎ。


 開拓ランク上昇によって新たなユニットが呼び出せるようになったんだけど、呼び出しコストがかなり高かったんだ。なんと、食料800に動物100! しかも、大型ユニットという区分らしくて、一人でユニット枠を3必要とする。とはいえ、非常に強力な戦闘向きユニットらしいから、呼び出さない手はないよね。そんなわけで、サンファに指示して野菜を作ってもらっていたというわけ。植物成長促進剤と魔法の肥やしがあれば強引に食料を増やすことができるからね。


「ナイスタイミングだよ、ブラン! 早速、呼び出して!」

『了解です!』


 呼び出すのは“蹂躙する運送屋”というユニット。運送屋なのに戦闘向けなのか……という疑問はあるけど、強いのなら何の問題はない。


「でかっ!?」


 いつものようにボワンと煙が立った後、姿を現したのは巨大な像。体高は4mくらいあるかも。僕の立っている物見櫓と同じくらいの高さに背中がある。


「パオ!」


 そして、蹂躙が始まった。なだれこんできたゴブリンたちに向かって突進する巨象。意外なほどの早さで迫る巨体を避けきれずに、多くのゴブリンたちが轢き殺されていく。運良くその進路上から逃れたゴブリンも、数秒後には同じ運命を辿ることになった。巨象は長い鼻を器用に使って、逃れたゴブリンを絡め取っては潰していく。


 あまりの衝撃に、一瞬だけ戦場の動きが止まる。


 まるで、金縛りにでもかかったかのようなゴブリンたち。その視線は一斉に巨象へと向かった。何か信じられないものを見たような驚きの表情で固まっている。


 とはいえ、ユニットたちには関係ない。動揺するゴブリンたちの隙をついて数を減らしていく。それに対応するために、ゴブリンたちも否応なく動きを再開させるけれど、すでに戦局は大きく変わっていた。


 大暴れする巨象を止める術はなく、西側のゴブリンたちはすでに壊滅状態。逃げ出す個体も出てきて、すでに戦線を維持できていない。


 その影響は南や東にも出ていた。開拓地はそれなりの広さだとはいえ、西側の様子がわからないほど離れているわけでもない。西側の本陣が崩れ始めていることは、他方面の部隊にもすぐに伝わったことだろう。ついでに、巨象という凶悪な存在が現れたことも。


 西側の蹂躙が終われば、巨象が南や東にもやってくるんだ。そんな状態で戦い続けることができるだろうか。少なくとも僕は嫌だ。


 多くのゴブリンは僕と同じ考えだったようで、ゴブリンの大軍は波が引くように一斉に退却していった。

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