第40話 式典①

「これより、セレジー博物館王宮宝具下賜記念式典を執り行います。ではまず――」

 セレジー博物館のメインホールに繋がる中央階段の一番上、拡声魔法の乗った司会者の声を聞きながら、私はエリンの背後に控えていた。


 私の前にはかっちりとした正装のエリンが立ち、階段下の広場に集まっている見物人に向かって慈愛の笑みを振りまいている。


 その姿は常日頃出しっぱなしの粗暴な態度とは大違いであり、流石にまじめに仕事をするつもりがあるようだとは感じ取れた。


 しかし、私も民も程度の差こそあれエリンの素顔を知っている。よってこの笑顔は隣にいる王族に向けてのポーズということだろう。


 王族に隠し事をしているような気がして緊張しなくもないが、実際は都合の悪い部分を見せていないだけだ。落ち着いて、余計なことは気にせず私は今日一日ここに立っているだけでいい。


 王族――第三王子、ルート・ヘルメス・ロベリアもエリンの隣で見物人に手を振ってこたえている。


 太陽の元でさらに輝く銀色とも思える金の御髪と、太陽を支える天蓋のような深い藍色の目は彼が王族であることを如実に表していた。


 どこかの偽貴族とはえらい違いである。


 まぁ、私たちに王族がコンタクトを付けているかどうかなど確認するすべはない。もしかしたら偽物の可能性だってある。


 そんな不敬なことを考えつつ、司会者の進行を聞き流すこと10と数分。かしこまって喋っていた司会者がこれ見よがしに咳払いを行うのを見て、私は身構えた。


「お前らは盛り上がってるかぁ!?」

司会者は背を反りながら拡声魔法を切っても響き渡るであろう大声で叫ぶ。王直属の護衛たちが司会者の蛮行に多少のたじろぎを見せる中、反対にルートと水の都勢は落ち着いている。

 

 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


 地響きが起こっていると錯覚してしまいそうなほどの叫び声が階段下から私たちを襲ってくる。その勢いはデカブツと相対したの圧を優に超えているように思えた。


 油断していたら驚きが顔に出てしまっていたかもしれない。


「レフト!」

 司会者が煽れば見物人の左側が拍手。


「ライト!」

 続いて右側が雄たけびを上げる。


 パァンッ


 司会者が両手を掲げて頭上で叩く。破裂音が響き渡ると同時、見物人の塊から拍手と雄たけびが同時に発生し、会場を包み込んだ。


 王族がやってくるような重要な行事において、この司会者や民の態度は不敬に当たるのではないだろうか。


 しかし、エリンの10歳を祝う式典が行われた際、エリン本人が言ったそうだ。


 曰く、誕生日会が暗い! みんな黙ってばっかでつまんない! と。


 それ以降、セレジーで行われるイベント、特に一般市民が見物できるモノは全てこのような調子になったらしい。


 流石に今回は控えるのかと思っていたのだが、なんとエリン直々に王室へお願いをしたそうだ。わざわざ盛り上がりの意味とエリンの思いをしたためた手紙を書簡として出してまで。


 式典の直前にエリンからそのことを聞かされた時は驚きを隠せなかった。まぁ、水の都におけるエレスト家の力は大きく、セレジー内に限れば融通が利くと言われてしまえばそれまでなのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る