第5話 クソ人間vsダメ人間

「何?」

 振り返った桜葉さんのお母さんの目は未だにゴミを見るような眼だ。



「桜葉さんのお母さん、それはないんじゃないですか?」

 少し緊張して声が震える。

 けど覚悟を決める。さぁ、戦闘開始だ。


「私は何も間違ってないわよ。この子が立派に育てるのを手助けしてるだけよ」


「立派とは?」

 人生においての正解は何だろうか。

 俺は疑問を投げかける。


「あのね、この世界は学歴なのよ。わかる?」


「じゃあ、勉強ができない芸能人やアイドル、スポーツ選手は立派でないと? あの人たちも勇気や感動、活力を提供していると思いますが」

 

 世の中にはいろんなメッセージの届け方がある。

 結局はその人次第の努力とセンス。


「娘とは関係ないでしょ?」

 桜葉さんのお母さんは、関係ないと言い張るが、


「それはわからないでしょ。本当の夢なんかも持たせてあげてないんですからね」

 

 夢まで縛られた桜葉さんにそもそもの選択の権利はなかったわけだしね。


「あのねぇ、仮になりたいといっても難しい世界なのよ」


 まぁ、それは分かる。だけど、


「そんなの言ったら勉強もでしょ。上には上がいて、高学歴の人でも犯罪を起こしたりするんじゃないですか。それに桜葉さんはセンスがあった。もし夢が見つかったら叶えるまで努力すると思いますよ」


 桜葉さんは良くも悪くも器用だと思う。

 


「そう言い切れるのは?」

 


「だって今縛られてる状態でも、学校で断トツ1位の成績なんですよ? 努力家、というよりは怪物というか、化け物ですね」


 桜葉さんが器用だからこそ、できてしまう。縛られている状態でも、気にせずに頑張ってしまう。



「次から次へと……これだからバカな人間は厄介なのよ」


「いやっ、えっ? そんなもん分からないじゃないですか? 急に勉強に目覚めて、俺が1位取る可能性もありますよね? もしかしてそれはない、とかいうんですか? 未来はわかりませんよね?」

 

 と、今度はどこかで見た煽りを真似する。

 なんだろう、影響されるのやめてもらっていいですか?




「まさか斗真にこんな才能が……?」

 カラメルがボソッと呟く。


「まぁ、最近はこういうディベートブームだし。なんか変に知識ついたというか、ね」

 


 そしてさらに俺は言葉を紡いで、攻撃する。


「俺はね、確かにクソでダメ人間ですよ。人生っていつもうまく行かないこともありますし、難しいものです。でもやっぱり楽しむことが一番大事だと思うんですよ。億万長者の友達0人より、そこそこ暮らせて友達たくさんいる方が楽しいんですよ」


 結局、幸福度は人それぞれだ。

 仮に全てを手にしたとして果たして楽しいのだろうか?

 他の人のことなんて完璧に分かるはずもないけど。

 まぁまぁの暮らしができたら、それでいいのではないか、と思う。



 今度はカラメルが、


「桜葉さんって、いつもクラスで孤立してて。でも時折悲しい表情を見せるんです。私、“空気”を読むのは得意ですから分かるんです」

 と言う。カラメルは空気を読むのが得意だからな。

 



「俺が言うのも違うかもしれないし、あなたの言う通りに人生をダメにしてしまうかもしれない。でも、後悔はしないと思うんです。どうか桜葉さん、娘さんの好きにしてあげてくれませんか。お願いします」


「わ、私からもお願いします!」


 こうして俺ら2人は深々と頭を下げた。


「もし不安なら1年見ててください。それでどうしても無理って言うなら俺も納得します」


 一応、折衷案も提案する。

 頼む、頼む、頼む……折れてくれ!



 そうすると、桜葉さんのお母さんは、沈黙を破って喋り始めた。



「私はね、娘に夢を押し付けていたの」

 とポツリ。


「私は昔ね、女性初の総理大臣を目指していたの。でも途中で挫折してね。娘はもっと勉強させて、私とは違うように、挫折しないようにって」

 すげぇ、目指すものが違いすぎる。

 流石、桜葉さんの母親だ。


「挫折した理由って?」

 気になるところを、カラメルが質問する。


「私の力なんかほんと小さくてね。世の中には上には上がいて」

 

 突如、大きい所に出た途端に、自分の存在がちっぽけに感じたのだろう。

 いつかは皆挫折して。泣いて、落ち込んで……誰しもが通る道なのだろう。



「もっと勉強すればよかったって、思ったの。でもあなた達と話して気づいたわ」

 と、さらに言葉を続ける。


「本当は、何か理由をつけたかったのよ。遊んだせいにしたり、友達のせいにしたり。でもそれは後悔してないって気づいたの。本当は、私の実力不足だったって」


 結局、何かと理由をつけたいだけで。

 弱い自分が納得できなくて。

 だから俺も、人生に八つ当たりしてるわけで。



「今思えば、そこまで熱意を持ってなかったのかもしれない。この子が産まれた時も、私普通の人でよかったなって思ったのよ。結婚した時もね。私はこの子を育てるだけでいいんだって」


 きっと過去から解放されて、少しホッとしたのだろう。



「お母さんは専業主婦ですか?」

 見る限り何か働いていてもおかしくないとは思うが、気になったので質問する。


「結婚してからはそうね。夫はずっと海外で働いているわ」


「海外、凄いですね」

 本当に凄いと思う。まぁ、海外だから桜葉さんのお母さんも専業主婦に、より専念できるんだろうけど。


「でも、裏を返せばなかなか愛情を注げなかったって思ってるわ。私もそう。娘には全然無関心に近かったのかも」

 

 桜葉さんのお父さんは、海外に単身赴任という形で、おそらく会えることは少ない員だろう。

 そして桜葉さんのお母さんに縛られて。ずっと孤独で過ごしていたんだろうと思う。


 そして、俺ら2人をまっすぐ見て、桜葉さんのお母さんは


「だから、あなた達にとりあえず任せます。娘をよろしくお願いします。瑞希、私はもう帰るから、瑞希もなるべく帰ってくるのよ」


 と言ってくれた。

 言ってみれば、俺らの勝ちだ。

 けど、何も難しくはなかった。

 全ては人生が難しかっただけ。



 


 本当に人生は難しい。

 人それぞれの考え方があって、それぞれの生き方があって、能力があって。

 本当、嫌になるよな、全く。











「はぁ、疲れたぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 桜葉さんのお母さんが去り、俺は迷惑にならないギリギリの声で叫んだ。


「斗真、全然喋れるじゃん。私いらなかった?」

 と、カラメルが意地悪に聞いてくる。


「いや、お前いてこそだよ。マジ精神安定剤」

 カラメルがいてこそ、何とか喋れたってのもある。


「ならよかった! でも斗真、凄かったよ。かっこよかったよ」


 俺は何とか照れるのを誤魔化して、


「まあ、途中ブーストかかったってのもあったけどさ。あんなもんデタラメだよ。何発か自分にめっちゃブーメラン刺さってるしな。まぁでもうまく行ってよかったよ」

 

 と、言った。内心はめっちゃドキドキしてるけど。



「てかもう夜だよ? 早く帰ろう! ほら桜葉さんも」

 カラメルがずっと黙っている桜葉さんに話を振る。


「う、うん」

 桜葉さんは気まずそうに答える。


「桜葉さんの最寄り駅ってどこ?」

 カラメルは気にしないで話し続ける。


「え、えっと、高畑駅」


「じゃあ、学校から近いんだ。遊びに行けたら遊びに行くね! 斗真もね!」

 おい、カラメル。急に爆弾発言するな。


「お前、何で俺もくっつけてるんだよ。俺は女の子の家なんかハードル高いし、母親もいるんだぞ? どう接したらいいんだかわかんないだわ」


「また、そんなこといって。なら私の家で練習しとく?」


「だからいかねぇって」

 カラメルさん、やめてください。その言葉はめっちゃ刺さる。陰キャにはキツすぎます。



「あっ、明日のテスト! すっかり忘れてた!」

 そういや俺もすっかり忘れていた。まぁ、今回のテストは、成績には入らないし俺には関係ないのだが。


「そういって、80点取るカラメルは信用ならないな」


「斗真はほんと勉強嫌いだねぇ」

 嫌いというよりもはやアレルギー。

 割と真面目に蕁麻疹も出る


「だから話してるとき心痛かったわ。いや俺立派な人になれないけどねって」

 

「まぁ、大丈夫だよ。斗真も立派な大人になれるよ」

 

「その優しさが心に染みますわ」

 カラメルさん、マジ天使。




「あ、あの」


「大丈夫だよ、桜葉さん。何があったのかはまた斗真を問い詰めるだけだし。桜葉さんがこれから仲良く? してくれるのなら私も嬉しいし」


「お前、困ってたもんな。今月末の体育祭とか色々あるしな」

 俺らの学校の体育祭は早いので、新学期が始まって、すぐにメンバー決めや準備がある。

 カラメルもクラスを引っ張る側だし、桜葉さんの扱いに苦労しているように見えた。


「えっち」


「なんでだよ!?」

 それは言いがかりだ。


「斗真も本当人の目を気にするというか、遠慮するというか、空気を読むというか」


「お前ほどじゃねぇよ」

 カラメルは本当に空気を読む。

 それが良い所でもあり、悪い所でもある。


 と、高畑駅が近づいてくると、桜葉さんはまた気まずそうに


「ほ、本当にありがとうございました」

 と改めてお礼を言った。


「桜葉さん、そんな遠慮して元に戻らないでいいから」

 さっきからずっと大人しくなってしまった。まぁとても気にするのはよくわかるが。


「あっ、連絡先交換しよ? レインがいい? インステがいい?」

 いや、カラメルさんマジ陽キャ! 俺とは違う上手い距離の詰め方!


「レインしかやってないから、レインでお願いします……」


「とりあえず3人でグループ作って、明日は祐樹も誘おうか?」

 いや手際が良すぎるよ、カラメル。

 お前がナンバーワンだ。


「だな。まぁ、めっちゃ驚くだろうと思うけど」

 明日、祐樹がめっちゃ驚くのが容易に想像できる。


 こうしてワチャワチャ話してる間に、高畑駅に到着した。とても楽しくて、体感時間はとても短かった。


「じゃあ、ここで……本当にありがとうございました」

 まだ気にしているのかお礼を言う桜葉さん。



「うん! 明日から変わった桜葉さんが見れるの楽しみにしてるよ!」


「ほんと気にしなくていいから。じゃあな」

 

 桜葉さんはまだ気にしている様子だった。

 でも、家族とのわだかまりもなくなって。

 明日には、また桜葉さんが戻ってるといいな、と思う。




 高畑駅から平森駅までは近いので、すぐに到着した。


「じゃあな。カラメルはそういや黒山駅だっけか」

 

「そうだよ。平森駅からさらに2駅」


「遅くなりすぎたから、俺も怒られるなこれ」


「まあ、いいんじゃない? いい家族の距離感でしょ」


「じゃあ、またね。まぁ、今日の夜ね? わかってるね?」


 こうしてカラメルに約2時間ゴリゴリに詰められるのであった。

 







 ちなみに夜に通話で詰められた時の一部始終がこちら。


「それにしても斗真が無視するところから始まるとはね~」


「それにしては本当に申し訳ないと思ってるから!」


「まぁ、それはいいとして仲良くゲーセンですかぁ。あれ? 私とは嫌々だったくせに?」


「別に嫌じゃねぇよ。ただノリについていけないだけだ」


「ほんと~? じゃ、私と二人でデートするなら?」


「女の子と2人でお出かけなんかしたことねぇよ」


「あれ、斗真さん? 今日のは?」


「今日にはノーカンだろ」


「じゃあ、今度2人で遊ぼうよ」


「えぇ……」


「大丈夫大丈夫。優しくするから」


「カラメルさんやい。その言葉は信用ならんのよなぁ」


「とりあえずまた予定決まったらいうね」


「しょうがないなぁ。わかったよ」



 あれ、そういやなんでこうなった?

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