【第一部】第三十二章 長老“富岳”

――長老宅・大広間――



「まず初めに名乗っておこうかのぅ。わしは、一族の族長で“富岳フガク”と申す。里の者達は、“長老”と呼んでおるがの」


 富岳は「こんな老いぼれだからの」と言っておどけてみせる。

 

 大広間の中には、富岳と神楽カグラ稲姫いなひめ琥珀コハクが座布団に座りながら、相対あいたいしていた。


 それぞれの席には、族長の奥さんが持ってきてくれた茶と茶菓子が盆に乗っておかれている。奥さんはそれだけを済ませると、既に部屋を退出していた。


「稲姫でありんす」


 富岳の視線に促され、稲姫が自己紹介する。


「稲姫は、俺達が三年前に訪れた東部地方の村落でたてまつられていた妖狐の神様なんだ。豊穣の神様として、山の中に神社を設けられてて、そこで」


 言葉の足りない稲姫の後を、神楽が継いでフォローするが――


「お前は勝手に里を抜けて遊びに行ってたのか?」


 富岳から厳しい視線が神楽に飛ぶ。


「そ、それは悪かったよ。でも、今はそれどころじゃないんだ。稲姫の話を聞いてくれ」


 気まずいながらも、強引に話を戻す神楽。


「ふん、まぁいい。だいぶ前の話だしの。稲姫殿、話を聞かせてくれるか?」



――稲姫はうなずき、神楽に話したように、自分や村人に起こったことを富岳に語って聞かせた。



「…………」


 稲姫の語りを聞き終えると、富岳は難しい顔で腕を組み、黙り込む。


「で、“神の力を集めている集団”が危険だと思って、長老に相談に来たんだ」


 神楽が稲姫の後をフォローする。


「先に言っておく。この件は、里の大人達で対応する。お前達は大人しくしていろ」


 富岳が発した第一声は、神楽達はこれ以上干渉するなという指示だった。

 

「それは無理だよ」


 神楽が困った顔ながらハッキリと拒絶する。富岳のまゆがピクリと震え、これまで無かった圧が富岳から発される。稲姫はその凄まじさに総毛立そうけだつ。


「殺されたキヌさんや村人達は俺とも縁の深い人達だったんでね……それに何より、そいつらは稲姫を傷つけた」


 今度は神楽から圧が放たれた。富岳に勝るとも劣らぬレベルと言えるだろう。稲姫はこんなに怖い神楽は見たことがなくおびえてしまう。


 富岳は「はぁ」とため息をつき、圧を解く。


「わかったわかった。――とりあえず、気の発散を解け。儂が言うのもなんじゃが、稲姫殿が怯えておる」


 富岳にそう言われ、神楽はハッとしたように、発していた圧を解く。無意識レベルで怒りが漏れていたのかもしれない。稲姫に気まずそうに「ごめん」と謝る。


「お前も、もう十二じゃったか。ちと早いが、お前なら実力は申し分ないしのぅ。参加させてみるか」

「長老!」


 富岳の許可に神楽が歓喜する。が――


「ただし! 独断行動は厳禁じゃ! お前は危なっかしいからのぅ」

「わかってるって!」


 富岳が注意を促すも、神楽は明るく返す。富岳はため息をつき――


「村の者達には儂から伝える。その時には、お前達にも来てもらうから、追って連絡する」


 富岳がそう言うと、その場はお開きとなった。俺達は大広間を退出する。その間際――


「襲った人間が憎いと思うが、すべての人間があのような者達とは思わんでくれ。稲姫殿達に悪事を働いたつけは、儂達が必ず奴らにはらわせるからのぅ」


 富岳から稲姫にだった。稲姫は笑って受け止め――


「よく知ってるでありんす。村の人達も、神楽も、大事な友達でありんすから」


 稲姫の言葉を聞き、富岳も「そうか」と笑顔で返す。



――神楽達は、そうして長老への説明を終え、屋敷を後にするのだった。


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