【第一部】稲姫の記憶編 幕間【二】写真

――アレンの部屋――



「これだ、これを見てくれ」


 そう言うと、カールは持ってきた本を開いてテーブルの上に広げた。色々な風景の写真がところ狭しと並んでいる。


 本というよりは写真集か? 光魔法の中に、見た光景をそのまま紙に焼き付ける転写魔法がある。それを使った写真だろうか。


「これは、俺の親父が撮った写真をとじたものなんだ」

「カールのお父さんって、確かエクスプローラーだったっけ?」


 エリスの問いにカールが首肯する。


「色々な未開の地に足を運んでは、よくお土産を持って帰ってきてくれたんだ。その中でも、見知らぬ土地の風景を撮った写真が、一番の楽しみだったんだ」


 こんなに純粋に笑うカールを見るのはめずらしいな。


「いい親父さんだな」

「ああ。――あ……すまん」


 カールは俺を見て少し気まずそうに謝る。ん? ああ、そういうことか……。


「バーカ。今更そんなこと気にすんなよ。俺は親の顔すら覚えてないんだ。それにルーカスだっていたから、寂しくなんてなかったさ」


 こいつは気を遣い過ぎなんだよ。そこがいいところでもあるんだけどな。


「今は私……達もいるしね?」


 エリスが少し顔を赤くして下を見ながら言ってくる。


「わっちもわっちも!」


 稲姫も元気で微笑ましい。


「そうだな。お前らがいるから寂しくなんてないよ。――それよりカール。何か見せたいものがあるのか?」


 アレンがそう言うとカールは気を取り直し――


「これを見てくれ」


 いくつかページをめくった先に、この辺りでは見ない建築物の写真がある。形に見覚えがある気も……。



神社じんじゃでありんす!」


 稲姫が笑顔でしっぽを振り振りしながら写真を指差した。


「神社って、さっき稲姫が言ってた?」


 エリスの問いにはカールがうなずき――


「ああ、ジンジャって言葉に聞き覚えがあって写真を探してみたんだ。そしたら、ほら……」


 カールが指差す先。写真の下にはまさしく「ジンジャ」の文字が。


「なるほど……稲姫、ここが昔の家か?」


 なんとなく形が違う気がする。案の定、稲姫は首を横に振り――


「別物でありんす。わっちの家の方がもっと立派だったでありんすよ!」


 誇らしげに胸をはっている。そうか、違うのか……。


「なら、“神社”って言うのは、特定の建築物ではなく、建築様式のことなのかもな」


「ああ。でも、お前たちの故郷のヒントにはなるだろ? この写真は、かなり前だけど親父が東の海を渡った先にある島国で撮ってきた写真なんだよ。この辺にはない建築様式だから、お前たちの故郷もそこにあるかもしれないだろ?」


 カールの言葉にアレンは目を見開いた。


「すごい発見じゃないか!」


 稲姫のおかげで一部蘇りつつある記憶から、ぼんやりと東方だとは思っていたが、海を渡った先の島国という具体的な情報が得られ、記憶に対しての信憑性が増す。


「だろ?」


 カールがドヤ顔だ。これもめずらしいな。まあそれは今はいいか……グッジョブだ! 稲姫も隣で喜んでいる。


「カールのお父さんってエクスプローラーでしょ? なら、その東の国は未開地域だったの?」


 エリスからの質問だ。


「現地民がいることを考えると未開って言うのもおかしいと思うけど、大陸の人間――というか、エクスプローラー協会がこの地を知らず未登録だったってことだから、少なくとも未到達地域だったんだろうな」


 なるほどな……。そしてふと、アレンはこの件とはまったく別のことが気にかかった。



「ごめん、ちょっと貸してくれないか」


 写真集を手に取り、最初のページからすべての写真を一つ一つ確認していく。「どうしたんだ?」との声もかけられた気がするが、写真に集中してて意識を向けられなかった。


 そうしてすばやくすべてを確認し終えて、写真集を閉じ、ため息をつく。


「いったい、どうしたんだよ?」


 カールがいぶかしげに聞いてくる。


「よく見る夢の中の場所があるかと思ってな」


 そう言って、残念さを隠せず、アレンが告げた。


「夢の場所って、例の夢か?」


 カールがそう俺に問いかけ、それを隣で聞いたエリスがむっとしている。


「ああ。夢では黄昏時なんだけど、淡く橙色に発光する広葉樹が、辺り一面に咲く色取り取りの草花を照らしてるんだ。すごく幻想的で、見たらすぐにわかると思うんだけど……。稲姫は知らないか?」


 もしかしてと思い稲姫に聞くが、首を横に振られた。やはり知らないか……。


「もう! 夢なんでしょ? あるかもわからないんだから気にしても仕方無いわよ!」

 


――少し不機嫌なエリスにそう言われ、この話はそれまでになった。

 

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