第29話 私達の関係


 ——私達の関係っていったいなに?


 そう目の前の美丈夫に聞けたらどれほど良かったのだろうか。


(最初から夫婦という枠組みではないことは理解していたわ。だって私達の婚姻はジェラルド様が私を嫌って押し付けただけですもの)


 それでも、春子はアランを夫と思っていた。

 否、思おうと頑張っていた。戸籍は死者となり、故郷には帰れない。アランしか頼れる人間はいないのだから、彼に見放されたらが達成できなくなってしまう。

 少しでもアランの気分を害さないように面紗を着用し、少しでも負担が減るように手伝いに精をだした。

 どれもこれといった成果はなかったが。


(……仕方ないわ。アラン様はただ押し付けられただけですもの)


 アランは春子を妻と言うがその目は兄達と同じ。妹に向けるものと酷似していた。

 予想だがアランは春子のことを年が離れた妹と見ている。

 その証拠に春子達の間に夫婦の営みはまったくといっていいほど存在しない。就寝する部屋も別、もちろん唇を重ねたこともしとねを共にしたこともない。

 どれほど、春子が夫婦になろうと思っても本人にその気がないのなら無意味な行為だ。


(いいえ、別にいいじゃない。なにを気にすることがあるというの。を果たすことができるのだから、このままの関係で問題はないはず)


 春子が考え事をしながら料理を噛んでいるとアランが気遣わし気な視線を向けてきた。


「お口に合いませんか? 苦手なものがあれば除けてもいいですよ」

「苦手なものなどございませんわ」


 にっこりと笑みを返しながら、本当に優しい人だと春子は思う。弟の嫁を無理やり押し付けられたのに、なんでここまで優しくしてくれるのか分からない。レオナールのように鬼無国の武力を借りたいわけではないのに、なぜ春子のような醜女を慮ってくれるのだろうか。


(勘違いしそうになる。いっそのこと、ジェラルド様のように嫌ってくれればいいのに)


 その方が春子も後ろめたを感じないのに——。

 春子が会話を止めると話題に困ったのだろう。アランが視線を一瞬彷徨わせると思い出したように「昨夜は」と切り出した。


「大きな揺れでしたね。このシヴィル領は地震は少ないはずなんですけど」

「……気付きませんでしたわ」

「ああ、やはり」

「やはり?」


 アランはしまったという顔をした。


「そのですね、安全を確認するためお部屋に伺って、あ、決してやましいことは。お身体には触れていませんし、扉から様子を見ただけですのでご安心を」

「……私達は夫婦ですので気になさらなくても大丈夫ですわ」


 身代わり人形を作っておいてよかった! と春子は心の中で拳を握りしめつつ、アランの焦った様子が面白くて笑声をあげた。


「そ、そんなに笑わなくても」

「アラン様が焦って否定する姿が面白くて」

「笑ってくれるのは嬉しいけど、それが私の失態からだと複雑ですね」

「失態だなんて。私、安心しましたの。初めてお会いした時、ジェラルド様が相手なのに私を守るために戦って下さったでしょう? 馬車の中やあの夜も私の不安を取り除くため気を使ってくださっていたのは分かっております」

「そ、れは」


 恥ずかしいのか褐色の頬が微かにだが赤く色づく。


「とても大人なお方と思いきや、可愛らしい一面もあるのだな、と思いまして」

「可愛らしい……」

「ええ、とても」


 自分と可愛いが結びつかないらしく、アランは考え込む。

 軽薄な容貌なのに中身は真面目そのもので春子は体を丸めて笑いを堪える。


 気付けば、あれだけ大きくなった不安は立ち去っていった。



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