第19話 二人の師匠


 半神半人である藍影には、師匠と呼ぶべき人物が二人いる。


 一人は黒龍帝、玄琅。

 本来なら青龍帝の属性は『木』であり、植物を操ることができる。だが、藍影は人間である母から『水』の属性を引き継いでしまった。そのため、木を主とする神術は苦手で、無理に使用すると倦怠感がひどい。

 そこで五行の水を司どる玄琅が力の使い方を教えてくれた。水を媒介に別の景色や人物を映したり、移動をしたり。飄々ひょうひょうとして掴みどころはないが玄琅は、決して見限らず教えてくれた。


 もう一人は赤龍帝、赤斗。

 彼は藍影に青龍帝としての振る舞い方を教えてくれた。いつも冷静で、平等であり、四龍帝随一の賢人に藍影は純粋に憧れた。彼のような立派は青龍帝となりたいと願うほどにその生き様は洗練されたものだ。


 正直に言おう。藍影は玄琅には楯突けるが、尊敬する赤斗に強くでれない。






朱加むすこの元に行く前に少し話そうか」


 そう言われたら嫌々だが頷く他ない。

 朱加が紅玉を攫い、夏国へ向かったので藍影は屋形舟に乗って追いかけた。神術で移動をする際は着地地点に印をつけなければならず、他国の領土に印をつけるのは暗黙の了解で禁止されているからだ。

 夏国に着いた藍影は、暁明を船番をする歌流羅に預けるとまず先に赤斗に挨拶兼密告のため会うことにした。他国へ赴く際にその地の龍帝に挨拶することは、これもまた暗黙の了解で決まっている。あと倅のしでかしたことに常識人である赤斗はしっかりと叱ってくれると理解しているのと朱加が父親を苦手としているのも知っていたからだ。

 朱加が紅玉にちょっかいを出していないか心配だが、ここは赤斗の領域。朱加達の動きは筒抜けだが、懸念が残るため藍影が返事を渋ると赤斗は深く息をはく。


「朱加は私の支配下にある。もし、お前の花嫁に手を出すようなら私があれを消し去ると約束しよう」


 人の腹で交わり育った藍影と違い、朱加は赤斗の神気だけで創り上げられている。赤斗が用済みと判断すれば、たちまちその身は崩れ消える。

 そこまでして何を話したいのか見当もつかないが藍影は断ることもできず、渋々椅子に腰を下ろした。


「花嫁をどうするつもりだ?」

「食べない。彼女はいずれ現世に返す」


 そんな雑談、早く済ませたくて早口で答える。


「現世に返せば、もう二度と会えなくなるぞ」

「……なにがいいたい?」

「お前の本心がわからない」

「心を読めばいいだろ」

「私は玄琅とは違い、読心術は苦手だ」


 四龍帝にも得意不得意がある。玄琅が読心術が得意で、移動術が苦手なように。


「それに話し合えば、大抵のことは理解し合える」

「あの子は、好きで花嫁に選ばれた訳ではない。今まで不自由を強いられてきた。自分の意思がないんだ」

「なるほどな。お前が気にかける理由もよく分かる」

「自分のやりたいことを見つけて、現世では幸せになって欲しい。それが私の望みだ」

「現世に、か……。鏡を使えば、姿は見えるし声も聞ける」


 どきり、と藍影の心臓が跳ねる。赤斗のいう鏡とは四龍帝が統治する現世を覗く際に使用するものだ。藍影は紅玉が現世に帰った後、鏡で逐一様子を見るつもりだった。


「だが、藍影お前の姿や声は向こうには見えないし聞こえない」


 藍影の動揺を悟ったのか赤斗は薄い唇を持ち上げた。四龍帝の証である金眼が細められ、色を濃くする。


「花嫁が現世で幸せになるとは限らない」

「平和な国に送るつもりだ。そこの権力者に頼めば、斎のようにはならない」

「青龍帝に気に入られた女を、その国はどう扱う?」


 どう、とは。赤斗の言いたいことを理解できず、藍影は考え込む。


「お前は七十年しか生きていないから知らないのだろう」

青龍帝わたしの頼みに反することはしないはずだ」

「表上はな。人間とは仮面を被るものだ。常世へ赴いた際に待遇をよくしようと花嫁に近づき、懇意になろうとするだろう」


 赤斗は藍影の表情を観察しながら続ける。


「花嫁が死して、こちらに来てもお前は花嫁と会うことはない。我らが対面し、処遇を告げることができるのは国の王だけだ。お前の花嫁は書類越しで接することになる」


 藍影は赤斗から視線を逸らし、小さな声で反論した。


「分かっているよ。それぐらい」

「分かってはいない。お前はしかと考えていない」

「しっかりと考えている」

「花嫁が他人に利用されそうになってもか? 新たな国に馴染めず、孤独に生きる可能性もある。花嫁が他人と結ばれて幸せになってもお前は見守り続けるのか?」


 そこまで言われて考える。よく知らない男が紅玉と楽しげに会話し、柔い肌に触れるとこを——想像すると同時に胸が痛む。


「……私は青龍帝だ。平等でなければならない」


 そう、青龍帝は平等に民を愛さなければならない。個を率先してはならない。

 自分に言い聞かせていると赤斗は笑みを深くさせた。


「我らは四龍帝ではあるが心を持っている。考え、悩み、生きている。お前が花嫁との生活で彼女を気に入ったことを誰かが責めたか?」


 いいや、と首を振る。


「誰も。天帝もすぐ許可してくれた」

「我らがお前を心配しているのは、お前が自分の心を殺してしまうからだ。少しは自由に生きたらいい」

「しかし、青龍帝としての責務がある」

「お前の父は花嫁を妻に迎えたぞ。白慈は料理に精を出しているし、玄琅は自由だ。我らは長い年月を生きる。少しでも後悔がないようにしなさい」


 赤子を諭すように赤斗は言った。


「今のままでは、お前は残る人生を後悔の中、生きるだろう。選んだ道が茨に囲まれていても最善を選べ。私達は賛同しよう。……朱加は春国へ向かったな」

「なっ! あいつ……!」


 藍影は勢いよく席を立ち上がった。屋形船に戻ろうとするのを赤斗が止める。


「私も共に向かおう」

「そうしてくれるならありがたいが仕事はいいのか?」

「ああ。仕事よりもを優先すべきと判断した」


 それなら心強い。主犯であろう朱加も補助をした二人も一目を置いている赤斗が現れたら悪ふざけはしないはずだ。自分だけでは軽くあしらわれるだろう。


(私にとっての最善、か)


 紅玉の無事を願いつつ、赤斗に言われた言葉を反芻させた。


(あの子の笑顔が見たい)


 いや、笑顔どころか泣く顔や照れた顔も見たい。彼女が織りなす全ての表情を隣で。

 ——答えはとうの昔にでていた。


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