第10話 第壱試合 【ピラーサ】

団長の挨拶の言葉を聞いて膝に置いてたカルンウェナンを撫でた。


「『努力の痕跡を見せてくれ』だって。カルンウェナン……」


相手はセレスト副団長。騎士団最速の人。


「はぁ~~~。絶対キツいじゃん」


そろそろ会場に向かわないといけない時間だったから控え室を出て会場に向かった。




会場に入ると歓声が会場を覆っているように感じた。

先に会場にいたセレスト副団長は歓声を気にしていない様子で落ち着いていた。


(すごい落ち着いてる。やっぱ副団長はすごいじゃん)


まだ試合が始まってないのに力の差を感じる。


もう負けているように感じる。


「努力の痕跡を見せてくれ……」


団長の言葉を小さく呟いて目を瞑ってカルンウェナンを強く握って息を吐いてから目を開けた。


「行くよカルンウェナン」


そう言って剣を構える。



『試合 開始!』


カルエトの開始の言葉を聞いて一気に距離を詰める。


カルンウェナンはリーチが無い。


それは副団長も今見てる団長達も分かってること。


(全部後半に生きるように動け……!)


距離を詰めた僕を牽制するようにセレストさん

ダインスレイヴを握ったのを見てすかさず後ろに飛んで距離を離した。


『おぉっと!? ピラーサ隊長距離を取ったぁ! だがこの間合いはセレスト副団長の間合いだぞぉ!? 何か策があるのかぁ!』


カルエトも観客も団長達もざわめいている気配がする。


セレストさんも驚いている。

顔には出してなくても気配で分かる。


(少しでも会場の床から意識を逸らせ。カウンターも常に狙え)


僕が与えた間合いを警戒して一向に攻めてこなかったセレストさんがさらに後ろに動いて僕から距離を取る。


2人とも間合いの外での間合いの探り合い。


(これは予想してないじゃん)


普段より離れた間合いを取ったセレストさん。

この間合いでのセレストさんの試合を見たことが無かった。


頬に汗が伝う。

焦ってる。

過去と違う戦い方をする人の相手は苦手だ。

それも相手は副団長だ。


(少しでも早く多くの選択肢を考えろ)


飛び道具を使ってから一気に決める気か?

ーー手元に飛び道具は無い


すでに何かしらの罠を用意してある?

ーー罠の気配は無い


ダインスレイヴを囮にして近距離の殴り合いで決める

ーーあの構え方はダインスレイヴでなんとかしようとしてる構えだ


可能性が出ては消えていく。


なにか他の可能性を忘れていないのか?


そう考えるとあらゆる可能性が出てきて脳がパンクしそうになる。


「僕がセレストさんだったらどうする……?」


そう呟いて考えていたら、セレストさんが一気に距離を詰めて速攻を仕掛けてきた。


(まっずい! 真っ正面からの打ち合いは不利!)


なんとか防いでいるがギリギリで防ぐのが精一杯だ。


過去の記録を見て、ずっとシミュレーションしてたのがここで活きている。


(この場合は右に振って……切り替えてから下から剣が来る!)


自分で見た記録を思い出しながらなんとか防ぎ続ける。


(僕に考える時間を与えないようにするための速攻……! なにか……なにか打開策を考えないと)


それでも防ぐ以外のことを考える余裕が無い。



僕が最速の男の速攻を防いでいる。


ーーその一瞬。瞬きをするくらいのほんの少しの時間だった。

少し剣先が鈍った。


(あ……)


その一瞬を見逃さなかったセレストさんが剣の腹で僕を壁に吹っ飛ばす。


(あぁ痛い……キツい……)


体に走る鈍い痛み

さっきまでセレストさんの速攻を防ぎ続けてた疲労が一気に襲ってくる。


ーーもう降参しようかな


そう考えた。



そう考えたが、自分自身が問いかけてきた。


「お前はそれで良いのか? 団長は『努力の痕跡を見せてくれ』って言ってた。お前は見せたのか?」


ーー見せてない


「だったらせめて見せてから負けろ」


ーー負けたくない


「じゃあ立て」


ーー当然!



『ピラーサ隊長起き上がった! まだ終わってないと言うように! 剣を構えて! セレスト副団長を睨む!』


ふらふらする。

体も痛い。

すごく疲れた。

もう勝てる気がしない。


(それでも団長に……ノルンに……)


「『努力の痕跡を見せてくれ』……」


団長の言葉を口に出して繰り返す。


セレストさんとのにらみ合い。

剣を構えるだけでも腕に痛みが走る。

剣を構える腕が震えてる。その震えが痛みなのか疲労なのか分からない。

大きく息を吐いてカルンウェナンを上に投げる。


『んぇ!? ピラーサ隊長まさかの剣を投げた!?』


(周りの気配探知に集中しろ……!)


カルエトの声 観客の声 団長とノルン達の気配が手にとるように分かる。


(やっぱり見ないか……)


セレストさんは投げた剣を見ないでずっと僕を見てた。


「別に構わないじゃん!」


セレストさんの方を向いて両手で大きな音を鳴らす。



音の衝撃で割れるカプセルに入れていた煙玉の煙がセレストさんの足元から発生する。


(気づくのが遅い!)


セレストさんが煙の薄い場所に移動しようとしてる。


「させるわけないじゃん!」


煙の中から速攻を仕掛ける。自分の中の最速で距離を詰めた。


ギリギリで反応できたセレストさんに防がれる。


「攻守交代の時間じゃん?」


速攻を仕掛けては防がせる。


それを繰り返して確実にセレストさんの体力を削る。


僕が仕掛ける。セレストさんが防いで距離を取る。

この攻防が煙の中でしばらく続いた。


だが、すぐに気配探知が得意な僕に攻撃を仕掛けることは難しいと考えたセレストさんはカウンターを狙ってその場で剣を構えている。


「そろそろ風が吹くタイミングじゃん」


風が吹けば煙は晴れる。

それを利用する。


どこかの国の忍という存在のように。

自分の気配を最大限に殺して静かに。

音を立てずにセレストさんの横に移動する。


セレストさんの横に移動し終わって狙ったタイミングに風が吹いて煙が晴れた。


(今!)


姿勢を低くして一気に距離を詰めてセレストさんの不意をつく。


セレストさんの反応が遅れる。


(セレストさんの咄嗟の剣を上手く避ければ勝てる!)


『おぉっとぉ! 煙がはれてきたぁ! 勝敗は決まっているのか!? それともまだ決まっていないのか! どっちだぁ!』


カルエトの声が会場に響く。

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