第13話 カノンの約束

 一緒に歩きながら先ほどの所見の曲を弾く話になった。

「ああいうのはよく父に頼まれて弾いたりするので慣れてるんですよ」

「いや、慣れだけじゃ音符を追うだけで精一杯だろ。

 そう言えば、初日に百山と指慣らしにちょうちょうを弾いていただろう」

「ああ、はい」

「楽しそうで、羨ましかった」

「じゃあ今度やりますか」

「いいのか。

 あ、できれば、『カノン』をやりたい。子供の頃蒔島の弾くのを聴いて、次に会ったときは一緒にやりたいと言おうと思ってたんだ。結局そのまま会えず、カノンは別のやつと組んで弾いたけどな。途中から全く合わなくてぐちゃぐちゃになった。散々な思い出だ」

 友田部長は嫌そうに顔をしかめて言い、思わず俺は吹き出した。その教室は、俺が習っていたのとは別の教室だった。

「俺でよければ、今度是非」

 それで駅前の分かれ道にたどり着き、俺たちは別れた。


「ただいま」

 帰ると親父と遥さんは打ち合わせで家にいなかった。朗読CD付きの絵本を出すらしい。

 春弥もまだで、着替えると、俺は防音室へ入った。カノンをさらっておきたくなったのだ。

 同じ旋律を追いかけていく曲で、誰もが一度は聴いたことがあるだろうというほど有名な曲だ。

 弾いていると、昔の、これを初めて習った時の事を思い出した。

 同じ教室に通う子だという女の子に引き合わされ、クリスマス会で披露しようと言われたのだ。それで練習を始めたのだが、まず、その子のスピードに合わせるためにゆっくり弾くことになった。それでも難しいと言われ、別の子にという話になりかけたのだが、「クリスマス会のオープニングだから、この子が天使みたいでぴったりでしょう」という事で、俺が外されて、曲が別のものに変わったという事があった。

 それで俺は当日、天使の羽を背中につけたその子ともっと小さいやはりかわいい子の『きらきらぼし』のオープニングをほかの子と並んで聴き、イチゴの落ちたケーキを食べてお菓子とプレゼント交換でもらったプレゼントを持って帰ったのだった。

 確か、「プレゼントは1000円程度のもので男女関係なく使えるもの」という事になっており、俺に回ってきたのは小さなバイオリンの形の小物入れで、今も自転車の鍵などを入れるのに使っている。

 それで思い出した。

「あの天使の女の子、あれって男の子で、三枝先輩だったのかもしれないぞ。そう言えば、どこか面影があるようなないような……」

 気づかなかったことにしよう。

 俺は雑念を振り払うように、曲に集中した。






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