第24話 エピローグ


 結局、連城の行った、生徒百数十名を巻き込んだ前代未聞の私戦は公にはならなかった。


 生徒の安全を守る大前提となる『致命加護』が何者かにより意図的に無効化されるという脆弱性を隠蔽しようと政府はやっきになったからだ。


 また連城には『私戦』や、『致命加護無効化』よりも、『人をダメにする』というネガティブ才能をスキル化したことに対し厳重注意が言い渡された。


 すでに連城は砂金に勝利すべく幾名かのネガティブ才能のスキル化を行っており、学園運営

側は発現生徒を密かに監視していくとのことである。


『よくやった砂金』


 以上が学園に秘密のパイプを持つ父からもたらされた情報である。

 砂金は何も言わずに通信を切った。


「そろそろ時間か……」


 突如かかってきた父からの電話を切ると砂金は埃深い倉庫から出てきた。

 既に教室・廊下には人っ子一人いない。


 急がねばならない。


 砂金は目的地に急いだ。


 連城の私戦は隠匿された。

 多くの操られた生徒はいつの間にか保健室に運ばれていて目を丸くしたという。


 しかし連城が私戦を起こし砂金が勝ったという噂はなぜか広まっていた


 おかげで砂金に私戦を仕掛ける者はいなくなっていた。


 またトウカとずっと昔から知り合いだった件だが、当人にそのことを告げると


「アンタ、鈍感すぎるのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 保健室で治療中だったトウカは涙を流し砂金にしがみついてきた。


 それらが連城との私戦以降、起きた出来事である。


 そして今日は―― 父親からの電話で時間を食ってしまった。


 定刻ギリギリである。


 砂金は息せき切って体育館のドアを開けた。


「――これより六月第三回絶対告白会を開催します!!」


 ――絶対告白会の定期開催日なのである。


「ねぇ? どうしたの、早く言って?」

 

 数時間後、目の前にテーブルに肘をつき上目遣いで砂金を覗き込むアイがいた。


 事件に巻き込まれたアイだったが今やケロリとしており普段の調子を取り戻していた。


 ニコニコとした茶目っ気たっぷりの瞳が目の前にある。


 そう、アイはもう普段通りだ。

 だからこそ砂金は――


「好きです、付き合ってください」

「OKよ!砂野君!」


 ――案の定振られていた。


 にっこり笑いサムズアップしているアイは一見砂金の告白を受け入れたように見えるが、騙されてはいけない。これは騙し絵。


 砂金は目からパタパタと涙を流しながら言葉を絞り出した。


「分かってるよ。つがいとして、だろ」

「だからなんでこの流れで振られたことになっちゃうかな」


 アイはこめかみに指をあて困り果てていた。


 一方でアイに振られて自列に戻ると、眉間にしわを寄せ酷い剣幕のトウカがいた。


 ニコニコと笑いながらも怒り心頭だと一目でわかる、そんな剣幕だった。


「砂金ちゃんはアイのことがホント好きなんでちゅね~」


 子供をあやす様な猫撫で声で言い、渾身の力で砂金に腕の肉を捻る。

 砂金がアイを好くことの一体何が不満なのだろう。


 砂金は思わず言い返そうと思ったが、やめておいた。


 それよりも先ほど冷や汗をかく事案があったのを思い出したのだ。


 知っての通りトウカはアイに負けずとも劣らぬほどモテる。


 というよりトウカの方が大衆受けする外見をしており並ぶ人数だけ見ればトウカの方が多い。


 そんな普段からよく目にするトウカの前に出来る告白列を眺めていたら


(え――)


 砂金の胸にわずかな鈍痛が走ったのだ。


 思わず天空の『御前ノ懲罰』を見上げる。


 体育館天井付近に滞空する巨大な仏の顔。


 特別教官、黒川ヒトミの『嘘を見抜く』才能を糧に発現する『嘘をつくものに激痛を見舞う』

特A級スキル。


『絶対告白会』中は『致命加護』が発動していないため最悪死ぬとも言われているそのスキル。


「……」


 今日も今日とて、仏の顔は砂金達を見下ろしていた。


(まさか、な――)


 自身を見返す無機質な瞳を見ると心臓が速いテンポで鼓動を打った。


 今の鈍痛は砂金の体調が悪くて起きてしまったものだろう。


 砂金は脳裏を掠めたある可能性から目を背けたのだ。


 だからこそ


「なによ……」


 普段通りのスキンシップをされると若干困る。


 砂金が何も言い返さないでいるとトウカは口を尖らせた。


 だが砂金も心変わりしていないという確信もある。


 まさかの可能性を知った砂金は試しにアイの列に並ぶ際、少し出遅れてみたのだが「アァァ

ァァァァアンッ!!」案の定胸に凄まじい激痛が走ったのだ。


 やはりアイが好きなのは間違いない。


「ちょっとトウカ!? 私の砂野君に何やってるの!?」

「うお!?」


 アイが割って入り、砂金を守るように砂金にその身をくっつけるとこんなにも胸が高鳴るのだ。

 

 気に身を固くする砂金にニヤリとアイはいやらしい笑みを浮かべた。

「どうしたの砂野君?エッチなことでも考えちゃった?」


 フフフ、と口元を隠しにやつくアイに心臓の鼓動が収まらない。

 だが砂金は呑気にときめているわけにはいかなかったのだ。


「ちょっとアンタ、砂金にくっつくんじゃないわよ!」

「うっさいわねー。トウカは砂野君のこと好きじゃないんでしょ?すっこんでないさいよ!」


 早くも言い争いを始めたアイとトウカ。


『うわ、またやってるよ……』


 そんなドン引きしている呟きが周囲から聞こえてくる。

 その言葉で砂金は意を決した。

 早く止めないとならない。


「おいおい、小豆川、トウカ、二人とも――」


 しかしその言葉は最後まで言い切れず終わった


「砂金は――」「砂野君は――」


 砂金が間に入ろうとすると二人が砂金を睨み糾弾したからだ。


「「一体どっちの味方なの!?」」


 砂金がしどろもどろになっていると二人の少女は再び言い争いを始めた。


 蜂の巣をつついたような騒々しさに砂金はトウカに抱いた疑念も忘れて溜息をついた。


  ――これからの学生生活は骨が折れそうだと。


  ――以上が、ランダムデートマッチングでアイとデートをしたことがきっかけで起きた一連

の事件の顛末。


 そしてこのような日常が、人類の命運がかかった絶対告白高校の実情である。


◆◆◆


 時は遡り二年前。

 砂金達が中学三年の頃の秋である。


「ちょっと~トウカ~?早く入学するかどうか決めちゃいなさい?」


 場面は切り替わりここは柊トウカの実家である。


 外気もめっきり冷え込み、木枯らしが舞う今日この頃、トウカに一通の手紙が届いていた。


「だぁから、霊仙学園なんて行かないってママ!」


 トウカの家ではここ最近、その話題で持ちきりだった。


「ハハハ、父さんはトウカに通ってくれたらうれしいぞぉぉお!?」


 なんせ金が入るんだろ?と呑気に笑う父親の声が廊下から聞こえてくる。


 父親の茶々を無視しトウカは自室の机で参考書に赤線を引いていた。


 トウカは当初から地元の進学校を受験する予定である。


 そんな折届いたのが、その手紙。


 トウカは胡乱な瞳で机の脇に置かれた封筒を眺めた。


『国立霊仙学園入学試験合格通知』


 現在、日本に住まう全中学三年生は夏、学力・スポーツ・面接・その他様々なテストを織り交ぜた一斉模試を受ける。


 それによりトウカは偶然にも国立霊仙学園に合格出来たのだ。

 しかしトウカは入学する気はなかった。


 聞くところによると霊仙学園では身の安全が保障されているとはいえ、戦闘訓練があるというではないか。


 トウカは幼少のころ誘拐され、暴力がいかに恐ろしいものか痛切に理解していた。


 確かに今も際立った美貌から争い事に巻き込まれることは多いし、腕っぷしもそれなりに強いのだが、暴力空間に自ら首を突っ込むのは正真正銘の馬鹿がやる事だと思っていた。


 だからこそ、トウカは入学を辞退する気でいた。

 階下から料理中の母の声が届く。


「ならさっさと送り返しなさい?補欠合格の子だっているのよ!?」

「わーかったわよ!」


 大声で怒鳴り返す。


 合格通知に同封された入学辞退届を発送すればそれで入学は辞退できる。


 口うるさい母親を宥めるためにもさっさと出してしまおう。

 トウカは勉強を中断し封筒に手を伸ばし、辞退届に名前を書き込む。


 その時、ふと思った。


 いや、正確には思い出したのだ。


 確かに、霊仙学園には通いたくはないが、


 そう、いつだか起きた、起きてしまった誘拐事件。


 その際守ってくれた少年が、もしいるのなら入学してもいいな、と。


 日本の二大財閥の一つ。砂野財閥の御曹司。


 砂野砂金。


 今やどこにいるともしれない天の上の存在だが、もし彼が入学するのなら自分も入学したい、

 

 そう思ったのだ。


 砂野砂金のことを思うと胸が痛くなる。顔が火照る。


 実は砂野砂金は常にトウカの心の中心にいる初恋の、そして今も恋をしている人物なのだ。


 自分が馬鹿で無謀な恋をしていることは分かっている。


 だが


『お前、一体何をやっている――?』


 泣きじゃくる自分を助けるために立ち上がってくれた彼の姿が今も忘れられないのだ。


 そこまで妄想してトウカは頭を振った。


 馬鹿な妄想だ。そもそも砂野砂金がいるとも限らないではないか。


 トウカが意を決して辞退届を書き切ると、またも母親の声が飛んできた。


「それとトウカ!アンタ、勉強しているときはテレビ消しなさいッ!」

「あーもう、うるさいわねぇ!ママの声の方が勉強の邪魔よ!」


 だがこれ以上、指示されるのは面倒だ。

 トウカはため息交じりについていたテレビの電源を切ろうとする。


 そこで


「……………………ッ!?」


 驚愕の光景を目にした。

 思ってもみなかったその光景に喉が枯れる。声が震える。


 しかしどうやら夢ではないようだ。


 そしてトウカは慌てる自分を必死に押さえつけ、どたばたと階段を下って行った。

 階下から喜びを爆発させるトウカの声が響く。


「ママ! 私やっぱり霊仙学園に行くッ!!」

「なに、急にどうしたのこの子は……」

「ハハハ。おいトウカ、お金の事なんて心配しなくていいんだぞ」


 突然態度を急変させた我が子を心配する両親の声がそれに続いた。


 一方で消されなかったテレビはトウカの部屋で音声を吐き出し続けていた。


 青い光の先で、コメンテーターの男がしきりに感心していた。


『これは驚きですねぇ』

『いやー楽しみですねー。これで巨大財閥の御曹司二人が入るんですか?』

『そうなりますな。いや楽しみです。では以上、砂野砂金君が霊仙学園への入学を決めたというニュースでした。では次は――』


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人類の命運がかかった絶対告白高校の実情 雨ノ日玖作 @kyuta

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