第二十巻 凸凹コンビの誕生

『ヨホロって、特殊能力みたいなのはないの?』

「知らない」

『知らないって、どういうこと?』

「僕には記憶がないからわからない。できることはシャチになって移動するか、肉弾戦のみだよ」


「それじゃあ不満?」不機嫌そうに見上げるヨホロは、少しいじけた子どものように見えて、思わず「ハハ」と笑ってしまった。


『シャチの怪異なんて珍しいからどんなもんかと思ったけど、案外普通なんだね』

「殴るよ」

『ひぇっ!』

「図体はでかいくせに肝は小さいよね、ロクマンって」


 しまは意識を取り戻した。起き上がると、その顔はひび割れていた。まるで仮面だったかのように。


『え、ちょ、何あれ! 顔が割れてる!』


 驚く俺に、ヨホロは冷静に答えてくれた。


「根街嶌さんに寄生していた呪いだよ」

『は? 呪いが寄生するの?』

「カマキリに寄生するハリガネムシと同じだよ。宿主を支配して、自由に動かすタイプの呪いだ」

『それって、冥王様……に聞いたの?』

「そー」


 気合を入れるように、ヨホロは指を鳴らす。


寄生呪きせいじゅを殺せば、多少は根街ねがいしまさんの気持ちは素直になると思う」

『そ、そうなんだ』

「ロクマンの力はとっておきって言うくらいだ。簡単なものじゃないんだろ?」


『いや、それは……』言葉に詰まる。


「僕を使え。おめーの体が痛みで上手く動かせないことは知ってる」

『ヨホロ……』

「さー、いくぞ」


 俺の返事を聞かずに、踊るように駆けて行った。

 彼は周りをよく見ている。そしてよく察している。

 根街嶌がどう動くか、予想しながら動くから、彼女は指一本触れられない。怪異の力さえも受けることがない。

 戦闘が上手い。

 俺の状況も知ってるから、根街嶌の隙を作ろうとしているのが、よくわかった。

『ゲホッ、ゴホホホホ』咳をすれば血を吐く。

 久しぶりの怪異。

 久しぶりの戦闘。

 勘なんて戻ってない。

 これからもそんな普通の人間らしくないこと、戻らなくてもいいと思ってる。

 でも、


『ヨホロ』


 今だけは。

 この一瞬だけは、戻ればいいと思う。


『顔の面を壊せ』


 寄生呪はその面だ。化け猫の力が教えてくれる。


『あとは俺がやる』


 四肢に力を込めて踏ん張る。

 ヨホロはニッと口の両端を吊り上げた。


「りょーかい。相棒」


 嶌は残された左手を振り上げると、異空間から現れた理科室の実験で使われる試験管が多く出現した。その中身を組み合わせて、爆炎を起こす。

 ヨホロは瞬時にシャチの姿をとって、回避。その大きな尾ひれで風を起こし、試験管を大地に叩きつける。


「寄生呪、僕とロクマンが組んだ時点で、おめーの負けは確定した」


 瞬き一つで人間姿に戻ったヨホロは、中身のない試験管を手に取る。

 それに自ら切った皮膚から垂れる血を注いだ。

 その血の匂いに、ドクンと心臓が鳴る。血が脈打つように、たぎる。

 本意ではないとはいえ、俺はヨホロの血を飲んだ。

 その血の意味を、漸く知る。


『ヨホロの血は、怪異の力の底上げか』


 その血は力のない者に力を授ける。

 だが、その量が多いとどうなるか。

 ヨホロは並々に血を注いだ試験管にコルクで蓋をした。


「僕の血もね、使い方を誤れば毒なんだ。それに耐えたロクマンは、そもそも耐えうるほどの強い怪異だった。でも、おめーはどうだ? 寄生呪を剥がすにはあり余すぎて死んじまうか?」


 拳銃から打った弾丸のように、ヨホロは思い切り試験管を投げた。

 その速さと、正確さ。試験管は動き回る嶌の顔面に的中した。


『ギャアアアアアアアア‼︎』


 けたたましい絶叫が耳を貫く。その声さえも呪いが込められている。

 四肢に針で縫われたかのように動かなくなる。動かせば激痛が走った。

 だが、俺は今しかないと走り出した。

 ヨホロの血が寄生呪を溶かす。本来の嶌の顔が現れるが、すぐに仮面が再生をし始めた。寄生呪の再生能力は想像以上に凌駕していた。


『ヨホロ! 仮面を頼む!』

「はいよー」


 ヨホロは仮面に手を掛けた。

 寄生呪も抵抗するが、ヨホロの馬鹿力はこんなものじゃない。


「おんどりゃああああああああああああああ‼︎」


 バリッと仮面が剥がれた。

 だが、それは一時凌ぎだ。すぐに寄生呪は宿主に戻ろうとする。宿主がないと死ぬからだ。

 俺は嶌に飛びかかった。

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