第三巻 ヤンキーに絡まれたら逃げるしかない

 吹っ飛ばされて、結果的に横断歩道を渡り切る。

 何が起きたのかよくわからない。周りのどよめく声が耳に入るが、強烈な腹部の痛みに疼くまっていた。


「痛いよぉぉぉぉ……何なんだよぉも〜」


 涙を薄ら浮かべ、腹を抱えながら体を起こす。

 すると、すぐ目の前にあの男が立っていた。腹に赤い血を滲ませ、そして右の拳は真っ赤に染まっていた。

 何食わぬ顔で仁王立ちしているものだから、俺は苛ついた。


「急に何なんだよ!」

「何って、助けてやったんっちゃろ。あの黄色い車から」


『助けてやったんちゃろ』?

 聞いたことのない訛りだなと思っていると、黒髪の男は立てた親指で道路を指していた。

 道路にはスマホを触っていた運転手が運転する黄色い車がいた。俺の様子を見て、生きてるとわかると、逃げるように走り去った。

「はああああ⁉︎」危険な運転をしといて、一言も言わずに走り出す?

 だが、それよりも。


「君、お腹……怪我してるけど大丈夫なわけ?」

「おめー、他人の心配をするのか」

「あああああもう! 別に普通のことだろうが! 俺、さすがに包帯とか持ってないってのに!」


 スクールバッグの中を漁ってみるが、やはり包帯はない。仕方がないのでハンカチを渡し、腹の傷を押さえさせる。

 と、不意に神妙な面持ちで改めて声をかけられた。


「つか、たい焼き頭のせーで怪異を一人逃しちまったんだけど」

「……待って。たい焼き頭って、何?」

「たい焼きの皮みたいな色してんじゃん」

「もしかして髪の色のことを言ってる? この色はミルクティーベージュって言うの! この色は!」

「怪異、おめーの目の前にいたろ?」


 無視かい。


「かい……女子高生のこと?」


 俺はスクールバッグのファスナーを閉める。おどおどしながらも、訝しむ目で見遣った。

 横断歩道の真ん中で一人の女子高生が倒れていた。体が歪だった方だ。それが人間でない証拠に、彼女を何度も車が轢くが、何事もなく去っていく。


「ちょ……殺しちゃったの?」

「怪異はこの世に悪影響をもたらす、魂の成れの果てだ。人間は不殺を約束させられたが、怪異は全員殺す」

「野蛮! 野蛮な考えの人に出会ってしまったぁ!」

「うるせー。つか、七人御先しちにんみさき……七人いる中で、ナワミサキがクソめんどくせーのに、よくもやってくれたな」


「ひえっ」胸ぐらを掴まれた。


「最後の一人を逃しちゃった罪は重い」

「ひゃっ」


 オレンジ色の瞳で睨まれて、身がすくむ。


「ってゆーか、おめー——」


 そう言って手を伸ばした時、俺の感情が爆発し、走り出していた。

「ちょっと待て!」引き止める声が聞こえたが、俺は一度も振り返ることなく、その場から逃げた。

 勘弁してくれ。

 ただでさえ変な女子高生に絡まれて、変な男に腹を蹴られて、気分は最悪だ。

 関わりたくない。

 絶対に関わりたくない。


「俺は普通に生きて、普通に死ぬんだ! それがあの人の願いだから!」

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