2003年3月22日 9時22分

「お前、どこから入った?」

「鍵を閉めるなんて酷いよレオ君」

 

 酷くない。無理やり入ってくるほうに非がある。

 

 朝一番、俺はダンに馬乗りになられて起きた。腹の上に、デカい尻が乗っている。

 部屋の扉は、鍵を閉めた上でデスクで塞いでいたはずだ。見れば、鍵は開けられデスクを突破されているのだから、恐怖すら感じる。合鍵でも作っていたのか?

 

 今日は目一杯寝てやると決め込んでいたのに、無理やり起こされて、虫の居所が悪い。

 昨日まで三徹して研究室に篭っていたのに、なんで早起きしなきゃいけない。

 

「ねえ、今日は一緒に幼稚園行くって約束してたじゃん!」

「お前まだ卒園してなかったのか」

「違う! ルナLunaの体験入園だよ!」

 

 朝からうるせえ。腹の上で跳ねるな。

 

「午後からじゃないのか?」

「でも準備があるし、ルナも楽しみで眠れなかったって、今も寝てる」

 

 今も起きてるじゃないんだな。

 

 それにしても、瞼が重い。

 もう、誰かが乗ったままでいいから、寝よ。

 

 そう思っていると、頬を両の手で持たれ、ダンがにんまり俺の顔を見つめている。

 このオリーブ色の眼で覗き込まれるのは、なんだかむず痒くて、どうも目が合わせられない。

 オーストラロイドらしい、チョコレート並に黒い肌と、その金髪、その翡翠のような眼の色のバランスは、30年近い付き合いだが今でも興味深いと思っている。瑞穂人にはいない人種だろう。

 

 その顔がだんだんと近づいてくるのに気づかなければ、今頃口内を貪られていた。

 

 慌ててダンの口元を手で抑える。彼女の力は強いから、そのまま俺は自分の手の甲にキスしている。

 

「バッチい!」

「バッチくない!」

「なんでお前口紅つけてんだよ!」

 

 手のひらに濃いピンクのキスマークが付いた。

 俺は彼女の下から這い出でるように、コーナーテーブルのティッシュ箱を取る。

 

「だってそろそろ出かけないと」

「まだ1時間半くらいある!」

「通園途中のカフェに行ってから幼稚園行きたかったの!」

「お洒落な幼稚園児だな」

 

 やっぱり、昔から変わらずどこかズレている気がする。

 

 ベッドにうつ伏せになった俺に、身体を重ねてくるダン。

 背中に重いものが乗っている。

 

「その贅肉どけろ。変な感じがする」

 

 昔から、人肌というのがどうも苦手なのだ。特にダンなんかは体温が高いから、服越しでも生暖かい。

 

「おっぱいのことを贅肉って言わない!」

「だいたい同じもんだ! だいたい、お前俺より重いんだから乗るな」

「レオ君が細すぎなんでしょ!」

「46キロはある」

「もっと食べなよ……」

 

 食べたぐらいで体重が増えれば楽だがな。

 実際のところ、研究室に籠ることが多いから、なかなかバランスよく定期的に食べるのが難しかったりもする。

 

 ところで、研究室と言えば。

 

「そう言えば、論文出さないと行けなかったな……」

「えっ?」

 

 顔は見えないが、明らかに困惑している。

 

「今日中に?」

「そうだな、早めに出さないといけない」

 

 HP3Sエイチピースリーエスの設計に目処が立った。スーパーコンピューターとの相性についても分かったことがあるし、早めに論文として仕上げたい。

 

 ダンは俺の上から転げ落ち、ベッドに大の字になった。

 

「つまらない」

「分かったって。多分夕方までに書き終わるから、降園する時には迎えに行ってやる」

 

 それだけで、ダンはにっこり笑う。

 

「本当!? デートだね!」

「いぶきがいるからな」

「だから、3人で家族デート!」

 

 それはデートなのか?

 まあ、デートに定義があるのかよく分からないが、3人でというのは……。分からん。

 

「家族デート、約束だよ?」

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